第三話 オークの里をアセスメントします。
オーク・キングと硬い握手を交わした後、俺はモノクルオークに連れられて、里を訪ねることになった。
そこで俺は、あまりにも衝撃的な光景を、目の当たりにすることとなる。
話していた切り株から南に向かうこと、三十分。
糞尿の匂いに加え、食べ物が腐る匂い、それになにか強烈な腐敗臭が漂っていた。
目を開けているのも辛いほどの刺激臭に、昼に食べた鯖の味噌煮が、何度も喉元まで迫り上がる。
ハエのような小さな虫が飛び回り、足元は糞尿か土かわからない。
ズルリ、ズルリと革靴が滑るたび、俺は全身が泡立った。
社会人とは、耐え忍ぶ者。
耐えろ、耐えろ佐藤健一。
俺ならできる。
オークの里は自然にできた洞窟だった。
その中に隙間なく詰められたオークは数十体。
罹患者も健康な者も、窮屈で空気の抜けない洞窟の中、ひしめき合っている。
これではパンデミックを起こさない方が難しい。
その周辺にはオークの死体がそのまま山積みにされている。
これが強烈な腐敗臭となっているのだ。
改善点がありすぎて、どこから手をつければいいのか頭を抱えそうになる。
こういう時はまずタスクの『見える化』と『優先順位の明確化』をするべきだろう。
「進言させていただきます」
モノクルオークは細く冷たい視線を俺へと向ける。
オーク・キングとは違い、こちらは眉間の皺が深い。
この手のタイプは、冷静で人をあまり信じない傾向にある。
だからこそ、モノクルオークとの対話は、オーク・キングより慎重に行うべきだ。
「何かね」
少し高い、冷たい声だ。
「拝見したところ、状況はかなり酷いと言えます」
モノクルオークは、こちらを馬鹿にするようにブヒッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
しかし、これは好機。
なぜなら、俺はこの手のタイプの攻略が得意だからだ。
このタイプは疑り深い分、一度信用を勝ち取ってしまえば扱いやすい。
自分に利があると分かれば手のひらを返してくるだろう。
「病を患う者に加え、歩けなくなった方も多いのではないでしょうか」
モノクル越しに細い目が見開いた。
俺が知るはずのないことを、言い当ててみせる。
「そして、あなた様も右足が痛むのではありませんか」
「な、何故それを?!」
前を歩くモノクルオークは毅然としているものの、何度か右足を庇うように体重移動していた。
顧客のわずかな変化も見逃さない。
これぞ、『営業スカウター』だ。
「実はその痛み、この土が関係しています。糞尿をそのまま放置すると、大腸菌やサルモネラ菌などが繁殖し、感染症や蹄の隙間から皮膚を侵し、歩行困難の原因となります」
専門用語をしっかりと挟む。
こうすることで、相手はこちらが有識者であると認識するからだ。
モノクルオークの視線が自らの右足へと落ちる。
明らかに不安がっている。
ここで畳み掛け信用を得ようじゃないか。
「まず健康なオークを集め、洞窟のすぐ側に直径四十センチほどの穴を深さ一メートルほど掘ってください。これをできれば、五個ほど掘り、今後はその穴に排泄を行ってください」
モノクルオークの細い瞳は、まだ僅かに疑いの余地を残している。
冷静なこのタイプが表情に出すのは、八割方気持ちを掴んでいると言える。
「私は改善に向け、今後やるべきことをまとめて参ります。もし、私が戻るまでに余力があれば、地面の糞尿を百メートルほど離れたところにまとめてください。この時できるだけ土が混ざらないようにしてください」
「何故我々がお前に協力しなくてはならない。やるならお前がやればよいではないか」
そもそも俺の問題ではない。
しかし、理不尽に負けるような青二才ではない。
「もちろん、私も手を貸しましょう。ただそれではとても全てのオーク様を助けることは不可能でしょう。どうかお力をお借りしたく存じます」
俺は三十度、腰を折る。
鏡の前で何度も練習した敬礼に一分の隙もない。
モノクルオークは腕を組んだまま見下ろすのみだ。
もうひと推し必要か……
俺は顔を上げ、少し低い声でモノクルオークへと囁く。
「その足、もう三日もすれば痛みで立ち上がることもできなくなりますよ」
モノクルオークの顔面が青ざめていく。
次の瞬間には近くを通った、オーク兵へと指示を出していた。
時に『恐怖訴求』も有効である。
これでひとまず、最も緊急性と重要度の高い糞尿の廃棄場所は確保できた。
人員は限られている。
ならば必要なのは、完璧で無駄のない計画だろう。
俺はiPadを取り出し、Excelを立ち上げ……
画面に映るのは、白狐と『万能地図』アプリのみ。
一縷の望みを託し、『万能地図』を開いてみるが、どれほど凝視してもメモ機能などは存在していない。
これでは牙をもがれたオークである。
仕方なくビジネス鞄からノートと筆箱を取り出した。
社会人たる者、どれほど文明が発展しようとも、メモと筆記用具は必須である。
いざ、『タスクの見える化』と『優先順位の明確化』を始めよう。
与えられた仕事はどんなことでもやり切る。
それこそが俺の信条だ。




