最悪の荒野(グラ・ヴァル)と、クロニクルの産声
国境街の重々しい門を蹴り出されてから、レオの道中は過酷を極めていた。街道を外れて北西へ歩を進めるにつれ、見慣れた緑の風景は急速に色を失い、足元の土は不気味な赤黒い色彩へと変色していく。
初日の太陽が傾き、街道の面影が完全に消え去った頃、レオは大きな岩の陰に腰を下ろして最初の野宿を試みた。
この地域の一帯には、肌を刺すような冷気とともに、凶暴な瘴気を帯んだ紫の風が吹き荒れている。最初は身を縮めて耐えようとしたレオだったが、皮膚に触れた瘴気がふっと青い光の粒子に変わって体内に吸い込まれると、不思議と寒さは消え去り、身体の芯からポカポカとした熱が湧き上がってきた。
(やっぱり俺の身体、変だな……。だが、この冷たい瘴気風が全然寒くねえのは助かるぜ!)
己の身に起きている現象に疑問を抱きつつも、レオは固い地面の上でぐっすりと深い眠りについたのだった。
——翌日の昼過ぎ。
岩間を縫うように歩いていたレオの背後で、突如として地鳴りのような唸り声が響いた。
ガシャアッ……!
岩陰から躍り出たのは、体長2メートルを超える巨大な魔物——毒刺サソリ(ニードル・スコーピオン)であった。不気味な黒紫色の甲殻を揺らし、鋭い毒針を備えた尻尾を首元へ向けて突きたててくる!
ズスッ!
「痛っ……!?てめえ、いきなり何すんだ!」
太ももに激痛が走り、黒っぽい猛毒が大量に注入される。しかし、レオが焦ったのは一瞬だった。
ドクンッ!
毒が体内に広がった瞬間、身体の奥で熱い衝撃が跳ね上がった。傷口の毒が青い光となって全身の血流へ吸い込まれ、筋肉の隅々まで爆発的なエネルギーが満ち溢れていく!
(まただ……!毒を刺されたのに、全身に力が溢れて止まらねえ……!?)
レオが己の身体の異常なパワーに驚愕した、まさにその時だった。興奮したサソリが巨大なハサミを振り上げ、レオの首元を叩き切ろうと迫る。
(ハサミの物理攻撃は流石に生身じゃマズい——!)
死を覚悟して身構えたその瞬間、レオの脳内で、第1話の湿地で聞こえたあの透き通ったシステム音声が、ハッキリと鳴り響いた。
(≪思考支援システム『クロニクル』、本格起動プロトコル完了。──マスターの生存確保を優先します≫)
「うわっ!?湿地の時の声……頭の中に直接聞こえてくるぞ!?」
(≪直ちに右へ30センチ回避。──対象の外殻装甲の薄い『眉間核』へ、吸収したエネルギーの集中打撃を推奨します≫)
頭の中に、サソリの立体透過イメージと、眉間に輝く赤い弱点ターゲットが鮮明に投影された。
(どこかの誰かは知らねえが……助かるぜ!乗った!!)
声の指示通り、レオは右足を踏み込んで身体を滑らせた。
ドスッ!!
紙一重の差でサソリのハサミが空を切る。そのままレオは、サソリの懐へと深く踏み込んだ。
体内に満ちる猛毒のエネルギーを右拳へ一気に収束させる。青い閃光が、レオの拳を包み込んだ。
「教えてくれた弱点へ——叩き込む!!」
ドガァァァンッ!!
「ギシャアアアッ!?」
青い光を纏った正拳突きが、サソリの眉間核を一撃で撃ち抜く!
凄まじい衝撃波が爆発し、体長2メートルの巨サソリは背後の巨大な黒鉄岩ごと木っ端微塵に砕け散り、一瞬で絶命した。
「すっげぇ……!岩ごと一撃で粉砕しちまった……!」
自分の拳と砕けた岩の山を見つめ、レオが息を飲んでいると、脳内で声が静かに響いた。
(≪戦闘終了。一撃撃滅を確認。……お見事な追従性です、マスター≫)
(クロニクル……って言ったか?さっきのピンチを教えてくれてありがとな!)
(≪礼には及びません。私が目覚めたのは、あなたの潜在能力の覚醒に呼応したためです。……マスター、ご自身の能力について自覚はおありですか?≫)
(能力……?そう言えば、昨日の瘴気風といい、さっきの毒針といい、毒を浴びると青い光になって吸い込まれて、パワーが湧いてくるんだ)
(≪それがあなたの固有能力【魔性順応】です。本来、生物にとって致死性となる毒、瘴気、呪いなどの有害エネルギーを無害化し、ご自身の活力や肉体強化へと即座に変換・順応させる規格外の能力です≫)
(毒や瘴気を、俺の活力に変える能力……【魔性順応】……!)
(≪肯定。さらに私クロニクルは、古代の超技術データベース【万能書庫】と接続しており、あなたの行動をロジカルにサポートします≫)
己の身体に眠るチート能力の正体と、頼もしすぎる相棒クロニクルの存在を完全に理解したレオは、確かな手応えに力強く口元を緩めた。
(毒や瘴気を浴びれば浴びるほど強くなれて、古代の知恵までサポートしてくれる……!これならどんな過酷な場所だってやっていけるぞ!)
——そして迎えた、4日目の朝。
見渡す限りの赤黒い大地と、紫色の毒気が地表を這う地獄の果て。
レオはついに、己の領地である【最悪の荒野、グラ・ヴァル】へと足を踏み入れた。
肌に触れる濃厚な毒気と瘴気が、即座に青い粒子となってレオの体内へ吸い込まれていく。
(ははっ……みんなが恐れる死の荒野が、俺にとっては『無限のエネルギー補給所』だ!)
胸の底から湧き上がる圧倒的な活力と高揚感を全身に纏い、18歳の青年は堂々と荒野の真ん中に仁王立ちした。
「さあ……ここから俺たちの最高の理想郷を作っていくぞ、クロニクル!」
(≪了解。マスターの理想郷構築プランを開始します≫)
最高の相棒を得たレオの、怒涛の開拓サクセスストーリーが、ここから本格的に幕を開けるのだった。




