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第九話 売れないと笑われた皿、相場の100倍で売ります。


 工房への帰り道。

 ずっと大人しくしていた専務が俺の頭を叩く。

 

 「佐藤はん、後ろ振り向いてみぃ」


 言われるがまま振り返ると、ベルカが泣きながら鋭く睨んでいる。


 「なにかご不満がありましたか」


 「あんな条件にサインするなんて正気なの?!」


 「と言いますと」


 ベルカの顔がみるみる紅潮し、額に血管が浮き出る。

 仕方がない。

 黙って怒りのはけ口になるとしよう。


 「皿一枚売るたびに銅貨八枚なんて!普通は5%程度よ!!だいたい銅貨三~四枚くらいが相場なのよ!!それでどうやって儲けを出すつもりなの?!しかも『アルバ』の名前を使えば即工房閉鎖なんて……」


 ベルカは息を詰まらせむせび泣く。

 泣いている女性には優しくし過ぎず、突き放し過ぎずが鉄則だ。

 ちなみに俺は全ての商談の中でこれが一番苦手である。

 なぜなら大半の場合、利益が出ないからだ。

 ただ今回は例外なので、根気よく付き合うとしよう。


 「あんただって他の奴らと一緒よ!!どうせ女なんて結婚して家に入れって思ってるんでしょ!誰に雇われたのよ!こんな遠回しな嫌がらせ最低!!!」


 「どうやらベルカさんは、勘違いを3つしています」


 俺が淡々と告げると彼女の目尻がキッと吊り上がる。

 どうやら言葉を選び間違えたようだ。

 この状況を論理(ロジック)で突破するのは、砂漠に水を撒くより効率が悪いだろう。


 「勘違いですって?!勘違いしてるのはあんたの方よ!!!『アルバ』の名前を使わないっていうのは、この街で商売できないってことなのよ?!行商にはお金がかかるの!!それなのに高額なギルド分担金を払うなんて、あんたバカなの?!」


 「行商は私が行いますので、ベルカさんが心配する必要は……」

 「佐藤はんそれじゃあかん……」


 そう言って白狐専務が俺の頭を踏み台にベルカまで飛んだ。

 思わず両手で受け止めるベルカ。


 「まぁまぁ落ち着きぃ」

 

 ふわふわの尻尾で顔を撫でる。

 どうやら涙を拭っているようだ。

 キザなことをするぬいぐるみである。

 ベルカの表情がわずかに平穏を取り戻す。

 ここだ、俺は確信した。


 「ベルカさんの皿は一枚、銀貨五十枚で売ります」


 ベルカが勢いよく顔を上げる。


 「む……無理よそんなの。相場の百倍じゃない」


 「あなたの作品の価値を一番理解していないのは、ベルカさん自身です。断言します。この皿は銀貨五十枚以上の値が付きます。5%で設定していれば、一枚売るごとに、ギルドへ銀貨二枚と銅貨五十枚を支払う羽目になっていたでしょう」


 「本当に、そんなことができるの?」


 「できます。ただし、このままではその値は付きません。工房で作戦会議といきましょう」


 俺が踵を返すと後ろから足音が追いかけて来る。

 太陽は間もなく沈むだろう。


「私には何をすればそんな金額が付くのか、見当もつかないわ」


 不安なのか白狐専務を強く抱きしめる。

 赤く腫れた目は、これまでの苦労を思わせた。


「私たちはそもそも皿を売るわけではありません」


「はぁ……?」


「私たちが売るのは『ベルカ食器』と言うブランディングです」


 もちろんブランディング自体は、一朝一夕でなせることではない。

 しかし、この『ブランディング』というものは想像以上の価値を生む。

 『アルバ食器』がその名前だけで、この辺境の地に商人を集める、この力もブランディングである。


「『ベルカ食器』を買えば、均一で白く美しい食器が手に入るという信頼そのものを売るのです」

 

 素人はまず物を売ろうとする。

 しかも手当たり次第、誰かに売ろうとしてしまう。

 そうすれば価格は叩かれ、儲けは減らされる。


「大変理不尽に思うかもしれませんが、人とは『目に見えない物』に価値を感じ高い価格をつけるものなんですよ」


 高い物が売れるのを、不思議に思う人たちがいる。

 残念なことに営業マンの視点として、それは真逆なのだ。

 物は『高い』から売れる。

 皆、目に見えない価値を求めている。


 ベルカは首を傾げていたが、それは仕方がないだろう。

 この理屈は、正直二十代の頃の俺にも理解できていなかった。

 物を売ることを本気で突き詰め、何度も痛い目を見た者だけがたどり着く、世の不条理なのだ。

 

 「ねぇ勘違いしてるって言ってた、残りの2つはなんなの?」


 納得したのかはわからないが、とりあえず俺に任せてくれる気にはなったのだろう。

 ベルカの声は先ほどよりずっと自然になった。

 

「まず『アルバ』の名が使えないと、売れないと思っていることです。あなたが作っているのは『アルバ食器』ではない。そこは辛いかもしれませんが認めてください」


 ベルカが小さく頷いた。


 「あなたの食器は『アルバ』を名乗れば買い叩かれます」


 「そ!そんなわけ……」


 「なぜなら『アルバ食器』の名でこの白い繊細な皿を誰も想像しないからです。『アルバ食器』を好む層には敬遠されます」


 ベルカは下を向いて息を呑む。

 

「……最後のひとつはなんなの」

 

「私は女性が家に入るべきとは思いません。よい技術者には是非死ぬ間際まで働いてほしいものです」


「人の心とかないんか!!」


 白狐専務のツッコミに思わずベルカが吹き出す。


「貴方って変な人ね」


 ベルカの頬が夕日に赤く染まる。


 

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