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第十話 この皿に付加価値を与えます。


 工房に戻り、俺はすぐ作業台に十枚の皿を並べる。


「今から行うのは『付加価値の可視化』です。どれほど精巧に作られたものでも、店頭に適当に置かれていては二束三文にしかなりません」

 

「付加価値の可視化……?」


「えぇ、まず準備するのは木箱です」

 

「木箱?」

 

「この皿が五枚ずつ入る木箱はありますか」


 ベルカは少し考えて、奥から木の板を持ってくる。


「箱は無いけれど、組み立てられるわよ」


 そう言うとベルカは、数分のうちにフタ付の木箱を組み立ててみせる。

 出来栄えは申し分ない。

 こういう職人を見ると、社会の根本を支えているのは彼らなのだと、頭が上がらない。


「完璧です。次は内側に敷く布はありますか。一番重要なのは白いこと、次は高級感のあることです」


 ベルカは部屋中を探し回って、三枚の布切れを持ってきた。

 どれも白くはあったが、皿を包むには小さく、高級とも言えない。

 難しい顔をする俺のことを、ベルカが不安げに覗き込む。


「もう少し大きな布地はありませんか」

「あるかも!」


 ベルカは勢いよく工房を飛び出し、息を切らせて戻ってくる。

 持っていたのは、美しい女性用のベール。

 手に取ると絹で出来ていることがわかる。


「これは……」


 ベルカが持つには随分と高価な物に見えた。

 俺の視線に気付いたのかベルカが照れ笑いを浮かべる。


「母の遺品なの。ずっと残していても仕方ないから」


 俺は木箱にそのベールを敷き、皿とベールを交互に挟む。

 最後に木箱の蓋を閉じた。


 想像以上の出来だ。

 これならもう少し吹っ掛けられるかもしれない。

 さぁ最後の仕上げをしよう。

 これがあるか無いかでは、銀貨十枚は差が付くことだろう。

 俺は木箱の蓋と箱の継ぎ目を指差した。


「ここに証印をお願いします」

 

 ベルカが木箱に真っ赤な封蝋をたっぷりと垂らし、慎重に証印を押した。


 これで新ブランド『ベルカ食器』の完成である。


「こんなことで本当に銀貨五十枚の値が付くの?」


 ベルカの声にはもう疑いは含まれていない。


「えぇ付きます。ただ売る相手は選ぶ必要があります」

「売る相手を私たちが選ぶって言うの?」

「正確には適材適所に流します」


 ベルカの目が瞬いた。

 商売の基本は「必要としてる人」に届けることだ。

 ベルカの繊細で真っ白な皿は、料理の美しさを引き立ててくれることだろう。

 この皿は大衆食堂ではなく、一品一品にこだわる高級料亭にこそ相応しい。


 そして、この一分の狂いもない精度。

 料理にこだわる者は、皿にも同じだけのこだわりを求めるだろう。

 そんな狂気的なこだわりに、この皿は必ず応えられる。


「ベルカさん月に何枚くらい皿が作れますか」


「そうね……六十枚くらいかしら」


「では、これから在庫がなくなるまでは皿づくりを一時中止して、箱作りに専念してください」


「箱作り?」


「えぇ、この食器を入れるための箱です。ヒノキはご存じですか」


「ヒノキなら、うちの裏の山にも生えてるわよ」


「では、ヒノキの木箱を月六つ作ってください。その箱には今回と同じように蓋を付け、角を丸め表面を美しく整えてください」


「六つだけでいいの?」


「はい。あなたの皿は月三十枚しか売りません」


 月三十枚は金貨十五枚。

 『アルバ食器』なら千五百から三千枚売るのに等しい。

 十分に生活はできるだろう。


 「在庫たくさんあるんだけど……」


 ベルカが少し不満げに見つめる。

 そんな目をされても枚数を増やす気はない。

 何故ならブランディングの根本を支えるのは、『希少価値』だからである。

 世に出す量を調整し、希少性を保護するのが『排他性戦略』だ。


 「値を崩さないために、流通量を調整します。今ある在庫がなくなり次第、皿の裏側にサインを施してください。できる限り寸分違わぬように」


 「サイン?」


 「あなたが売るのは『ベルカブランド』ですから」


 まぁ正確には俺が売るのだが。

 

 これで――

 物に価値を与えるための三箇条が揃った。

 

 ・ブランディングによる価値の販売

 ・高級なパッケージングによる、特別性の体験

 ・流通調整による希少価値の担保


 実に完璧である。

 あとは何処へ売りに行くかを『万能地図』で検討すればいい。


 俺は工房の一室を借り、泊まらせてもらうことになった。

 昼間の好青年が聞けば青ざめてしまうかもしれない。

 しかし職人と関係を持つような愚かな俺ではない。

 それは商売に時限爆弾をセットするようなものである。


 窓から見える夜空は暴力的なほど美しかった。

 俺は掃き出しの窓からベランダへと出る。


 きっと文学者が言う「降る星」とはこういう夜空のことなのだろう。


 「東京では到底見ることができないな」


 ぼそりと呟いた自分の声に一瞬何かが引っかかる。


 あれ?俺、異世界に来ていないか?


 当然の様に目の前の商談に全力を出してしまったが、よくよく考えればおかしなことばかりだ。

 俺は頭を抱える。


 待て、待て、待て!!じゃぁ今日予定していた商談を俺は二つとも飛ばしてしまったのでは……

 顔が青ざめたのは俺の方である。


 どうやったら帰れるんだ?

 というかいつになったら帰れる?

 その時会社に俺の椅子はあるのだろうか……


 入るの結構苦労した大手だったんだけどな……


 今日一日の疲れが両肩にどっと押し寄せた。


 「ビールが飲みたい」


 俺の小さな願いは、星の瞬きに消えていく。


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