第四十五話 王女様、お皿の代金をいただきに参りました。
処刑場となった中庭に連れてこられたのは、正午にはまだ早い時間だった。
国王も母君も、他の兄弟たちも、数珠繋ぎに縄で縛られ歩かされる。
その姿はまるで奴隷のようだった。
奥歯で苦虫を噛み潰す。
しかし、見ろ。
誰一人肩を落とした者も、背を曲げた者もいない。
皆、胸を張り、背筋を伸ばし、ただ前を見ている。
この国の第一王子として生まれた私の誇りは、このような屈辱で折られるものではない。
美しかった中庭は、見る影もなく、黒魔術の影響で花々は黒く染まり、葉を枯らしていた。
その中央に、似つかわしくもない処刑場が作られていた。
芝生の地面に木箱を重ねただけの、質素なものだ。
肩を強く押さえつけられ、木箱の上に跪かされる。
眼前に立つグラステラ王もその側近も、皆が酷く痩せていた。
国土のほとんどを火山と石礫地に覆われた不毛の地。
死の大地を束ねる王の肌には、『黒魔術』を使った後に出る『黒点』が顔にまで広がっている。
『黒魔術』さえ無ければ、どちらに軍配が上がったかなど、明らかだった。
「我が賢き叔父、グラステラ王よ!何故このような暴挙に及んだ!誇りまで失ったか!」
隣に跪くアステリア国王、私の父上が叫ぶ。
グラステラ王が確かにこちらを睨みつけた。
「誇りで腹が膨れようか?貴様たちは知らないのだ。飢えると言うことがどのようなことか。ひと束の麦も育たなくなった地で、我らがどうして生きてきたのか!」
「アステリア王よ!誇りで腹が膨れようか?!」
その声で両手に黒い重石が現れる。
『黒魔術』の重石だった。
地に手をつき、私はグラステラ王を睨みつける。
「正午まで、その冷たい土を舐めて過ごすがよい。我らが生きてきた大地の味が、少しはわかるはずだ」
そう吐き捨てたグラステラ王の側近二人の腕にも黒点が広がっている。
それどころか、騎士団長にも、騎兵隊にも、黒点が浮かんでいた。
私の胸はざわめいた。
何故、寿命を縮めるはずの『黒魔術』を国の中枢を担う者たちが請け負っている。
例えアステリアを獲れたとしても、首脳陣を欠いた国など、すぐに行き詰まることだろう。
私の胸に、一つ恐ろしい考えが浮かぶ。
――グラステラ王は勝つ気があるのだろうか?
「お兄様」
その時、隣から美しい声が囁いた。
我が愛しき末妹のロザリアだった。
「ご覧ください。一輪だけ赤い薔薇が残っています」
その視線の先に、天を強く押し上げる気高き薔薇が咲いていた。
「お兄様、私達もあの薔薇のように最後まで気高く上を向いていましょう」
ロザリアの表情は、今にも泣き出しそうでいて、決して泣くことはない強さを秘めていた。
その顔を見れば、堪らなく胸が痛む。
頼りない兄ですまない……すまないロザリア。
上を向いたままのロザリアの瞳が、奇跡を見たように見開かれる。
次の瞬間、強風が中庭の枯れた花を舞い上げた。
吹き荒れる竜巻が薔薇の花を大きく揺らす。
一人のグラステラ兵が叫び声を上げた。
「ドラゴンだ!!!」
その叫びとほぼ同時に、大地が割れた。
轟音と共に赤竜が広場の真ん中に降り立ったのだ。
巨躯が、グラステラと我々を隔てる。
赤竜の瞳は油断なく、グラステラ兵へと向けられている。
まるで、その光景は傷口に塩を塗られるようだった。
『黒魔術』を使うグラステラ兵だけでも厄介なのだ。
ここにきて、赤竜など……。
私は深く項垂れ、悔しさで震える胸を押し殺す。
アステリアは終わった。
その時、私の両手が急に自由になった。
振り返った先にいた、その姿に息を呑む。
武装したオークだった。
何故オークがこんな街中にいる?
攻めてきたのか?
ならば、何故私を自由にした。
そのオークは、私の疑問に溢れた瞳など気に留めることもなく、国王、王妃の縄も解いていく。
「サトウ様……!」
ロザリアの花のような声が中庭に広がった。
視界の端に赤いドレスが揺れる。
ロザリアの瞳は上を向き、その表情は光り輝いている。
何故そんな顔ができる。
私は、その視線の先を追った。
レッドドラゴンの背の上に黒い影が一つ。
堂々と、けれど傲慢さの欠片も感じさせず立っていた。
オークが背後で敵兵を薙ぎ倒す。
一体何が起こっている。
サトウ?ロザリアに皿を売りつけた商人の名だ。
とても感動したのだと、嬉しそうに話してくれた。
その皿は、確かに斬新ではあったが、絵付けはまだ荒く、私の目からは金貨一枚の価値はないように感じられた。
純粋無垢な可愛らしいロザリアを騙した商人が、一体この有事に何の用なのか……。
その男が、ドラゴンの背から降り立ち、私たちの前で恭しく礼をする。
「ご無沙汰しております。ロザリア殿下」
到底、この場には相応しくない、穏やかな声色と笑顔を湛えた男。
まるでそれが当然のように、丁寧な挨拶を述べる。
「皿の代金をいただきたく、アステリア奪還計画の遂行に参りました」
ん?なんと言った?
「まぁとても心強いです!私に何かできることはありますか?」
ロザリア?
「では、一つお願いしてもよろしいでしょうか。現在同じ陶芸家がティーセットの新作を製作中です。ぜひ一度ご購入を検討いただきたく存じます。もちろん、薔薇のデザインでご用意していますよ」
ロザリアが軽やかに両手を打ちつける。
「あら、素敵!ぜひ見せていただきたいわ」
明るく楽しげに話すロザリアの頬に一筋の涙が伝う。




