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第十三話 契約のためならヘルハウンドも手懐けます。


 受け取ったのは『()加盟証明書』だ。

 簡易な木の板に本日の日付がでかでかと記されている。

 なるほど……すぐに許可されたわけだ。

 これなら、姿を消して使い続けられる心配もないだろう。

 まったく嫌になるほどちゃんとしている。


 「ほんまにこんなもんが、銀貨八十枚なんかで、売れるんか?」


 上から少年の声が降って来る。

 俺の頭上を定位置にするのはやめていただきたい。

 その小さな手で、パンジーが絵付けされた皿を、首を傾げながら眺めている。


 「割ったら、見世物小屋で銀貨八十枚貯まるまで、芸してもらいますからね」


 「佐藤はんならホンマにやらせそうで嫌やな」


 何故『やらない』選択肢があると思っているのか不思議である。


 さて、まず向かうべきは貴族様御用達の高級料亭、もしくはアフタヌーンティーのカフェだろう。

 事前にまとめておいたリストと、先ほどギルドの地図で位置関係は確認済みだ。

 ここから最も近いのは、季節のフルーツをふんだんに使ったケーキが有名なカフェ。

 この皿との相性も抜群だろう。

 

 昼にはまだまだ早い時間帯。

 飛び込み営業をかけるなら、相手の余裕がある時間を選ぶべきだ。

 そう思えば、リストにある十八件を昼前までの三時間ほどで回り切りたい。


 俺は足早に脇道へと入る。

 脇道と言っても、舗装は白亜の石でされており、道幅も馬車がすれ違えるほど大きい。

 白を基調とした清潔な通りからは、高級感が漂っている。


 俺の金銭センサーがここだと告げている。


 目的のカフェまではすぐだった。

 随分と早い時間にも関わらず一台の馬車が店の前に停まっている。

 

 キャビンは白く金の装飾と彫刻が施され、テキスタイルは濃紺のカーテンにカーペット。

 繋がれた馬は六頭、随分と豪華だ。

 周りには衛兵が張り付いている。


 その時、馬車と店の扉が同時に開かれる。

 濃紺のカーペットが石畳を滑り、店先まで伸びる。

 衛兵たちに緊張が走り、カーペットの両脇へと移動した。

 その上を優雅に歩く少女が一人。

 年の頃は十七歳といったところだろうか。


 少女の連れる一際大きな黒い犬が、金色の瞳でこちらを一瞥する。

 次の瞬間、その金色の瞳が輝き、少女の腕を抜け出した。


 俺はとっさに専務を空高く投げ飛ばす。


「あほんだらぁぁぁぁ」


 専務の叫びも空しく、空中で黒犬にしっかりキャッチされる。

 同時にパリーーンという甲高い音。


 割れたな……

 見世物小屋を探さなくてはならないだろう。


「シャルロット!駄目じゃない」


 シャルロット……この魔界の番犬のような犬がシャルロット。

 なかなかのネーミングセンスである。


 呼ばれた黒犬は、口から炎を吹きながら振り返り、ひとっ飛びで少女の元まで辿り着いた。


「熱いっ!」


 白狐専務が絶叫している。

 どうやら俺のiPadは無事なようだ。


「コラ、ダメよシャルロット。離しなさい!」


 シャルロットは白狐専務を『おもちゃ』として認識しているようだ。

 喰い殺されることはなさそうで安心した。

 『万能地図』が無くなればこの国の攻略は、天と地ほど難易度が変わる。

 

 なんとか白狐専務を口から取り出した少女は、衛兵が止めるのも構わず、俺の元まで届けてくれた。


 こういう場合、基本的には相手の出方を見てから動きたいところだ。

 しかし、彼女はまだ幼い。

 全てを任せてしまうのも荷が重いだろう。


「可愛らしい犬ですね」


 俺の営業スマイルに、彼女の目が輝き、衛兵たちがドン引きしている。


 専務が耳元で囁く。


「佐藤はん、もうこの子のこと顧客やと思っとるやろ」


 当然である。

 目の前の少女の肌は透けるように白く、一際艶めく銀髪は太陽の光に輝いている。

 服は特級品のドレス。


 どこからどう見ても、度を越した金持ちであることは明白。

 ならば、『顧客化』すること、それが営業マンというものだ。

 チャンスがあれば掴む。

 これ鉄則である。


「撫でてもいいですか?」


「えぇ!ぜひ」


 少女の目がますます輝く。

 柴犬にするように、わしゃわしゃと撫でてやると、喉を鳴らして喜んだ。

 

 熱い……息も、体も、まるでサウナ室で石炭をかき混ぜているような暑さ……いや熱さだ。

 例え腕に火傷をしようとも、このヘルハウンドをまるで仔犬のように可愛がって見せよう。

 何故なら金持ちがペットを連れているのは、鴨がネギを背負って来たようなもの。

 相手が高貴な場合、直接的なアプローチは時にマイナスに働くことがある。

 代わりに愛犬や子供を褒めて外堀を埋める。

 営業テクニック、基本の『き』である。


「ウチのシャルロットをこんなに可愛がってくださるなんて!初めてです」


 その時、黒犬の口から皿の破片がこぼれ落ちた。

 少女の弾んだ声が、急に落ち込んでいく。

 

「ごめんなさい。ウチのシャルロットが割ってしまったお皿弁償しますね」


 俺は、自分が成せる最大限の爽やかな笑顔を作った。


「いえ、呆けていた私も悪いのです。どうぞお気遣いなく、シャルロットくんにケガがなくて何よりです」


 『損して得取れ』


 かの有名な『経済の神様』松下幸之助の言葉である。


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