第十一話 コンプライアンスは厳守します。
翌朝。
俺はすでに支度を終わらせ、手帳を開いていた。
本日予定していた商談は三件。
うち一件は、あの『令和の虎』にも出ている有名医師だ。
足繁く通ってようやく手に入れた商談の機会……
俺は手帳を閉じ、ネクタイを結びなおす。
私情で乱れるなど三流。
どんな時でも、目の前の仕事に全力を出す。
それでこそ、一流と言えるだろう。
そう、俺が今日やるべきことは、ベルカの皿を銀貨一枚でも高く売り、オークの里に藁を持ち帰る。
いざ、行かん、王都アステリアへ――。
「専務、『万能地図』を開いていただけますか?」
小脇に昨日作った木箱、それに革鞄には、個別に五枚の皿をタオルに包んである。
完璧と言えるだろう。
「佐藤はん、いつの間に行先決めたんや?」
「昨夜、専務が寝ている間に調べておきました」
「あのメンタル状態で?!相変わらず魔物より人間から遠いヤツやな」
大変失礼なぬいぐるみである。
しかし、強靭なメンタルとは営業マンの基本スペック。
誉め言葉としていただこう。
俺は迷わず王都アステリアを長押しし『YES』を選択する。
巨大化した白狐に飲み込まれる寸前、視界の端で絶叫するベルカを見た気がした。
相変わらず八十年代のネオンライトを眺めながら、商談内容の再確認を行う。
仕事とは『準備が九割』ギリギリまで、確認を怠らない。
さぁ、どんな意地の悪い質問にも、完璧に答えて見せよう。
白い光が消えて目の前が広がる。
――王都アステリア
美しいモザイクタイルの道に、色とりどりのテントが目抜き通りに並ぶ。
その道の終点に鎮座するは、国王の住まう城、アステリア城。
俺は小さく拳を握りしめる。
ここなら、ベルカの皿を売るのに申し分ないと言える。
「で?どこに行くんや?佐藤はん」
白狐専務が頭上から声をかけて来る。
「もちろんギルドですよ」
「ギルド?佐藤はん金ないんちゃうんか?ギルド加盟金なんか出せへんやろ」
そう、俺は一文なしだ。
普通ならギルドを通さず、商売することを考えてしまうだろう。
しかし、働く者として必ず守らなくてはならないことがある。
『コンプライアンス』だ。
ルールを無視して、ひと時儲かったとしても、その後しっぺ返しに遭うのは世の常と言える。
それに、何かを買うのに必ず金がいるわけではない。
さぁ商業ギルドへと、向かうとしよう。
商業ギルドは、アルバ・グレイズとは比較にならないほど大きい。
さすが中央である。
カウンターには五人の受付嬢が並び、テキパキと仕事をこなしていく。
俺は、五人の中から二十代後半くらいの受付嬢の列に並んだ。
「もっと短い列あんで?」
頭上の専務が、老齢の受付嬢の列を示す。
もし、今回俺がただの事務で訪れたなら、間違いなく彼女の列に並んでいただろう。
しかし、俺は一文無し。
つまり、決定権のある人間と交渉をしなくてはならない立場。
歴戦の彼女の列に並んでしまえば、イレギュラーとして弾かれてしまう可能性がある。
だからと言って新人の列では、助けに入るのは、このベテラン受付嬢になり、結果は同じになるだろう。
ある程度自分で判断できる人間の『判断ができない状況』を作るのが今回の勝ち筋と言える。
「専務、これは所謂飛び込み営業。ひとつ間違えるだけで、商談にもならず終わります。この列で間違いありません」
次が俺の番だ。
列の進みは申し分ない。
狙いは悪くないだろう。
「次の方どうぞ」
俺は迷うことなく、木箱をカウンターの上に置き、その横に鞄から皿を一枚置いた。
受付嬢は困惑しているが、とりあえず話を聞こうというスタンス、完璧である。
「こちらの皿を王都で売りたいと思っています。そこで、ギルドマスターであるアルベルト・ハインライン様にお会いしたいのですが、お暇でしょうか?」
受付嬢は目を丸くして、すぐに立ち上がり裏へと走っていく。
情報の流通がまだ未発達のこの国で、ギルドマスターのフルネームを知る相手を軽くあしらうことは難しいだろう。
まず、第一段階は成功と言える。
「佐藤はん、いつの間にギルドマスターの名前なんか知ったんや?」
「『万能地図』で商業ギルドをタップすると説明文に出てきました」
なんと素晴らしいアプリであろうか。
白狐専務は、多少邪魔ではあるが、手放せないアイテムである。
情報を制する者は、世界を制するのだ。
俺は受付嬢が不在の間に、ギルド内を見渡す。
客側には、装飾の美しい剣が壁に飾られ、棚には商品が並んでいる。
その横の壁には地図が貼られ、王都アステリアの商店が細かく記載されていた。
どうやら、ギルドが商店を紹介してくれるシステムもありそうだ。
そして、カウンター奥の棚。
ここが一番重要だ。
最も目立つところにありながら、奥行きが狭いせいか、埃の温床と化している。
実に勿体ない。
営業マンは『勿体ない』が嫌いだ。
俺はニヤリと笑い、受付嬢が戻るのを待った。
しばらくすると、受付嬢は一人の男と一緒に戻ってくる。
男は白いシャツに黒のローブ、胸には六芒星のブローチ。
この男はギルドマスターではなさそうだ。
「こちらです」
受付嬢はカウンター端から、裏手に招き入れてくれた。
さぁ商談の始まりだ。




