第八話 契約書は重要です。
「もしよければ、こちらの皿十枚ほどお借りできないでしょうか」
女性は眉間に皺を寄せ、少し首を傾げている。
「あげるわよ。どうせ捨てようと思ってたし……」
頂ける物はありがたく頂こう。
遠慮は商売から最も遠い。
「では、代わりに私がこの皿の販売ルートを作ります。ですから、これ以上皿を割らないでください」
「いいわよ。やれるもんならやってみなさいよ」
女性が言葉を投げ捨てる。
実に職人らしい反応だ。
この人は多分物の売り方を知らないのだ。
そう直感した。
「もしよければ、一緒に行かれませんか」
彼女も自分の食器が気になるんだろう。
あっさりとついてきた。
白煙をたなびかせる炉を通り過ぎ、『アルバギルド』の看板が目に入る。
中には数人の職人風の男が短い列を成していた。
受付には小柄な初老の男が、レンズを覗き込んで検品している。
俺たちはその最後尾に並んだ。
ひとつ前の男が振り返る。
「ベルカじゃないか!誰だい、その男は?」
輝いた目が一瞬で曇る。
なるほど、『そういうこと』である。
若い二人の邪魔をするつもりなど毛頭ない。
俺は懐から名刺を取り出した。
「わたくし、×⚪︎医療機器株式会社の営業を担当しております。佐藤健一と申します」
差し出した名刺を両手で受け取り、困ったように頭を掻く。
「えっと俺はアルトです。ベルカとは幼馴染で……」
素直そうな笑顔を浮かべる彼は好青年と言えるだろう。
この手のタイプは鍛えると、トップセールスマンになる天賦の才を持っていたりする。
職人にしておくのは実に勿体無い。
「ベルカはどうしたんだい?今日は何も持っていないようだけど……」
「うっさい。前向いてて」
随分な塩対応だ。
好青年の眉が情けなく下がる。
仕方がないので、女性の代わりに俺が答えた。
「ベルカさんの食器を販売するための許可をいただきにきました」
俺の言葉にギルド中から、ドッと笑い声が上がる。
どちらかと言えば嘲笑に近いだろう。
「ベルカぁお前まだそんなこと言ってたのか?」
「もう諦めな。あんなの売れねぇさ」
「そうだ、そうだ、さっさとアルトと結婚して職人なんか辞めちまえよ」
その囃し立てに、好青年の頬が真っ赤に染まる。
「俺とベルカはそんなんじゃないから……」
「こんなヤツと結婚するくらいなら、一人でのたれ死んだ方がマシよ」
「ベ……ベルカぁ」
気の毒である。
が、俺にしてやれることはない。
頑張れ青年よ。
女性は腕を組んで足先で苛立ちを露わにする。
俺は彼女の耳先に低く囁いた。
「大丈夫。絶対に売れます」
彼女が眉に皺を寄せながら、目を見開いてこちらを向いた。
俺は安心させるため、自信に満ちた笑顔で頷く。
「そんなこと言われたの、初めてだわ」
彼女の声色にはわずかに喜びが滲んだ。
声は表情以上に感情を表す。
営業マンたる者、わずかな声の変化も聞き逃さない。
あっという間に俺たちの順番が来た。
受付の後ろには棚があり、一から五までの数字が棚板に彫られている。
好青年の皿は一番の棚に置かれた。
一番に比べ、五番の棚の品は明らかに形が悪い。
なるほど、彼は職人としても優秀なようだ。
初老の男はベルカの顔を見るや否や手を払う。
「その皿は買えないよ。帰んな」
門前払いだ。
しかし、俺は鞄の中からタオルに巻かれた真っ白な皿を取り出した。
それを見て初老の男は深いため息を吐き出す。
「それはアルバ食器じゃない」
「えぇこれはアルバ食器ではありません」
その言葉に初老の男もベルカも言葉を失った。
カウンターに置かれたベルカの手が悔しそうに、握られる。
「ですからこの皿は『ベルカ食器』として売り出します」
「はぁ……?」
男の口から空気が漏れる。
「『アルバ』の名は貴方たちが「お願いするからアルバの名で売ってくれ」と懇願するまで絶対に出さないと誓います」
初老の男が吹き出した。
そんなこと、あるわけがないと本気で思っているのだろう。
俺の口先に不敵な笑みが浮かんだ。
これは俺の悪い癖である。
すぐに『営業スマイル』を貼り付け直す。
「この条件で私にこの皿を売らせて欲しいのです」
男の答えはわかっている。
「そんなことできる訳がない」そう思っている、この初老の男は必ず首を縦に振る。
それが『アルバ』という巨大ブランドを管理する男の矜持であるからだ。
商売人の気持ちなら手に取るようにわかる。
これは俺の矜持である。
「好きにすればいい」
男は鼻で笑いながらそう言った。
「では契約書を交わしたいのですが」
「契約書?」
「えぇ今の内容を書面に残し、互いにサインをします。約束が破られた時の罰金を決め、お互いに契約を反故できないようにします」
ベルカの手が不安げに、俺の袖口を掴む。
皺ができるから、やめていただきたい。
「もし私たちが『アルバ』の名前を使えば、即販売権の抹消と罰金の支払いが発生します。皆様にとっても安心できる条件ではないでしょうか」
初老の男は頷いて、奥から羊皮紙と羽ペンを持ってきた。
内容はその場で話し合いながら決めていく。
端的に言うと『アルバ』の名を語れば、即工房の閉鎖と十金貨の支払いが課せられる。
『アルバ食器』の皿一枚の値段が五十銅貨であることを考えれば、なかなかの大金だろう。
俺は迷いなく契約書へとサインを記した。




