浄化の風
拡大した【広域魔導スキャン】が捉えた、北西8キロ地点の「複数の生命反応」。
月明かりが赤黒い大地を照らす中、レオ、ミニア、そして守護聖獣ヴェルフは、夜の荒野を疾風のごときスピードで駆け抜けていた。
「レオ様、まだ【グラ・ヴァル遺跡館】の完成はあたしたちしか知らないはずなのに、どうして人が近づいてきてるんですニャ……?」
隣を並走するミニアが、不思議そうに三角耳を傾ける。
その疑問に応えたのは、レオの脳内だけに響くクロニクルの無機質なシステム音声だった。
(≪解析結果を報告。魔導農園の稼働に伴い、地上の【鉄鋼樹】から放出される『浄化魔気流』が周囲数キロへ波及。過酷な瘴気が和らいだことで、荒野を移動中だった旅人が本能的に『温かな空気』を察知し、引き寄せられていると推測されます≫)
(なるほど……!噂を聞いてきたんじゃなくて、鉄鋼樹が届けてくれた『浄化の風』に導かれてやってきたのか!)
納得したレオがスピードを上げると、ミニアがピんと耳を立て、鼻をくんくんと鳴らした。
「レオ様!風下から届くのは、刺客や魔獣の殺気じゃないニャ!『急に風が温かくなった……毒気も薄いぞ……?』って首をひねりながら、歩いてる人たちの匂いですニャ!」
「敵じゃないなら一安心だな。できたばかりの【グラ・ヴァル遺跡館】で、最初のお客さんとして出迎えてやろうぜ!」
『フフン、誰も知らぬはずのオアシス宿に、まさか風が客を連れてくるとはな。面白くなってきたではないか』
ヴェルフも翡翠色の目を細め、不敵に喉を鳴らした。
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北西8キロ地点の乱立する岩場。そこには、すっかり体力を削り取られ、膝をつきかけている三人組の姿があった。
彼らは中立都市ルクシアから過酷な荒野を走破してきた、タフな流浪冒険者兼・情報屋のチームだった。
「くそっ……水袋はとっくに空だ。……なんだってんだ、このあたりの空気だけ急に温かくて綺麗になりやがったが、水がなきゃ干からびちまう……」
「リーダー、もう足が動かねえよ……ここで終わりか……?」
荒野の過酷さに絶望しかけたその時——頭上の岩場から、爽やかな青年の声が響き渡った。
「諦めるにはまだ早いぞ。喉が渇いてるなら、俺たちの宿へ来るといい」
「「「なっ……!?」」」
驚愕して仰ぎ見る冒険者たちの前に立っていたのは、質素なマントを羽織った青年レオ、愛らしい猫耳の少女ミニア、秩序ある気品を纏ったモフモフの黒狼ヴェルフであった。
「や、宿だと……!?こんな地獄の荒野に宿なんてあるわけが——」
「嘘じゃないニャ!すぐそこにあるから、倒れる前に来るといいニャ!」
ミニアが飛び切りの笑顔で手招きする。半信半疑のまま彼らに支えられ、岩場を曲がった冒険者たちは、目の前に現れた光景に思わず己の目を疑った。
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そこに鎮座していたのは、頑丈な古代の石組みを美しく修復した重厚な館——【グラ・ヴァル遺跡館】であった。
そして何より彼らを絶句させたのは、建物前に設置された石造りの【魔導自動井戸】から、清らかな水がジャバジャバと豪快に溢れ出ている光景だった。
「み、水だあああぁぁぁっ!?」
冒険者たちは吸い寄せられるように井戸へ駆け寄り、両手で湧き水を汲んで貪り食うように口に含んだ。
次の瞬間——!
「つ、冷たくてあまぁぁぁいっ!??なんだこの水はぁぁっ!?」
「ドロ水でも毒水でもねえ!王都の貴族が飲む最高級の清涼水すら凌ぐ、信じられないほどの極上品だ……っ!」
染み渡る冷たさと微かな甘みに、涙を流して叫ぶ冒険者たち。
「ははっ、しっかり水分補給したら、中へ入ってくれ。温かいスープとベッドがあるからな」
レオが重厚な扉を開くと、館内には琥珀色の【魔導鉱素街路灯】のぬくもりある光が満ちていた。
ふかふかの木製ベッド、地下の温泉から引き込んだ温かな「足湯スペース」、そしてミニアとレオが用意した温かい特製スープ。
「あたたかい……っ!スープが身体の底から活力をみなぎらせてくれる……っ!」
「荒野の真ん中に、なんでこんな天国みたいなオアシスがあるんだ……っ!夢を見てるみたいだ!」
感動に震えながらスープを飲み干し、ふかふかなベッドに腰を下ろした冒険者たち。旅人である彼らは、息を整えると、革袋をデスクの上に差し出した。
「旦那……!これを宿泊費として受け取ってくれ!」
ジャラリ、と音を立てて差し出されたのは、重みのある黄金の輝き——【金貨3枚】と、彼らが各地を旅して記録した【最新の大陸地図・情報羊皮紙】であった。
「こんなにいいのかい?」
「当然だ!命の値段に比べたら安いもんさ!正直、こんな死の荒野に温かい風が吹いてるなんて幻かと思って半信半疑で進んできたが、こんな最高のオアシス宿に出会えるなんて最高ツイてるぜ!」
彼らは自らの意志で正当な宿泊費を支払うと、心地よいベッドの中で深い眠りにつくのだった。
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「やりましたニャ、レオ様!商人のガランさんが来てくれる前に、第一号のお客さんから金貨と貴重な情報をもらえちゃいましたニャ!」
静まり返った館内のフロントで、ミニアが立ち耳をピコピコと揺らしながら大喜びで金貨を数える。
(地下都市【グラン・ゼノア】の存在は完璧に隠したまま、地上の【遺跡館】と【自動井戸】だけでこれだけの成果が出せたな)
レオが満足そうに頷いた、その時だった。
ポーン……!
レオの脳内で、クロニクルの澄んだシステム音声が響き渡った。
(≪報告。獲得した最新情報および地図データと照合完了。……警告。聖王国『ゲッセル伯爵家』が、先遣隊および暗黒騎士隊の相次ぐ不審な消息不明を受け、この荒野周辺へ新たな極秘密偵部隊を放った模様です≫)
(ゲッセル伯爵の密偵か……!暗黒騎士隊が消えて、本格的に不気味がり始めたな)
レオの瞳に、鋭く冷徹な光が宿る。
地上の【遺跡館】は、これから訪れる善良な旅人たちのための最高のオアシス。そして、王都の敵を欺くための「カモフラージュの舞台」でもあるのだ。
(どんな密偵が来ようと関係ねえ。この俺たちの最高の場所は、絶対に踏みにじらせやしない)
「レオ様、顔つきが変わりましたニャ?」
「いや、なんでもないさ。明日からも、もっと良い場所にしていこうぜ!」
「はいニャーッ!」
浄化の風がやさしく吹き抜ける荒野の夜。
地上に生まれた「小さなオアシス」は、新たなる希望と少しの波乱の予感を孕みながら、静かに、そして力強くその第一歩を踏み出したのだった。




