第三十六話 『推し活』名目で、通信機を無料で作らせます。
「フローラさんのことがお好きなんですね……」
なんとか絞り出せた言葉はそれだけだった。
これは所謂ストーカーというやつではないのか。
しかし、日本ですら『ストーカー規制法』ができたのは、確か平成十二年。
こんな異世界で、この変態に対抗する法があるとは思えない。
「はぁ好きじゃねぇーし」
どういうことなんだってばよ!
いや、全然わからん。
この状況で『好き』じゃないなんてことがあるのだろうか?
「好きとかそんな俗世にまみれたものじゃないの!これは神聖なる信仰なの!わかる?おじさん!フローラは僕の『推し』であり、『神』そのものなんだよ」
ウインクをするな。
頭が痛い……。
あの優秀な職人たちがいる洞窟に、もう帰りたいのだが?
しかし、金貨百枚など払う気はないので、まだ……まだ交渉が必要だ。
異世界に来てから、初めて商談から逃げたいと思っている。
「な……なるほど。つまり食事に行きたいとか話をしたいとかそういうことはなく、ただ相手を感じられていればいいと?」
「えっ……?えぇーそれは……ねぇ」
ハッキリしろ!!
いや、顔を赤らめながらソワソワしている時点で、そういうことしたいんだろ?!
何故隠す?!
「まぁしたいか、したくないかで言うとしたいよ?でもやましい気持ちとかじゃないし?僕が彼氏になりたいとかじゃないの!一番近くにいるモブになりたいんだよ。わかる?」
いや、わからん。
ここに来てからお前のことで、何一つとしてわかったことがない。
だが、これが『推し活』であることだけはわかった。
破産するまで推しに注ぎ込むファンもいると聞くし、この心理を逆手に取れば、金貨などなくても、働かせられるはずだ。
『推し活』には詳しくないが、ビジネス構造がどういうものかは把握しているつもりだ。
活路が見出せたなら、後は落とすのみ。
俺はネクタイを結び直し、咳払いを一つする。
「壁の絵画や立体の映像のようなものはどうやって手に入れましたか」
「えっ?これ?あげないよ」
いらない。
「網膜に焼き付けたビジュアル情報をこの魔道具を使って出力したんだ。立体の方は作るのに苦労したよ。なんたって全身360°しっかり確認しないといけないからね」
気持ち悪いな。
なんだろう、感想が気持ち悪いしか出てこない。
気を取り直そう。
大丈夫、俺ならできる。
「特に目の色!すごくこだわったんだ!フローラって一瞬見ただけだと、オレンジ色に見えるんだけどね、目を伏せた時とか角度によって奥に深い紅が映るんだ。その色を再現するために三百パターンの色彩サンプルを作って、一千回は試したんだよ。あっ!近寄らないでね。フローラが穢れるから」
ダメだ。
心が折れそうだ。
もしかしたら、金貨百枚を稼ぎ出す方が楽なのではないかと思い始めている。
でも、それではコイツを馬車馬のように働かせる計画が台無しだ。
大丈夫!俺ならできる!!(二回目)
「……お伺いしたいのですが」
「うん。何?興味ないけど」
殴りたい。
「もし、フローラさんと家に居ながらにして会話ができるとしたら、どう思いますか」
何故隠れる。
戻ってこい。
「そ、そ、そんなの恐れ多いよ!できるわけないよ!!」
「では一方的にフローラさんが話しているのを聞いているならどうです」
「な、な、なにそれ?どういう状況?」
かかった!いける!
「フローラ様が自室でくつろぎながら、今日あった出来事を一人で語ります。あなたはこの部屋にいながら、その姿を安全な場所からただ『見守る』ことができるんです。こちらから話しかけるプレッシャーは一切ありません。ただ、彼女のプライベートな声と表情だけを独り占めできる、そんな理想の環境を手に入れたくはありませんか。私の故郷ではこれを『配信』と呼び、推し活の究極形とされています」
「なにそれ?もっと詳しく!」
やめろ。
くっつくな。
何か嫌なものが憑りそうだ。
「この魔道具を作るには段階的に開発が必要でして、もしご興味がありましたら、コンサルティングさせていただきますよ」
「して!ぜひして!」
「ではまず初めに離れていても会話ができる魔道具の制作が必要です。たとえプライベートな姿が見えたとしても、話をしてもらえなければ面白くないと思いませんか」
首がもげそうなほど頷いている。
「ロムウェルさんは気まぐれな方ですから、一つ目ができたら次に必要な物をお伝えします。三日後また来ますので、試作品を作っていただけますか?ちゃんとできたら、フローラ様にも良い報告ができます。大変喜んでいただけるのではないでしょうか」
「わかった!三日後だね!任せてよ。なんたって僕天才だからさ」
これで、タダで通信機を作らせることができる。
………………はぁ。
帰ろう。
「専務……」
「なんやねん。『万能地図』開いたろうか?」
「いままでの自分が割と良縁に恵まれていたのだと、今日知りました」
「ちゃうで、あれはわいの目から見ても特殊やったで!元気だしぃ」
二日酔いでもないのに頭が割れそうなほど痛い。




