第二話 謝罪とは最高のチャンスです。
「謌代i繧堤オカ貊�&縺帙k縺ェ縺橸シ∵�繧峨�莠コ髢薙↓雋�!」
目の前に座るオーク・キングが顔を赤らめ、盛大に唾を飛ばしながら叫んでいる。
唾はスライムのように濃厚で、肌を伝う感覚が気持ち悪い。
コートのポケットから取り出したハンカチで顔を拭い、何とか『営業スマイル』を貼りつけた。
どうやら、こちらの言葉はオークに伝わるのに、オークの言葉は俺にはわからない。
なんとも混乱した状況だ。
そして、このオーク・キングは『絶滅の危機』発言に、大変気分を害されてしまったようだ。
これは完全なる、アプリの言葉を真に受け過ぎた俺のミスである。
何事も自分の足や目で確かめなくてはいけない。
とは言え相手は『魔物』、このまま怒りを増長させれば、喰われてしまっても文句は言えない。
俺はなんとか活路を見出すべくiPadへと手を伸ばす。
アプリは『万能地図』だけになってしまったが、もしかすればSiriを起動できるかもしれない。
そんな淡い期待で電源ボタンを長押しした。
電子音の女神は現れない。
『絶体絶命』そんな言葉が脳裏を過った時、壁紙の白狐が画面の中でバク転をしてみせる。
白狐の短い腕が『万能地図』を指した。
俺は再び『万能地図』を起動する。
先ほどと変わらない小さな地図に、ドット絵の浮かぶ画面が現れた。
よく観察すると、下にあるバーの右側に『言語』の項目を見つける。
俺は迷わずそこをタップした。
スクロール式の項目が開かれ、『アーマーゴーレム』『アルラウネ』『アンデッド』と名前が続く。
スクロールを少し進めると項目に『オーク』が現れた。
俺は『オーク』を選択して、iPadの画面を凝視する。
「我が里が絶滅するだと!人間ごときに殺られる我らではないぞ!!」
俺はハッと画面から顔を上げる。
言葉がわかる。
これならば商談は続けられる。
真っ赤になったオーク・キングの顔を見て、俺は即座に立ち上がる。
そう、大切な商談相手を怒らせてしまった時、やることはただ一つだ。
これでもかというほど、背筋を伸ばした。
「申し訳ございませんでした!」
直角に腰を折りながら、精一杯の謝罪。
自分の非を素直に認められない者に勝ち筋はない。
先ほどまで怒鳴っていたオーク・キングが困惑している。
しかし、まだだ。
礼を尽くすとは、相手が認めるまでが鉄則である。
iPadの時計が目に入る。
一分が経ち、二分が経ち……五分が経過したころ、とうとう根負けしたオーク・キングの口が開かれた。
「よい。面を上げろ」
「ありがとうございます」
俺はすかさず礼を述べ、再び岩の上に腰をかけた。
真っ直ぐにオーク・キングのつぶらな目を見据え、慎重に言葉を発する。
「私がお伝えしたいのは、衛生環境についての進言でございます。決してオークの里を滅ぼそうなどとは考えておりません。このような屈強な兵をお持ちのオーク・キング様に逆らうなど、愚の骨頂と言えましょう。私はあくまで、権威あるオーク・キング様によいご提案をさせていただければと思っているのです」
スラスラと口をつく営業トークは、長年培ってきた賜物だろう。
オーク・キングは満足げに岩に身体を預け、鼻を鳴らす。
「して、良い提案とはなにか」
よし!とりあえず正しくは伝わっている。
これならいけると小さく拳を握り締めた。
iPadの万能地図を開きながら、再びオークのドット絵をタップする。
ポップアップが出たのを確認するとiPadをオーク・キングの前に恭しく差し出した。
「私が絶滅の危機と申し上げたのはコチラを拝見したからです」
差し出された小さなポップアップを凝視したオーク・キングが小さな目を見開いて、俺を見た。
この反応、どうやら覚えがあるのだろう。
「もしも病で苦しんでいらっしゃるなら、私の知識がお役に立てるかもしれません」
例え勝利が確信できたとしても、ここは相手に寄り添い心配する声色と表情を駆使するべきだ。
オーク・キングとそのすぐ後ろにいる、モノクルを嵌めたオークが目配せして、小声でやりとりしている。
あのモノクルオークが、組織の二番手だろう。
時には長よりも二番手が大事なこともある。
ここは慎重に決定権者を見極めていかなくてはならないだろう。
しばらくモノクルと話した後、オーク・キングは再びこちらを振り向いた。
その太い腕が力強く切り株に叩きつけられると、分厚い幹がミシミシと音を立てて陥没した。
さすがの大迫力である。
しかし、睨みつけるオークの目を、俺は一切の怯みなく見つめ返す。
今、この顧客は俺を見定めようとしている。
ならばやることはひとつ。
絶対に、先に目を逸らしてはいけない。
鋭い睨み合いが続き、緊張がオーク兵たちの喉を鳴らした。
最初に動いたのは、オーク・キングだ。
大きな拳が再び木の幹を力強く叩く。
飛び散った木片がすぐ横を掠めて行った。
すぐに響いたのはオークの豪快な笑い声。
「気に入った。我らを救えると言うならば、やってみるがいい」
勝利の確信。
若い頃の俺ならここで一気に気を抜いてしまうところだろう。
しかし、ここからが本当の勝負だ。
なぜならば、ここからの行動や言動は後の『顧客満足度』に直結するからだ。
それが低くては継続的な契約には繋がらない。
先の先を予想して動く。
これこそできる営業マンと言えるだろう。
俺は立ち上がり、オーク・キングへと握手を求めて手のひらを差し出す。
オーク・キングと硬い握手を交わした後、俺はモノクルオークに連れられて、里を訪ねることとなった。
そこで俺はあまりにも衝撃的な光景を目の当たりにすることとなる。




