第十四話 『返報性の原理』で皿のセットを売りつけます。
「ごめんなさい。シャルロットが割ってしまったお皿を弁償しますね」
俺は自分が成せる最大限の爽やかな笑顔を作る。
「いえ、呆けていた私も悪いのです。どうぞお気遣いなく、シャルロットくんに怪我がなくて何よりです」
「そんな、それじゃあ、私の気持ちが収まりません。白狐さんも驚かせてしまいましたし、何かさせてください」
よし、ここだ。
俺は少し困った顔をつくる。
「そのように気遣っていただくのは忍びないのですが、ではこういうのはいかがでしょうか?」
俺は残りの皿を鞄から取り出し、少女の前に差し出した。
「まぁお花がとても綺麗。こんな食器見たことないわ」
「こちらは、今売り出し中の、新進気鋭の陶芸作家が作った皿でして、月三十枚しか作ることができない貴重な品です」
少女の瞳が揺れた。
自分が割ってしまった物の価値を感じ取ったのだろう。
緩みそうな唇に力を込める。
「この皿を気に入っていただければ、購入いただけないでしょうか?」
「是非お皿を拝見したいわ。お店の一席を借りましょう」
少女は両手を合わせ、輝く笑みを浮かべる。
俺を店の中へと促し、中央の席へと案内してくれた。
真っ白なゴシック調の空間は、ディ⚪︎ニープリンセスでも飛び出して来そうで、俺は完全に浮いている。
しかし、そんなことは気にもならない。
俺がやるべきことは一つ。
この純粋な少女に五枚セットの皿を買わせることだ。
俺はいつもより慎重に名刺を取り出し、座る彼女の横に跪いた。
恭しく名刺を差し出す。
「私は、商業ギルドにて行商をさせて頂いております、佐藤健一と申します。良い取引ができますように、最善を尽くさせていただきます」
少女は照れ臭そうに、頬を赤らめて名刺を受け取った。
「サトウ様……覚えました」
小さく呟く彼女の言葉に頷いて、俺はテーブルに二枚の皿を並べた。
柄はバラ、マーガレットだ。
少女の輝いた瞳に、皿の花々が映り込む。
その内、バラの皿へと細い腕が伸びる。
「バラがお好きですか」
「えっいえ……実は私の名前がロザリアって言うんです。だから何だか親近感が湧いてしまって」
「ロザリア様……」
バラは5月に咲く花だ。
その名を冠していると言うことは……
俺は口元の緩みを営業スマイルで覆い隠す。
ここは『返報性の原理』を最大限利用させていただこう。
簡単に言えば「お返しをしなくちゃならない」心理だ。
「やっぱりバラにしようかしら」
「では、そちらは私からの誕生日の贈り物にさせてください。元々お返しをいただく立場にもありませんので」
少女は大きな目をさらに見開いて、瞬かせている。
「どうして私の誕生日が近いって知っているんですか?」
「バラは今が開花時期ですから、もしかしたらと思いました」
爽やかな声を上げて笑うと、少女が嬉しそうに頬を染める。
俺はさり気なく木箱を机の上に置きながら、残った一枚を鞄へとしまう。
少女の目は、箱を捉えている。
あと一押し。
「でもそれでは申し訳ないわ。せめて私にできることはありませんか」
「そうですね……」
今すぐ口に出したい気持ちを呑み込んで、わざと思案の一拍を置く。
「では、こちらの五枚セットの皿を、購入いただけそうなカフェか、高級料亭をご紹介いただけないでしょうか」
「そんなことでいいのですか?」
「実は私、昨日こちらの世界に飛ばされて来た異世界人でして、現在一文無しなのです。その上、今日中にこの皿を売らないと商業ギルドの『加盟証明書』まで失い仕事すら危うい状況でして、ご紹介いただけると大変助かります」
さぁ勝負だ。
ここまで割れた皿、誕生日プレゼントと積み上げて来た。
恐らく『何か力になりたい』と強く思い始めていて、いいころ合いだろう。
少女は軽やかな音を立てて、両手を打ち合わせた。
「お皿のセットぜひ、私に売ってください!見させていただいたお皿どれも素敵でしたもの、私もうすっかりファンなんですよ」
俺は机の下で、強く拳を握りしめる。
完全勝利である。
が、ここで焦って商談する青二才ではない。
「いえいえ、そんな!こちらの品は大変高価なものになりますので、一度ご家族様にご相談されてからの方がよろしいかと……」
少女の顔にみるみる影が落ちる。
これは……失敗した、か?
「お父様も、お母様も、忙しい方で……そんなにお高いのかしら?」
「えぇ、一枚で金貨一枚になります」
「あら、そのくらいなら何の問題もないわ。爺や、サトウ様に金貨五枚をお渡ししてちょうだい」
少女がそう言うと、後ろに立っていた老年の紳士が前に出る。
美しいシルクのハンカチに金貨五枚を包み、俺へと差し出してくれた。
俺は一度断ってから受け取る。
この一連の流れはもはや儀式である。
そしてこれが最後の儀式。
「ロザリア様、ありがとうございます。感謝のしようもありません」
胸に手を当て深々と礼をする。
立場逆転である。
今までは、俺の寛容によって流れていた空気をひっくり返すことで、顧客に商品購入の気持ちよさを倍増させるのだ。
俺は恭しく、木箱を差し出す。
白手袋があればもっとよかったのだが……
「ぜひこちらで、封蝋を切り中身をご確認ください」
少女の指先がわずかに震える。
壊れ物に触れるような繊細な手つきで、丁寧に封蝋を剥がし、木箱を開ける。
これこそが、『特別性の体験』である。
少女の表情に華が咲く。
「えっどうしてですか?どうして……バラのお皿……」
少女の頬が紅く染まる。
たまたま季節の花でまとめただけなのだが、ここまでの偶然は神の所業か。
兎にも角にも、彼女にとって最高の瞬間になったことだろう。
上客ゲットである。




