第三十七話 ドラゴンの方が話が通じます。
――黒金山
「ケンイチ!お帰りなさい」
フレアが洞窟前の広場に身を丸めている。
俺を見つけると目を細めて喜んだ。
撫でてやると、気持ちよさそうに鼻息を吐く。
「フレア、綺麗になりましたね」
「そうなんだ!今日オークのおじちゃんたちが川の水で体を洗ってくれたんだよ!お水が気持ちよかったよ」
オーレア平原とオークの里への往復で疲れているんだろう。
瞼が重そうに金色の目を押しつぶす。
「明日も朝から長距離を飛びますから、もう休んでください。疲れていませんか」
「うん……。でもねぇ話したいことがたくさんあるんだ」
フレアが長い首を地面へと預ける。
地面が振動して、小石が舞い上がった。
「辛いときは言ってください。お休みしてもかまいませんので」
「ボク楽しいんだ。オークのおじちゃんも、ドワーフのおじちゃんも、みんなボクと遊んでくれるんだよ。手加減するのはちょっと大変だけど、毎日すごく楽しいんだ」
フレアは半分寝息を立てながら、重たい口を小さく開けて話をしている。
「ケンイチ……ありがとうね。ボク幸せだよ……」
完全な寝息へと変わる。
「ドラゴンなんて、ほんま危険なだけやと思っとったけど、フレアはなんか特別可愛く見えるわ」
その意見には全力で同意しよう。
心もすり減ったことだし、明日はフレアとオークの里へ行くのもいいかもしれない。
しかし、ドラゴンの方が話が通じるとは……。
暴力的な星空を見つめながら、本日の疲れを労った。
――三日後
第7魔道特区エル・ハブ
「サトウ様、お待ちしておりました。こちらが解析結果になります。ご説明しましょうか?」
「お願いします」
フローラがカウンターに二枚の紙を差し出した。
他のカウンターを見れば羊皮紙を使っている。
なるほど「ファンからのプレゼント」というわけだ。
「オーク・キングの牙は金貨三枚ほどになります。滋養強壮や魔力回復の効果がありますわ。以上です。何か質問はありますか」
フローラが説明を終えた。
「いえ、大変わかりやすくまとめていただきありがとうございました」
「仕事ですから」
ふふふっと小さな笑い声を上げた後、何か言いたげにオレンジ色の瞳が俺へと向けられる。
なるほど、確かに瞳孔の周りが、わずかに赤い。
一気に背筋が粟立った。
なんだ?今の思考は、気持ち悪いな。
「ロムウェル様とはお話しできまして?」
「はい。しかし、アレを『少し変わっている』など、ずいぶんと甘い評価をされたのですね」
「ご苦労させてしまったかしら?サトウ様がおっしゃった魔道具があまりにも難解そうでしたから、他の魔道具技師では荷が重いかと思いましたのよ」
苦労はしました。
「フローラ様の紹介状が無ければ話すら聞いていただけませんでした。本当に感謝しております。お礼にお伺いしたいとは考えていたのですが、遅くなってしまい申し訳ない」
「滅相もありませんわ。ロムウェル様から何かを聞き出すのは大変でしょう。お仕事は受けられるのかしら」
「えぇなんとか」
「あら、じゃぁ大変ね。毎日コチラに来られるの?どこかいい宿を紹介しましょうか」
ん?どういう意味だ?
胸の奥を、何かがざらりと撫でる。
――エル・ハブ 森の中
「え?できてないよ。だって気分が乗らなかったんだもの。仕方ないよね」
ロムウェルはソファに寝転びながら、ゲーム機のような物を操作している。
俺はその場に崩れ落ちた。
なんだ?どういうことなんだ?
「お……俺の、マネジメント能力が、た……足りなかったのでしょうか」
「いや!そんなことないで!サトウはんは十分やったよ!顔上げぇ!」
白狐専務が背中を小さな手で撫でる。
「よくよく考えれば、僕もフローラも後数百年も生きるのに三日で作る必要性なに?って感じ?それお前の都合じゃん」
「専務……『万能地図』を開いていただいてもよろしいですか?」
「え?お、おう、ええよ!」
目の前に『万能地図』の画面が現れる。
「ちゃっ!ちゃうで?!そんな必死に言語選択機能触っても、『万能地図』の翻訳ミスとかじゃないからな!お、落ち着き?!」
何故作ってない?
ダメだ。
戦略が何一つ思いつかない。
俺は額を抑えながら、なんとか立ち上がる。
ゲーム機のような物を指差しながら、掠れた声で口を開く。
「ちなみに、今やっているソレはなんでしょうか」
「えっ?これ?一昨日急に思いついちゃってさぁ!つくってみたら、面白くて今二徹目ぇ!やっぱ僕って超天才!」
画面に映るのは『テトリス』だ。
一昨日?
時系列がおかしいな。
その日は俺が来た次の日では?
「少しは手を付けましたか?」
「えっ?全然!構想すら練ってないよ。まぁ気長に待ってよ!そのうちやるって!」
そのうちとは?百年後か……?
「フローラ様にご報告しても?」
「いいよ、別に! ここに来る前にフローラの鑑定書もらってきたでしょ。その時に『紹介ありがとうございました』ってお礼を言っちゃった後なのに、今更その評価を覆せるなら、好きにすれば?」
「何故フローラ様のところに寄ったと思われるんですか?」
「フローラの予定は把握してるんだ。僕と話すと時間がかかるから、先に寄ってくるだろうなってね。だって君そういうタイプでしょ」
「専務……」
「な、なんやねん」
「殴っていいですか?」




