第四話 ビジネスにはタイパも重要です。
俺は資料を作るべく、再び切り株まで戻ってきた。
初めは臭いと思っていたこの場所も、里から帰った今は新緑の香りに深呼吸をしたくなる。
俺はノートを切り株の上に広げ、一文字分を空け、縦に線を引く。
○A|トイレの整備
○A|排泄物の処理
A|死体の埋葬
B|生ごみの廃棄場所の確保
C|病人を隔離するための住居の建設
D|除菌・清掃(風呂の確保)
B|飲料水・水源の確保
A|病人隔離用のテント設置(重篤患者の隔離)
A|トリアージの実施(重症度による選別)
このAからDの記号はそれぞれ、
A=緊急性・重要性:高
B=緊急性:高・重要性:低
C=緊急性:低・重要性:高
D=緊急性・重要性:低
ハウツー本では四象限を用いるのが一般的だが、俺はタイパを考えて、リスト化と優先度を同時に処理できるこのやり方を取り入れている。
タスクや関連タスクが増えた際も、書き込みが簡単にできる。
○は現在進行中だ。
最近ではiPadのタスク管理アプリを使っていたので、ノートに書くのは久しぶりだったが、うん、悪くない。
……よし、まずはここまでだ。
カチリ、とペンの頭をノックして胸ポケットに収める。
ノートに並んだ無機質なアルファベットの列。
これこそが、混乱を秩序に変えるための、俺にしか書けない『魔法の陣』と言えよう。
しかし、『A』のタスクが多すぎる。
進行中のものはいいとして、衛生面から鑑みると『死体の埋葬』の重要度は最も高いと言える。
しかし、あそこまで腐敗の進んだ遺体を土に埋めてしまえば、土壌汚染は免れないだろう。
長い目で見ればやはり火葬すべきだ。
そうなれば窯が必要になる。
しかもあの巨体が入る窯となると、簡単にはいかないだろう。
今、穴を掘っている人員をそちらに回すのが最善だ。
次に『病人隔離用のテントの設置』そして『トリアージの実施』へと進むべきだ。
まずはテント設置場所を探すべく、俺は再びiPadの電源を入れた。
俺は画面の違和感にすぐに気付く。
先ほどまで二次元のイラストだった白狐が3Dへと変わり、iPadの中を走り回っているではないか。
そんな白狐と思わず目があった。
『こんちわ!佐藤はん。わいのことは『専務』って呼んでな』
俺は思わず目を擦る。
Windows初期に搭載されていた、イルカのようなポップアップ吹き出しが白狐の横に表示されているのだ。
何故、俺のiPadは古のデザインに変わってしまったのか……
そもそもWindowsとAppleはライバル企業だ。
『あんた、専務のわいに対して挨拶もなしかいな。えぇ度胸しとりまんな』
混乱した時は目の前に起こることを、素直にそのまま受け止めるのがいい。
これは自論だ。
「初めまして、専務。今日も素晴らしい毛並みですね」
俺はiPadに向かって会釈を返す。
何故か白狐専務がドン引きしていた。
『あんた、順応早すぎやろ』
「して、専務は私になんの御用でしょうか。何もなければ、目下進行中のプロジェクト『オークの里復活計画』におきまして、テント設置場所の検討をしたく存じます」
『うわぁ怖っ!聞きたいこととか不安なこととかないんかいな』
どうやらこの白狐専務に、特に用事はないようだ。
俺は『万能地図』のアプリをタップする。
探すべきは『川』もしくは『泉』でもいいだろう。
その周辺ならば、病床のオークを看病するのにもってこいだ。
ピンチアウトで地図を拡大すると、『オークの里』に洞窟が現れる。
先ほどまで緑で塗りつぶされていただけの『森』も簡易ながら木々のドット絵が追加された。
『えぇ怖っ!嘘やろ、そのスルースキル!あんたみたいな奴初めて出会ったわ』
白狐専務が地図の上にまで現れる。
どうやら構ってほしくて仕方ないらしい。
まるで、事あるごとにデスクへ来ては無駄話をしていく部長のようだ。
そんな妨害に負ける俺ではない。
白狐専務をスワイプで画面の外へと追い出し、地図を凝視する。
オークの里より西へ少し進んだところに、水色の線が一本。
そこをタップするとポップアップが表示された。
『灰藍川
川底には良質な粘土が沈む。
稀に砂金も採れる』
『万能地図』なんと優秀なアプリだろうか。
またも、一挙解決してしまった。
これで、窯づくりに必要な粘土も、テントを張る場所も、水源すら確保してしまった。
その上、万が一にも『砂金』が取れれば、今後の資金源へも繋がる。
今はありがたいことに、『通貨』とは乖離しているが、その内、必ず必要になる。
『金』はあるに越したことはない。
俺はまるで神を仰ぐようにiPadを天へとかざす。
『わいやったら、『万能地図』の細かい機能まで全部知ってるんやけどなぁ』
画面の半分を埋め尽くす白狐専務が、構ってほしそうに呟いてくる。
俺は深くため息を吐き出し、『営業スマイル』を貼りつける。
そして……iPadの電源を落とした。
iPadを鞄へと戻し、立ち上がる。
さぁタスクはまとまった。
最速で『オークの里復活計画』を完遂してみせようじゃないか。
「わいやったら、そのタスク三分の一の時間でクリアできんのになぁ」
少年のような声が、鞄の中から誘惑する。




