第三十九話 貸倒損失だけは絶対に認めません。
一度、黒金山に戻った後、身なりを整えた。
さぁこれで狸親父を見返す準備は完璧だ。
俺はフレアの背に乗り、オーレア平原を目指す。
「ケンイチ、なんか変な匂いがするよ。煙があがってる」
野焼きでもしているのかと、旋回するフレアの背中から立ち上がる煙を探す。
王都アステリアの街が燃えていた。
しかも、その煙は一、二本ではない。
数十本。
あちこちから立ち上がる。
「どうしたのでしょうか」
俺たちは取りあえず、エール工場の近くに降り立ちバルトを探す。
エール工場には人が溢れかえっていた。
農夫や街の人たちが避難してきたようだ。
「アンタも無事だったか」
後ろから声をかけてくれたのは、肌が黒く焼けた、あの人のいい農夫だった。
「ご無沙汰しております。おかげさまで、私の方は順調にやらせていただいています。ところでこれは一体何事ですか」
農夫は強く唇を噛み締める。
「隣国のグラステラ公国が、アステリアへ攻め込んできたんだ。中がどうなっているかはわからん。逃げてきた住民の話じゃかなり押されているようだ」
そこに後ろから、アステリアの住民が口を挟んだ。
「あいつら自分の国が貧しいからって死に物狂いだ。兵士たちのなかには黒魔術を使うヤツもいるってよ」
「黒魔術? そりゃ穏やかじゃねぇな」
話が全てわかるわけではなかったが、アステリアが襲撃されているようだ。
「貴重なお話を聞かせていただきありがとうございます」
俺は敬礼して、踵を返す。
「おい、どこ行くんだ。兄ちゃん!危ねぇからここに居ろ!」
「ありがとうございます。もう少し他の方にも話を聞いてみます」
そう言い残し、俺は早々にフレアの元へと戻る。
「フレア、今日はいつもより長い距離を飛ぶことになりそうです。大丈夫でしょうか」
フレアが不思議そうに小首を傾げた。
「ケンイチの役に立てるなら、ボク頑張るよ」
フレアが小さく頷く。
そんなフレアの鼻先を撫でてやる。
「では、今から一人でギルドロックに戻れますか」
「わかった。離れててケンイチ」
俺が十分な距離を取ると、フレアは竜巻を起こしながら空へと飛び立った。
「何するつもりや」
「もちろん、アステリアを奪還します」
「な、な、何言ってんねん?!相手は黒魔術使う兵隊やぞ!一人で何ができんねん」
「一人で何かをするつもりはありません。『万能地図』を開いていただいてもよろしいですか」
「あかん!今回は無理や」
「専務……」
「なんやねん。あかんで、さすがに無理や」
「このままでは『貸倒損失』となります」
そう、ロザリア様にサンプルとして渡した皿の代金、金貨十二枚を受け取っていない。
『売掛金の未回収』など営業マンの最大の恥と言える。
俺はこれまでの営業人生でたったの一度も『売掛金未回収』など起こしたことはない。
地獄まででも追いかけて、絶対に回収してみせよう。
「な、なんや?何でそんな悪い顔しとるんや?国を助けに行こうって人間の顔ちゃうで」
俺は表情筋を駆使して、営業スマイルを貼り付けた。
「『万能地図』を開いていただいても?」
「しゃ……しゃぁないな」
何に納得したのかはわからないが、取りあえず『万能地図』は立ち上がったので良しとしよう。
俺は『万能地図』の画面に映る、商業ギルドの裏庭を長押しする。
――王都アステリア
「なに考えとんねん!!あほか!!渦中や!すぐ帰るぞ」
そんなに大声を出されては、すぐに見つかってしまう。
白狐専務の口を押さえて、ギルド内の様子を伺った。
人の気配はない。
逃げ切れたのか、捕まったのかは定かではない。
ここで皿の金額が回収できれば良かったのだが、難しそうだ。
「情報収集は無理そうですね」
「お前……ホンマどういう気の据わり方しとんねん」
しかし、基本戦略としては王城を落として終わりじゃないのだろうか。
民間人にまで手を出しているとなると、相手は本当になりふり構っていられない状況と言える。
「王城まで歩いてみましょうか」
白狐専務の顎がそろそろ外れそうだ。
ベルカに言ったら縫い合わせてくれるかもしれない。
「あかんで?!あかんからな!無茶苦茶や」
「白狐専務iPadに戻ってください。ここからは常に『万能地図』を立ち上げて進みます。そうすれば、誰かに見つかっても逃げられますからね」
「これはしゃーなしやからな!わいは全面的に反対やから、覚えといてや!」
だから、大きな声を出すな。
iPadの万能地図を立ち上げて、黒金山を長押しする。
『Yes/No』の選択画面で止めておく。
『危ないと思ったらわいが押すからな!』
白狐専務の相変わらず古臭いポップアップが表示された。
そんなことができたのか。
以後上手く使わせていただこう。
俺は目の前の通りまで出て、周囲を確認する。
取りあえずはこの辺に人影はない。
この辺りは制圧が完了しているのか、建物からも人の気配はしなかった。
それにしても酷い有様だ。
美しい大理石の道は割れ、建物は全壊しているものもある。
燻る火があちこちで煙を上げていた。
「王家が捕まったぞ!!」
どこからかそんな声が響く。




