第四十二話 営業マンの武器は、人脈です。
――オーレア平原 エール工場
俺はさらに避難民の増えたエール工場を横目に樽の工房へと向かう。
樽の工房にも人が溢れている。
その隅にバルトを見つけた。
「バルトさん、ご無事でなによりです」
「おぉケンイチくんか。あんたも無事で本当に良かった」
俺は座るバルトの前に、膝をつく。
「お願いがあります」
真剣な声音に、バルトの目が鋭くなる。
「言ってみな」
「私が合図をしたら、サフィア運河にかかる橋を落としていただけませんか」
バルトは一度大きく目を見開く。
しかし、口をきつく結んで何も言わなかった。
ただ、俺の真意を測るように鋭く睨む。
「王都アステリアに入る道は、正門とサフィア運河にかかる橋だけです。王都アステリア奪還後、兵の逃げ道を一か所に絞りたい。お願いできないでしょうか」
「王都奪還……お前さんそれ本気で……!」
途中で言葉を切り、息を飲んだ。
皺を深くしながら、杖を握る手に血管が浮き上がる。
しばらくの沈黙の後、膝を打ち付ける。
「わかった。やってやる」
その目には確かな闘志が宿っている。
俺は気付かれないように小さく息を吐き、深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「で?合図はどんなものだい?」
「オーク兵が、このサフィア運河の橋と正門から同時に仕掛けます。オーク兵が全て渡り切ったら、すぐにお願いします」
「わかった」
バルトは深く頷く。
「他の方への説明を私からもいたしましょうか」
「いや、任せてくれ。必ずやり遂げる」
俺は再び深く礼を告げて、その場を後にした。
サフィア運河沿いまで歩く。
「橋なんか落として大丈夫なんか?まだ王都の中に逃げ遅れた住民残ってるんやろ?」
「えぇ、それでも、オーレア平原に兵が流れ込んだら、それこそ手に負えません。彼らは飢えています。どんなことがあっても食物を奪っていくでしょう。避難所になっている以上、ここを守るのは最善手です」
川沿いまでくると、ロムウェルの通信機に電話をかける。
預かった目玉型カメラを地面に置き返答を待った。
しかし、聞こえる音が鈴の音では、思わず気持ちが和んでしまう。
『……ふぁい!』
寝てたな。
「準備ができました。映像は映りますか」
『ふぇ……ちょっと待ってね』
電話の向こうから、騒々しい音が響き、その後しばらく静かになった。
それにしても、本当に問題なく声が聞こえる。
現在の必須アイテムである電話ですら、開発当初は聞き取れないほど音質が悪かったという。
なのに、このPHS型の魔道具は現代のスマホ並みに音質がいい。
この才能を生かさないなど、全くもって勿体ない。
『あぁ映ったよ。で?王都に潜入すればいいの?』
「えぇ、何かあれば連絡いただけますか」
『いいけど、音声が聞こえるわけじゃないから、見た情報だけだよ』
「十分です。あっそれとご忠告しておきますが」
『なんだよ。やだなぁ、その入り方』
「こちらが負けた場合、約束は丁寧にお断りしますので、死ぬ気で勝ってくださいね」
『はぁ?そんなの僕のせいじゃなくない?』
俺はこの短い付き合いでわかっているのだ。
こいつは『デメリット』を提示しておかないと、真面目に取り組まない。
ついでにもう一つ追加しておこう。
「ちなみに、作戦中に寝て通信に出ないなんて事がありましたら、「ロムウェル様はフローラとなんかご飯行きたくないと断りました」と伝え、二人で食事に行きますからね」
『最低!!お前絶対地獄に落ち……プツン!』
通話を切った。
こちらは忙しいのだ。
「専務『万能地図』を立ち上げてください」
「今、なんか言おうとしてへんかったか?」
目の前に現れた『万能地図』の灰藍川を選択した。
――灰藍川
少し川上へ歩くとオークたちの拠点が現れる。
フレアはまだ到着していないようだ。
少し時間がかかっているだろうか。
やはり無理をさせてしまっているのかもしれない。
俺はモノクルオークかオーク・キングを探す。
木の製材をしている集団にモノクルオークの姿を見つける。
「お世話になります。今少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「サトウではないか。今日はフレアは別なのか」
「フレアは後ほど到着します。その前に、オーク・キング様にお目通りをお願いしたく参りました」
俺の真剣な声音に、何かを察したのかモノクルオークがすぐに案内してくれた。
「おぉサトウ。私に用があるとは何事だ」
俺は直角に腰を折り、深く頭を下げる。
オーク・キングとモノクルオークの影が、互いの方を向いた。
「オーク・キング様に、無理を承知でお願いしたいことがございます」
「よい、面を上げろ」
俺はゆっくりと頭を上げ、真剣な目を向ける。
「今、私の最大の取引先であり、バルトの故郷でもある、王都アステリアが隣国から襲撃を受けております。どうかお力をお借りできないでしょうか」
二人が大きく息を吸い込んだのがわかる。
誓約書は出してはいけない。
脅しのような真似は、するべきじゃない。
モノクルオークの顔がどんどん赤みを帯びていく。
誰の目から見ても明らかだ。
怒っている。
「サトウよ、それは我らに他国の戦争に首を突っ込み、死ねと言っているのか?」
鋭いモノクルオークの怒鳴り声が、鼓膜を震わせた。




