荒野の影
農園ドーム入り口の樹海で、レオたちは完成したばかりの剣の驚異的な切れ味について、驚きと興奮を分かち合っていた。
「本当に何の抵抗も感じなかったニャ!大木がまるで豆腐みたいに、スパッと滑り落ちていったニャ!」
ミニアは、両腰に下げた『ミスリル双短剣』を愛おしそうに撫でながら、目を輝かせて尻尾を左右にパタパタと揺らした。
「俺も、まさか鉄鋼樹すら何の抵抗もなく薙ぎ払えるとは思わなかった。ガルドさんの技と、アリアさんの魔導回路理論、そしてクロニクルの知恵には、本当に感謝しかないな」
レオが笑顔で【ヴェルザード】の柄を撫でたその時、彼の脳内に静寂を切り裂くような無機質なシステム音声が鋭く割り込んできた。
(≪警告。地上拠点の外縁部において、高速で接近する5つの高質量・高マナ反応を検知。現在位置、領地の境界線から北東に約1.2キロメートル。移動パターンおよび生体波動の解析結果から、ドワーフのガルド一家を追跡していた聖王国の追撃者と推測されます≫)
(ガルドさんの追撃者……!?)
レオの表情が一瞬で引き締まる。すかさず、アリアの声が脳内に届く。
(「マスター!私の管理モニターでも、地下都市を覆う『エアリス・バリア』の外縁部への侵入警告が赤く点滅していますわ!」)
「ガルドさんたちの追撃者がいるようだ」
「歓迎できない侵入者ですニャ」
ミニアがぴんと立った猫耳を震わせ、琥珀色の瞳を鋭くさせて鼻を鳴らした。
『ふむ、荒野の害虫どもめ。余のブレスで跡形もなく塵にしてやってもよいが、地上の様子を監視している本隊に魔力波動を検知され、この地下空間の本拠地が露見するリスクがあるな』
ヴェルフが低く、しかしこれ以上なく理知的な声を響かせる。
「そうだな。地下がバレるのだけは絶対に避けなきゃならない。アリアさん、地上の『泥レンガの砦』の床裏にある隠し入り口は、結界で完全に秘匿されているんだな?」
(「もちろんですわ、マスター!ヴェルフ様の隠蔽結界とクロニクル様の暗号認証魔法により、地上の偽装砦と地下を繋ぐ隠し通路は、レオ様、ミニア様、ヴェルフ様の三人以外には絶対に感知できませんわ!」)
「アリアさん、今すぐ地上の砦へ行きたいんだが、転送魔法は完成しているだろうか?」
レオがそう確認すると、アリアは申し訳なさそうに声を震わせた。
(「レオ様、大変申し訳ありません!転送魔法は、調整段階でまだ未完成なのですわ……!起動までにはまだ……!」)
(まだ未完成だったか)
「わかった、謝る必要はないさ、アリアさん。走って地上の砦へ行く。ミニア、ヴェルフ、全力疾走だ!」
「了解ニャ!」
『うむ、わしに遅れるなよ』
三人は、地下都市グラン・ゼノアから地上へと続く地下連絡通路を、風のようなスピードで駆け抜けた。移動中、レオは息を弾ませながら思考を走らせる。
(「やっぱり、地上の変化や今回みたいな急襲に対応するには、一瞬で移動できる【生物転送魔法】が不可欠だな。走って移動するんじゃタイムラグが大きすぎる。この一件が片付いたら、急ピッチで開発を進めるようにしよう。俺も少しでもアリアさんの力になれるように頑張るよ」)
(「はい、レオ様!喜んで開発に尽力しますわ!レオ様が私のもとに一瞬で戻れるようにしたいですものっ!」)
地上出口が近づく中、レオは走りながら隣のミニアとヴェルフに、不敵な笑みを浮かべて提案した。
「地上の砦を出る手前で、あえてみすぼらしい姿をして油断を誘おう。ボロボロの布を深くマントのように被って、身を隠すんだ。でも、布の下にはガルドさんが作ってくれた武具をフル装備している。戦いとなったら、布を脱ぎ捨てて戦闘に入れるようにな」
「それ、すごくいい作戦ですニャ!相手を完璧に油断させられるニャ!」
『ふはは、面白い。余の【金剛・遮音結界】をあらかじめ砦の周囲に展開しておけば、どれだけ暴れようとも外の本隊に音も魔力波形も一切漏れん。好きなだけ蹂躙するがよい』
地上へと這い出た瞬間、ゴオオオオと激しい砂嵐が吹き荒れる音が、レオたちの耳を打った。有害な鉱物毒と不快な硫黄臭が立ち込める、最悪の荒野【グラ・ヴァル】。だが、地下都市『グラン・ゼノア』のシステムの再稼働により、地下から僅かに漏れ出す【浄化魔気流】のおかげで、以前に比べれば幾分か空気は和らいでいた。レオとミニアは、『幻影軽甲冑』や【ヴェルザード】の神々しい輝きを完全に隠すように、煤で汚れたボロボロの布を深く被り、地上の【泥レンガの砦】からゆっくりと外へ踏み出した。
