第十二話 一文無しの俺が加盟証明書を手に入れます。
俺が通されたのは、簡単な商談をするスペースだ。
木の板でできた間仕切りが三つほど並んでいる。
恐らくこの扱いでは、ギルドマスターは出てこないだろう。
そうなれば、この男がどの程度の決定権があるかが重要だ。
年の頃は四十後半と言ったところで、ローブの生地はよく、縫製もしっかりしている。
そこそこの高給取りと見て間違いないだろう。
俺は椅子にかけた男へ恭しく名刺を差し出した。
一にも二にも、これがなくては始まらない。
営業たるものまず自己開示である。
「私は、ギルドで鑑定士をしているユーグ・フォン・マイヤーです。受付嬢から皿を売りたいと聞きましたが、加盟証明書はありますか?」
ここで「加盟証明書がない」ことを言ってしまうと、すぐに受付に戻されてしまうことだろう。
そうすると「金」がない俺は商売をすることはできない。
まずは、この男の信頼と同情心を引き出したいところだ。
「ユーグ・フォン・マイヤー様がお話のわかる方と信じてお伝えいたします」
俺は真剣そのもののといった表情で、男の目をまっすぐ見つめる。
「服装を見ていただいてもわかる通り、私は先日、異世界から飛ばされてきまして一文なしです」
男の表情が少し曇る。
長い営業マン人生の経験から断言しよう。
同情で物は売れない。
しかし、同情は人の話を聞くきっかけにはなる。
話さえ聞いてもらえれば、こちらのものだ。
「しかし、私は腹をくくりこちらの世界で生きて行こうと決意しております」
嘘である。
「そこで、こちらの皿一枚を、銀貨八十枚で販売し暮らしを立てたいと考えています」
ベルカの皿を一枚、男に差し出す。
男は懐からルーペを取り出して、受け取った皿の値踏みを始めた。
その姿はまさに『鑑定士』
相手として悪くない。
鑑定士なら、ギルドマスターに直接話を通すこともできるはずだ。
「いいものですね」
「えぇ間違いなく一級品です。しかもこちらの皿、このように重ねても一切のズレがありません。この緻密さはそうそう作れるものではありません」
俺は皿を二枚重ねてみせる。
鑑定士は納得したように頷く。
これで第二関門突破である。
素人の俺が認めた金額は、あくまで俺の腕で売れる金額であって、プロから見て値が付くかどうかは賭けだったからだ。
正直、ここまでが一番緊張していたと言って過言ではない。
「それで、私たちに何をお求めですか?」
「ギルド登録には、登録金含め銀貨百二枚が必要と聞いています。その登録料として、この皿二枚で本日一日だけ貸し出していただけないでしょうか」
その言葉に男の目の色が変わる。
どう断るか悩むように、顎に指をあて、こちらを軽く睨みつけている。
「一日というと?」
「はい、ギルドが閉じるまでに、こちらの五枚セットの皿を売り、ギルド登録料をお支払いしようと考えております」
俺は木箱を机の上に置く。
男は箱を値踏みしてから、俺の顔に視線を戻す。
「できない場合は皿と引き換えに『加盟証明書』を発行しろと?」
怪訝そうにこちらを睨む男に、俺は営業スマイル完全版で返す。
「滅相もありません。私も営業マンの端くれ、プライドを持って商売をさせていただいております。売れなければ『加盟証明書』をお返しして、皿は差し上げます。また、資金を作ることができた場合でも、皿は贈答させていただきます。どうぞ、埃をかぶった受付の後ろの棚にでも飾ってください」
男は再び皿を手に取り、ルーペで入念に確認する。
しかも、重ねるために出した、もう一つも手に取った。
「少々お待ちください」
そう告げて席を立つ。
丸一日でも待って見せよう。
「佐藤はん!」
鞄から顔を出した専務が、俺の脛を叩く。
痛くはない。
「あんたはん、ベルカに銀貨五十枚で売るって言ってへんかったか?何、いきなり銀貨三十枚も上乗せしとんねん」
「差額は私の儲け分です。まぁ今回はベルカから、いただいたものですから、儲けは全額私のものですが」
「少しは返したろうとか思わへんのか?!あんたはん魔王かなんかか?」
返すはずがない。
代わりに『売れない皿』を売るのだから、ギブ・アンド・テイクである。
一円でも高く売り利益を残す。
これこそ営業マン冥利に尽きると言えよう。
二人分の足音が近づいてくる。
俺は白狐専務を鞄へ押し込み、すぐ立ち上がる。
入って来たのは明らかに上席だ。
鑑定士の上席なら恐らく、ギルドマスターだろう。
俺は綺麗な敬礼をし、口元のニヤ付きを隠した。
勝利の確信。
「私はこの商業ギルドを預かる、アルベルト・ハインラインだ」
少し横柄で大柄な男は、席に着くなり、こちらを値踏みするように眺めた。
その後、椅子に掛けるよう促す。
「ユーグから報告を受けたのだが、皿を贈答いただけるとか。その代わりに一日だけ『加盟証明書』を発行してほしいと」
「左様でございます。現在一文なしの身、なんとかこの条件でお願いできないでしょうか」
「しかしこれでは、あまりに佐藤さんに分が悪いのではないかな」
男はこちらの真意を確かめるように、眼鏡の上から睨む。
「無理を承知でお願いしていることです。こちらが負債を背負うのは当たり前と言えましょう。それに私はこの世界の、知識がありません。今後もご迷惑をおかけすることもあるでしょう。先々の関係性に対しての投資と思っております」
「いいでしょう。『仮加盟証明書』の発行をいたします。ユーグすぐに準備してくれ」
拍子抜けするほど早い決断。
この男、何か企みがありそうだ。
とは言え、これで商売はできる。
気は抜かずに行こう。
さぁ本日中にこの皿を売らなくてはならない。
俺はスーツの襟を正した。




