第四十三話 最後の難所、オーク王に参戦交渉いたします。
「『黒魔術』がなにかって?まさか敵兵が『黒魔術』を使ってるわけじゃないよね」
ロムウェルの声色がいつもより一段落ち着く。
珍しくその目は真剣そのものだった。
「私には『黒魔術』がどういったものか予想もつきません。しかし、誰に聞いても、今のロムウェルさんのような反応が返ってきます。詳しく教えていただけませんか」
小さく唸り声を上げる。
「『黒魔術』っていうのは、そもそも僕たちが使う『魔法』とは体系が全然違うんだ。『魔法』が精霊や自然の生命エネルギーを借りるとすると、『黒魔術』は魔王の力を借りるんだよ」
「破壊力が通常の『魔法』の比じゃないとは伺いました」
「よく言われるのはね。でも本当に怖いのは『黒魔術』に含まれる『呪詛』なんだよ。攻撃を受けた者はもちろん、術者自身もこの『呪詛』を浴びることになる」
「『呪詛』を浴びるとどうなるんですか」
ロムウェルは軽く肩を上げて、両手を開いてみせる。
「単純に寿命が縮まる。僕たちみたいなエルフでも、かなりの負担だよ。人間なら致命傷じゃないかな。しかも、この『呪詛』は『黒魔術』を行使した時一番近くにいる者がもっとも浴びることになる」
つまり、術者本人が一番寿命を削るということだ。
「そして、この『呪詛』の厄介なところは、死後も体に留まり、遺体の周辺を死の土地へと変えてしまう。だから、厳しく使用を禁止されてるんだ」
「攻撃を受けた方にも同じ影響が起こりますか?」
「距離にもよるけど、そこまで『呪詛』に侵されることはないよ。そもそも一撃で死んじゃうしね。君のプライドとか微塵も理解できないからさ、言わせてもらうけど、今回は退くべきだね」
これが、ロムウェルから聞いた『黒魔術』の全貌だ。
聞けば聞くほどろくでもない『魔法』である。
「サトウよ、それは我らに他国の戦争に首を突っ込み、死ねと言っているのか?」
その渦中へオーク兵に行けと、言っているのだから、モノクルオークの怒りは妥当だろう。
「敵兵は疲弊した農民が大半です。教育された兵ではありません。おそらくはオーク様の姿を見るだけで逃げ出す者がほとんどでしょう。私は戦闘にはならないと踏んでいます」
「馬鹿馬鹿しい」とモノクルオークが鼻を鳴らす。
「そんな者たちが王都アステリアを陥落させたというのか?甚だ信じがたい予想よ」
ここまで、誰もが強固なアステリア兵を信じている。
ならば、やはりこれは伝えなくてはならないだろう。
「私には隣国の兵力が強固であるとは思えません。今回アステリア陥落の原因は『黒魔術』にあると考えます」
「なお悪い!!」
モノクルオークが力一杯、切り株を殴りつける。
見開かれた白目が、赤く充血していく。
「話にならん!お引き取り願おう!」
俺は膝の上で、掌を握りしめる。
歯を食い縛り、深く深く頭を下げた。
「お願いいたします」
「ありえん!到底認め……?!」
「まぁ待てゾルタン。サトウよ、面を上げよ」
オーク・キングが、モノクルオークを太い腕で制した。
「サトウよ、何故今『黒魔術』のことを我々に言った。これほど遠くの地に住む我らだ。騙して連れていくこともできただろう」
「できません。私の仕事は信頼を失えば成り立ちません。最大の不利益を黙っていれば、私は営業マンでは無く、詐欺師となります」
オーク・キングは太い腕を組み、小さく頷いた。
モノクルオークは不安げにオーク・キングへと視線を向けている。
「何故敵兵が農民ばかりだと思う?その根拠はなんだ」
「私が街中に入り直接確認してまいりました。王城周辺での攻防戦ですら、敵兵の正当な兵士は半分もいませんでした」
「その軽装で戦火の街に入ったというのか?」
「はい」
「武器も持たずにか?」
「えぇ。ただ、いつでも逃げられるようにはしていました」
「ホンマやで!正気を疑ったわ」
白狐専務が頭上で小さな手を上げた。
「しかも、こいつ大通りを堂々と城まで歩き出したり、敵兵に話しかけたり無茶苦茶や。こんなお願い断ったって!」
余計なことを言うぬいぐるみである。
俺がどれほど心身すり減らしていると思っているのか。
「我らが断ればどうするつもりだ」
「別の方法を考えます」
「何故そこまでする」
「これは、私の仕事に対する矜恃でございます」
オーク・キングは腕を組んだまま唸り声を上げ考え込む。
モノクルオークがすかさず声をかけた。
「我が王よ、悩む必要などありません。『黒魔術』に対抗する術などありません。無駄死にです」
「ゾルタンよ、もしこの男がいなければ今頃お前は歩けなくなっていただろう。サトウが言うように里は壊滅していたかもしれん。その恩義をいつ返す?」
モノクルオークは「しかし!」と叫びながらも言葉を続けることはできなかった。
ここだ。
ここで決まらなければ、もう決まらないだろう。
俺は背を伸ばし、まっすぐにオーク・キングを見据える。
「『黒魔術』に対抗できるミスリルの武器を二十三本用意しています。どれもドワーフが打った最高品質の武器です。今、フレアがこちらに運んでくれています」
その時、騒々しくオーク兵の一人が駆け寄ってくる。
「ご、ご報告いたします。ドラゴンが、ドラゴンが現れました!」




