第三十八話 納期を守らない天才を、営業マンが本気で追い込みます。
営業という仕事は、物を作ったりはできない。
料理人のように美味しい食事で人を笑顔にしたり、アーティストのように誰かの夢になったりすることもできない。
俺たち『営業』とは、あくまで物と人を、人と人を繋げる仕事だ。
だからこそ、人や物へのリスペクトや敬意は忘れてはいけないと俺は日々思っている。
相手が大切にしている物や習慣は、自分が理解できなかったとしても、同等か相手以上に大切に扱うべきなのだ。
そのため、これはまったく不本意ではあるのだが、時に世の中を舐め腐ったクソガキに思い知らせるのも大人の勤めと言える。
とはいえ最後に一つだけチャンスは与えておくべきだろう。
「誓約書にサインをなさいましたので、今後は金貨一枚でどんな依頼でも受けるということでいいんですね」
「別にいいよ!だってそれ、僕が作らなければいいだけでしょ?」
ソファの上で両足をばたつかせ、ケタケタと笑い声をあげている。
「わかりました。貴方が約束を守らないなら、私もルールを破ります」
視線は一度もこちらを見ないまま、テトリスに夢中だ。
俺は隣の部屋の紹介状を額縁から取り外してくる。
未だ一度もこちらを振り向かないロムウェルの横で、わざと大きな音を立てて二つに裂いた。
「はぁ?!な、何してるのさ!!バ、バカじゃないの?!」
慌ててソファから転げ落ちたロムウェルを横目に、二度と再生不可能なほど細かく千切り、床へとばら撒く。
「通信機が完成するまで一時間おきに一枚破ります。ほら、もう一分経ちましたよ。始めなくていいんですか」
「はぁ?ふざけんなよ!人の物破いておいて、衛兵に突き出すからね!!」
「お好きにどうぞ」
「お前エルフの司法が厳しいの知らないの!いざとなってビビっても知らないんだから」
「衛兵に突き出せば、この部屋が公になりますよ。フローラさんの全身を舐めるように見て作ったあの立体映像はどう思われるでしょうね。私なら気持ち悪くて二度と話したくないと思いますが?」
「ひぃ……」
「ほら、もう五分経ちますよ。コレクションが無くなるまで粘るつもりですか」
「や!やるから!ちょっと待ってよ!!」
そう言って、ロムウェルが空を撫でると、魔法陣が現れる。
その中に部屋中の魔道具が吸い込まれ、作業台が現れた。
「ぼ、僕がちゃんと作業してたら一時間経っても破らないでよ!お願い!!」
「さぁそれはどうでしょう。私の気分次第でしょうか」
「はぁ?気分ってなんなの?!ってか人のもの破るとかガキかよ!!」
「えぇ精神年齢を合わせて差し上げたんですよ」
俺は完璧な営業スマイルを浮かべる。
「きもい!きもすぎ!!無理なんだけど!」
「はい。十分経ちましたよ」
ロムウェルが叫び声を響かせながら、作業台へと着く。
掌を翳すと机の上に魔法陣がいくつか浮かびあがり、重なり合う。
歯車のように、一つが光れば、その周辺の魔法陣も光を放った。
光が灯らないところを指でなぞりながら、魔法陣を書き換えていく。
何度も書き換えるうちに光が灯ると、新たな魔法陣を作り出し、同じように動作確認をしていく。
これはなかなか美しい光景だ。
三時間が経つ頃には、魔法陣の歯車たちは作業台からはみ出していた。
複雑化していくにつれ、光らないところだけを直しても解決しない。
消しては、描き直してを何度も何度も繰り返す。
天才の名に恥じぬ集中力は、作業を始めてから一度も途切れず、額に汗を浮かべていた。
何度書き直しても解決しない時は、本を取り出して確認する。
辞書大の本が六冊、すべてが手書きだ。
その後何度か試して、成功すると、その魔法陣を紙へ転写し、最後のページに加えていた。
ロムウェルの性格からは想像もできないほど、繊細で忍耐力の必要な作業だった。
「おい、起きろよ!この僕一人に働かせてグースカ寝るなんて許せないんだけど」
不機嫌そうなロムウェルの背後には、部屋中を所狭しと埋めた幾千層の魔法陣。
腕時計の時間は午前五時。
約十六時間ずっと作業していたようだ。
「おはようございます。すごいですね。これで完成ですか」
「構築はね。ここからが一番いいところだから、見ていきなよ。きっともう一生見られることないよ」
そう言うと、ロムウェルは半回転して、一番最初に作った魔法陣へと手をかざす。
それが連動するように広がり、部屋中の魔法陣に光が灯る。
魔法陣がそれぞれ回転を始め、光の粒をまき散らした。
ロムウェルが手を掲げ、指揮者のようにその手を振り下ろしながら握る。
その動作に合わせて、すべての魔法陣が光の粒へと変わって飛び散った。
最初の魔法陣のすぐ下に、二台の魔道具が姿を現す。
「綺麗だったでしょ。ほら、お望みのものだよ。感謝してよね」
「えぇとても美しい光景でした。心から感謝いたします」
掌に置かれた魔道具は、PHSのような形をしていた。
操作方法は何度かやればわかるだろうか。
「本当に感謝してる?!してるんなら、もう一度フローラから紹介状貰ってきてよ!!」
「破ってませんよ」
「はぁ?」
「網膜に焼き付けた情報を出力する魔道具を使用したレプリカです。さすがにじっくり見られたらバレそうでしたから、早々に粉々にさせていただきました」
弾かれたように立ち上がり、隣の部屋へと走っていく。
俺は固まった体をほぐすように伸びをして立ち上がる。
ロムウェルは額縁の前で丸まりながら悔しそうに床を叩いている。
「最低!最悪!僕をだますなんて絶対許せない」
『ロムウェル様。この度は私のお願いを聞いていただきまして誠にありがとうございます。今度お店に来ていただいた時にでもお礼をさせていただきますわ』
「なにそれ?え?どういうこと?フローラの声がする」
飛び出しそうなほど目を見開いたロムウェルが、俺の右手に握られたものを凝視している。
そう、これは営業マンの必須アイテム『ボイスレコーダー』だ。
充電はできないだろうから、そのうち聞けなくなるが、まあ悪くない報酬ではないだろうか。
「く……くれるの?え?くれるの」
「私のお願いを聞くのは十分な報酬があると思いませんか」
「思う!!すっごい思う!!」
両手を差し出しながら、全力で首を縦に振っている。
さぁこれにて、通信機も手に入った。