その瞬間だった。
ヒヒィィィン!と激しい軍馬のいななきが、砂嵐の向こうから幾重にも重なって響いた。
「そこまでだ、動くな!」
鋭い金属音と共に、漆黒の重厚な鎧を纏い、不気味な赤い魔力オーラを帯びた騎兵5人が、レオたちの砦を半円状に包囲するようにして急襲してきた。馬を止めた兵士たちは、ボロボロの布を被って身を縮めている二人を、馬上から冷酷な、そして品定めするような目で見下ろした。
「おい、見ろよ。このボロ布を被った薄汚い顔……『アルヴァレス伯爵家の無能のゴミ、レオ』じゃないか!」
騎兵の一人が、レオのフードの隙間から覗く顔を凝視し、馬上で大爆笑を上げた。
「ひひひ!本当だ!聖王国から追放された全属性ゼロのゴミめ、こんな最悪の死の荒野で、家畜以下の泥家を建ててしがみついていやがったか!」
「なんというみすぼらしい姿だ。煤に汚れ、ボロ布を纏って、獣人のガキとすすり泣きながら飢えを凌いでいるとはな。見苦しいことこの上ない」
兵士たちは口々に、侮蔑に満ちた言葉を吐き散らす。しかし、隊長格の冷徹な目を光らせた男だけは、一切の油断なく馬上からレオたちを睨みつけた。
「ここは、行方をくらませたドワーフの逃亡予測ルートの延長線上だ」
隊長格の男が、ぎらついた視線をボロ布の下へと向ける。
「さては薄汚いお前らが、ガルドらを匿い、逃がした協力者だな?」
レオはボロ布の中で、わざとらしく体をガタガタと震わせ、怯える声を出してカモフラージュ演技を演じてみせた。
「何のことだ……俺は、ただここで静かに暮らしているだけだ……。ドワーフなんて知らない……」
「フン、言い訳はあの世で聞く。主のご命令だ、『荒野に蠢く羽虫どもは、一匹残らず踏みつぶせ』とな。おい、この無能のゴミとその横にいる目障りな獣人を、ここで首を撥ねて始末しろ」
隊長の冷酷な宣告が、荒野の砂嵐の中に響き渡る。
「はい、隊長。おい、ゴミめ。一瞬で楽にしてやるから、そこに跪け」
一人の騎兵が、残酷な歪んだ笑みを浮かべ、重厚な大剣を抜いてレオの頭上へ高く振り下ろそうとした。その瞬間、レオのボロ布の隙間から覗く瞳から、「怯え」の光が完全に消失した。
氷のように冷たく、そして鋭い、深淵のような瞳へと変わる。
(今だ、ヴェルフ!)
レオの背後でじっと潜んでいたヴェルフが、翡翠色の双眸を激しく輝かせた。
『ふん、己の立場も弁えぬ小賢しい羽虫どもめ。我が古代ルーンの力、とくとその身に刻むが良い。──【金剛・遮音結界】!』
ボワッ、と砦の周囲の空間が、薄青い幾何学模様の光の壁に包まれ、次の瞬間にはすっと消えた。その瞬間、外を吹き荒れる激しい砂嵐の轟音が、完璧にシャットアウトされて完全に消え去った。内部でどれだけ剣劇が響こうとも、どれほど強力な魔力が炸裂しようとも、外には音も魔力波形も1%たりとも届かない、完全な「絶対静音の結界空間」が、この瞬間に完成したのである。
「いくぞ、ミニア!」
「了解ニャッ!」
レオとミニアが同時に、身に纏っていたボロボロの布をパッと宙へ脱ぎ捨てた!
バササッ!と舞い上がるボロ布の下から姿を現したのは、青い極細の幾何学魔法回路が美しく脈動し、触れるものを両断せんとする圧倒的な覇気を放つ魔導大剣【ヴェルザード】を背負ったレオの姿。そして、ミスリル銀が美しく星空のように輝き、超高強度の岩甲皮で補強された、彼女の体に完璧にフィットする『幻影軽甲冑』を纏い、両腰に眩い『ミスリル双短剣』を携えたミニアの、神々しいまでのフル装備の立ち姿であった!
「な、何だその装備は……!?追放された無能のゴミが、なぜそんな装備を……!?」
大剣を振り下ろそうとしていた騎兵が、目を見開いて硬直した。レオは静かに【ヴェルザード】の柄を握り、引き抜いた。
「はぁぁっ!」
レオが己の【魔性順応】を駆動させ、体内で極限まで精錬された高密度の聖魔エネルギーを、柄を通じて大剣の内部回路へ一気に叩き込んだ。
──キィィィィィィン!
