隠密姫の訪問
【グラ・ヴァル遺跡館】。
朝の澄み切った風が吹き抜ける【冷涼ボタニカルテラス】では、昨日「警備員」となった冒険者バルトたちが、頼まれてもいないのに自発的に庭の掃除を行っていた。
「おい! 葉っぱが一枚落ちてるぞ! 来訪者のみなさんに失礼だろ、綺麗に掃け!」
「バルトさんたち、すっかり真面目な警備員さんですニャー!」
ミニアがテラスの縁側で猫耳をパタパタと揺らし、楽しそうに笑う。
ヴェルフは、ふかふかのソファーの上で丸くなり、気持ちよさそうに鼻を鳴らしていた。
『平和じゃ。……コホン、余は日向ぼっこをしているのではないぞ? 領域の監視をしておるのだ』
「あはは、ヴェルフ様ったら可愛いんだから。……あ、レオ様! 荒野の向こうから、また新しいお客様が来ますニャ!」
ミニアのスカウト耳がピんと跳ね上がる。
重厚な門をくぐってきたのは、旅人風のフード付きマントを深々と被った、品のある小柄な少女と、そのお付きと思われる護衛の二人連れであった。
(≪広域スキャン解析。……個体識別信号を検知。聖王国・第一王女エレノアです。素性を隠して当領域を極秘視察中≫)
(第一王女……!? 聖王国の姫様が、変装して直接やってきたのか……!)
レオは心の中で驚きつつも、表情には出さずに不敵な笑みを深めた。
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(ルクシアの競り市で白金貨五十枚の神薬が出回り、荒野に『天国のようなオアシス宿』があるなどと大騒ぎになっていたから来てみれば……)
変装した聖王国の第一王女・エレノアは、フードの下で高貴で勝気な瞳を冷ややかに細めていた。
(我が聖王国の最先端の魔導設備を差し置いて、こんな開拓地が存在しているなんてあり得ませんわ。)
高飛車な自信を胸に、エレノア姫が【冷涼ボタニカルテラス】へと一歩足を踏み入れた──その瞬間だった!
「な……ッ!? 暑さが……外の殺人的な猛暑が一瞬で消え去りましたわ……!?」
エレノア姫は息を呑み、思わず足を止めた。
頭上に広がる【幾何学遮光ガラス】が太陽光を心地よい木漏れ日へ変え、テラス全体を澄んだ冷風と清涼ハーブの芳香が優しく包み込んでいる。
「いらっしゃいませニャーッ! 遠くからお疲れ様ですニャ! まずは喉を潤してくださいニャ!」
笑顔のミニアが手渡したのは、中央の【全自動給水スタンド】から汲み上げたばかりの、よく冷えた【高純度清涼水】と、器に注がれた黄金色の【冷やしコーンスープ】であった。
(くっ……毒味もせず、このような荒野の泥宿の料理を口にするなど……)
エレノア姫は警戒しつつも、歩き疲れて乾き切っていた喉に耐えかね、冷たいスープを口に含んだ。
シャクッ、ジュワァァァッ……!!
「〜〜〜〜〜〜っ!?」
次の瞬間、エレノア姫の上品な顔が一変し、目玉が飛び出さんばかりに見開かれた!
「な……なんですのこの清らかで濃厚な甘みはぁぁっ!? 喉を通った瞬間、全身の疲労が一瞬で吹き飛んで……体中の魔力が綺麗な水で洗われるようですわぁぁっ!!」
エレノア姫はブルブルと全身を震わせ、格式高い姫口調も忘れて大絶叫した!
「王宮の……宮廷料理人が腕を振るう最高級スープが、劣って見えてしまいますわぁぁっ!!」
「姫様……いや、お嬢様!? う、美味すぎるぅぅっ! 宮廷薬術師の高級栄養剤すら足元にも及ばない活力だぁぁっ!」
お付きの護衛もあまりの美味さに感情を隠しきれないほどであった。
「あ、あり得ませんわ……! 一国の王宮すら遥かに凌駕する天国が、どうしてこんな荒野に……っ!」
エレノア姫は予想外の出来事に、ポツリとつぶやいた。
「わ、私……王宮に戻るのが嫌になってしまいましたわ!」
上品な仮面が完全に崩壊し、素顔の少女として大絶賛する王女の姿に、ミニアも「えっへん! 凄いですニャーッ!」と誇らしげに胸を張るのだった。
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「お気に召していただけて良かったです。ごゆっくり寛いでいってくださいね」
テラスの奥から現れたレオが爽やかに微笑むと、エレノア姫は赤面しながらも「こ、こんな最高の宿、絶対に手放しませんわ!」と深々とソファーへ沈み込んでいった。
聖王国のトップである王女までもが、武力ではなく最高のおもてなしで完全に魅了され、常連客(信者)へと化してしまったのだ。
その時──。
ポーン……!
レオの脳内で、クロニクルの澄んだシステム音声が鮮やかに響き渡った。
(≪報告。聖王国・第一王女エレノアの当拠点への完全服従を確認しました≫)
(王女様と繋がりができたってことは、 王都を通り越して、聖王国と直接繋がるチャンスじゃないか!)
レオは不敵に口元を深め、仲間たちの笑顔と地下都市『グラン・ゼノア』の未来に向けて、ワクワクとした高揚感に胸を躍らせるのだった!




