第四十四話 オーク軍の受注に成功したら、ドラゴンも付いてきました。
「サトウよ、これはどういうことだ?」
「申し訳ございません。私にも覚えがありません」
オーク・キングの問いに、俺は首を振るしかなかった。
眼前には灰藍川を占領する四躯のドラゴン。
一躯はもちろんフレアだ。
その他に、黒竜、青竜、緑竜。
どのドラゴンもフレアの一回り以上大きい。
俺はすぐにフレアに駆け寄る。
「フレア、お疲れ様です。何かありましたか」
「鳴きながら飛んで来たんだ。事情を話したら、みんな協力してくれるって」
フレアの声は少し枯れていた。
だから、時間がかかっていたのか。
「ちょうど退屈しておったんだ」
頭上から黒竜の野太い声が、嵐のように響く。
「我らの鱗は『黒魔術』を通しません。お役に立てると思いますわ」
青竜の鼻息が数人のオークを吹き飛ばした。
「こんな子供に頼まれては断れまい」
緑竜が自分の額を、フレアへと摺り寄せる。
その風圧で、水しぶきが舞った。
「ボク、オークのおじちゃんたちが怪我したら嫌なんだ。ダメだった?ケンイチ?」
「いえ、お手柄です。フレアありがとうございます」
鼻の頭を撫でてやる。
その時、背後から大きな笑い声が上がった。
オーク・キングだった。
「ゾルタンよ、もう断れまい。フレアがここまでしているのだ。オークの誇りにかけて行かねばならん」
モノクルオークは不満げに腕を組む。
もう一つダメ押しをしておこう。
「戦争の決着がつけば、医療チームが作られるでしょう。私が、今もなお洞窟の中で、病に蝕まれているオーク様の治療をしていただくよう要請いたします。しかし、この交渉には「オーク兵が王都奪還に貢献した」という前提が必要になります」
俺は真っ直ぐに、オーク・キングとモノクルオークへ向き直る。
再び深く頭を下げた。
「どうか、お力をお借りできないでしょうか」
大丈夫だ。
この条件で、仲間を殺す交渉から、仲間を助ける交渉に変わった。
モノクルオークは頷くしかないはずだ。
頭上で、モノクルオークが大きなため息をつく。
「我らの仲間を救ってくれるというならば、行かねばならんでしょう。兵の編成をいたします」
モノクルオークは踵を返し、大声で兵に召集をかける。
「わしも行くぞ。この森を出るのも、ドラゴンに乗るのも初めてだ」
オーク・キングの笑い声が灰藍川に響き渡った。
――王都アステリア アステリア城 地下牢。
腹の虫が小さく鳴る。
私はお腹をさすりながら、こんな時でもお腹が空くんだと思うとおかしくなった。
昨日までの生活は、一瞬の間に無くなってしまう。
私は冷たい石の床の上に直接座り膝を抱えていた。
三方を堅固な煉瓦の壁が囲い、開けた一箇所には屈辱の鉄格子が嵌められた。
私は、私の生まれ育った城の地下にある牢へと一人閉じ込められている。
その無骨な部屋には不似合いな、煌びやかな赤いドレスが現在の異常さを物語っているようだった。
一晩中付け続けたコルセットが息を詰まらせる。
鉄格子の向こう側、無遠慮に見つめる瞳さえ無ければ、緩められるのにと何度も何度も私は恨めしく、その目を睨み返した。
地下牢の小さな窓に朝日が昇る。
太陽が真上に来る頃、たった十六年の私の人生は終わりを告げなくてはいけない。
涙が溢れてこぼれ落ちそうになるのを、グッと押し殺した。
泣いてはダメです。
ロザリア、私は王女ですよ。
命を落とすその瞬間まで、気高くあらなくてはならないのだから……。
交代の時間になったのか、相変わらず無遠慮な瞳がニヤニヤとこちらを見ながら席を立った。
今ならコルセットが緩められる。
私はドレスのボタンに手をかけたけれど、なかなかうまく外れない。
「ロザリア?ロザリア、そこにいるのかい?」
第一王子レオナールお兄様の声だった。
「お兄様!ロザリアはここにおります。お兄様はお変わりないですか?お怪我などされていませんか?」
お兄様が照れくさそうに、空気を吐き出したような笑い声を上げた。
「お前は本当に優しい子だ。私は問題ない。ロザリアはどうだ、何か酷いことはされていないか?」
「えぇ大丈夫です。何もされていません。お父様やお母様は大丈夫でしょうか?他の兄弟たちは怪我をしていないでしょうか」
鉄格子の向こうに、大きな手が差し出された。
「ロザリア、国王や他の家族もきっと大丈夫だ。この兄の手を握ってはくれないか。お前がここにいると実感したいのだ」
私はお兄様の手を両手で握る。
その手は酷く冷たい。
寒いからじゃない。
どんなに寒い日でも、お兄様の手は暖かかったから……。
お兄様もきっと怖いんだ。
心臓が締め付けられて、鼻の奥にツンとした痛みが走る。
泣いちゃダメ……!
お兄様の手に力が籠る。
「大丈夫だ。ロザリア、私がここにいる。お前に何かさせたりはしない」
その時初めて自分の手が震えていたことに気が付いた。
お兄様は私を元気付けようとしてくれている。
その優しさが、胸の奥にある何かに刺さる。
熱を帯びたその痛みが、不安をわずかに和らげた。
「お兄様、私もここにおります。お兄様のすぐそばにおります」
お兄様の声が、気持ちを和らげてくれたように、私の言葉がほんの少しでもお兄様の不安を取り除けるように願った。
次の瞬間、地下牢に続く木の扉が開く。
その無粋な音が、嫌味たらしく鉄の牢に響き渡った。