鼓膜を激しく揺らす、澄み切った高周波の美しい高音が周囲に鳴り響く。大剣に刻まれた古代魔法回路がまばゆい青い閃光を放ち、刃の周囲の空気が激しく歪み、超高速の超振動波(高周波ブレード)が刀身を包み込んだ。レオは鋭く踏み込み、敵の振り下ろした大剣を、真っ向から大剣【ヴェルザード】で受け止めた──。
いや、受け止めることすら、なかった。
手応えは、驚くほどに「無」だった。
スパッ、という軽い空気の抜けるような音と共に、高周波ブレードを纏った大剣【ヴェルザード】は、敵の重厚な金属製の大剣、そして漆黒の魔法胸甲すら何ら抵抗も感じさせることなく、一瞬にして豆腐のように両断していた。
「なっ……大剣が、魔法の鎧が……紙のように……!?」
兵士が信じられないものを見る目で、腰を抜かして地面に倒れ伏す。両断された大剣の先端と、綺麗に真っ二つに裂けた重厚な胸甲の鉄塊が、カラン、カランと静かに地面に滑り落ちていった。
「残りの四人も、一瞬で片付けるニャ!」
驚愕して馬から飛び降り、一斉に襲いかかろうとする残りの四名に対し、ミニアが弾丸のようなスピードで踏み込んだ。
「いくニャ!」
ミニアが軽くステップを踏んだ瞬間、その身体がブレるように三体に分身した。
「な、何だこの動きは!?」
兵士たちが混乱し、目の前のミニアの虚像に向かって大剣を振り回すが、それはすべて虚しく空を切るだけだった。実体のミニアは、すでに風のように敵の完全な死角である背後へと回り込んでいた。
「えいニャ!」
彼女は両腰の『ミスリル双短剣』をすれ違いざまに、光の尾を引くように一閃させた。普通なら、鎧を切り裂く際に激しい金属の摩擦抵抗があるはずなのだが、一切の摩擦も抵抗も音もなく、短剣は空間の隙間を滑るように通り抜けた。一瞬の静寂の後、ピシピシ、と残りの四名の漆黒の鎧の連結ベルトや甲冑の固定具、そして彼らが握っていた大剣の柄が、完璧にスパリと切り裂かれてバラバラと地面に落ちた。
武器も防具の固定も一瞬で失い、彼らは一歩も動けないまま完全に武装解除され、地面に力なく組み伏せられた。
「大成功ですニャ!レオ様!」
ミニアはピョンピョンと着地し、両手の短剣を薬指でくるくると回して鞘に収めながら、嬉しそうに微笑んだ。
(やはり、ガルドさんが作ってくれた装備、とんでもない性能だな……)
レオは鳴動する【ヴェルザード】の圧倒的な力をその身で感じ、手の震えを静かに抑えながら、残された追撃者の隊長の首元に、青く発光する刃をぴたりと突きつけた。
「さて……お前たちの正確な総数と、ここへの進軍ルートについて、じっくり聞かせてもらおうか」
目の前で起きた「ゴミ無能」による一瞬の蹂躙、そして首元に突きつけられた、空間を切り裂くような圧倒的な聖剣の威圧感に、隊長の男は恐怖で歯をガタガタと鳴らし、手足の震えを止めることができなかった。
「い、言います、言うから命だけは……!」
尋問を終え、敵の正確な兵力をクロニクルが完全に脳内データに記録・解析したのを確認すると、レオは静かに大剣を引いた。
「よし、全員気絶させ荒野の奥地に放り出せば、聖王国へはたどり着けないだろう。さて、敵の武器と優秀な軍馬を連れて帰るとするか」
痕跡をヴェルフの古代魔法で完全に消し去った後、レオは安堵の大きな息を吐き出し、肩をすくめた。
「ふぅ、全力で走ってボロ布被って怯える演技をして、ちょっと疲れたな」
「はい、迫真の演技でしたニャ」
『余は、何もしておらんがな』
レオたちは会話を楽しみながら、軍馬5頭を引き連れて隠し通路へと歩を進めた。
「よし、地下に帰って温泉に入って、メガロ・ボアの極上ステーキを食べて明日に備えよう!」
「賛成ニャ!温泉で汗を流して、お腹いっぱい食べるニャ!」
『うむ、余ももふもふの温かい体をお湯で癒やすとしよう』
地上拠点での完璧な偽装に満足したレオたちは馬たちを地下都市へ連れ帰り、温泉で心も体も完全にリフレッシュし、ジューシーな魔獣肉を頬張っていた。
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そのころ、グランディール聖王国のゲッセル伯爵邸では、先遣隊からの定時連絡が途絶えたことで、執務室が怒号と大混乱に包まれていた。
「馬鹿な!荒野のゴミ処理ごときに派遣した斥候たちが、一言の報告もないだと!?」
額に青筋を立てて激怒するゲッセル伯爵の背後から、赤い魔力オーラを漂わせた漆黒の鎧の男が、不敵な笑みを浮かべて影から姿を現す。
『……面白い。先遣隊が手も足も出ずに喰われたか。伯爵閣下、今度は私の率いる【暗黒騎士隊】の本隊を動かしましょう。あの不毛の荒野ごと、蠢く害虫どもを踏み潰してご覧に入れます』
聖王国の牙が、ついに本格的に剥かれようとしていた。




