第三十三話 狸親父に化かされたので、通信機器を作ります。
――第7魔道特区エル・ハブ
『エル・ハブ』は深い森の中にあった。
大樹の周りを天然の堀である泉が囲み、その周辺にいかにもファンタジーといった建物が並んでいる。
通りを過ぎるのは、有名女優も顔負けの美人ばかりで、その誰もが耳が長く尖っている。
あまりに皆顔が良すぎて、見分けがつかない。
営業マンとして相手の顔を覚えられないのは死活問題だ。
なんとか特徴を探していきたい。
「美人さんばっかりやなぁ」
このぬいぐるみ、何をデレデレしている。
自分の見た目がぬいぐるみであることを忘れているのではないだろうか。
「で?どこ行くんや」
「万象解析塔に向かいます」
「なんや?そこ何するところや?」
「森羅万象の鑑定ができるそうですよ」
「なにしに行くねん」と頭上で首を傾げる白狐専務を無視して、大木を切り抜いて作った建物へと足を運ぶ。
中は人やエルフ、魔物で賑わっていた。
長いカウンターはコの字を描き、一人ずつの頭上には恐らく何の鑑定ができるかが記されている看板が掲げられていた。
文字は読めないので、入り口付近に立つエルフに声をかける。
土と牙の鑑定をしたいことを伝えると、一つの窓口を指差した。
そのカウンターに座るのは妙齢の女性だ。
左目の下に黒子、それにオレンジ色の瞳が印象的だ。
他のカウンターにも目を配らせたが、この目の色は珍しいらしい。
では、黒子の位置とこの瞳の色で覚えるのがいいだろう。
「どうぞ。今日は何を鑑定に来られましたか」
俺がカウンターに近づくと、女性は穏やかな声と表情で迎えてくれる。
机には『フローラ』と書かれた名前札がある。
机に以前オークの里で収集しておいた、数種類の土とオーク・キングの牙を置いた。
「こちらの鑑定をお願いいたします。土は適性を、牙は価格を教えていただきたいです」
「四種類の土と魔物の牙の鑑定ですね。かしこまりました。一点につき銀貨三枚になります。合計銀貨十五枚をお支払いお願いします」
差し出された木の板には、番号と鑑定士の名前、その下に銀貨十五枚と記されている。
「外に回ってもらうと支払い場があります。支払いが確認でき次第鑑定開始となります」
「いつ頃、鑑定の結果がでますか」
「三日もあれば鑑定書含めてお出しできると思いますよ」
「鑑定はどなたがしてくださいますか。できればご挨拶だけでもさせてもらいたいのですが」
今後のことを考えれば、鑑定士とはいい関係を築きたい。
女性のエルフは小さく笑い声をあげる。
「鑑定も私がいたしますわ。受付嬢にでも見えまして?」
見えました。
なるほど、それは随分とブラックな環境ではないだろうか?
俺は爽やかな笑顔を浮かべる。
「そうでしたか、受付も鑑定もとなると大変かと思いまして、多才な方だと知らず失礼いたしました」
女性は口元に手をあて上品に笑う。
「万象解析塔という言葉に惑わされてしまわれたんですね。ここは皆、エルフの個人鑑定士が場所をお借りしてるだけなんですよ。次に私がこの場に来るのが三日後ですわ」
なるほどレンタルスペースと言うわけだ。
ならば、このエルフも個人で鑑定の依頼を受ける『店舗』を持っているのではないだろうか。
「では、フローラ様の個人店舗にお伺いすれば、もう少し早く結果をいただけますでしょうか」
「あら、お急ぎかしら?こちらでの個人店舗へのご案内は禁止されていますわ。空いていれば明日もこちらに来ることもできます。調べてまいりましょうか?」
レンタルスペースという事は、場所を借りた時間分だけ料金が発生するのだろう。
迷惑をかければ今後につながることはない。
深追いは逆効果だろう。
「いえ、特に急いでいるわけではありませんのでお気遣いなく。では三日後に結果をいただきに、また来ます」
しかし、何もせずに帰るなど、営業マンの恥である。
俺はカウンターに名刺を一枚スライドさせて差し出す。
「商業ギルドで行商をしております。何かあればご相談ください」
女性は掴みどころのない笑みを浮かべて受け取った。
「商人さんが随分遠くまで鑑定に来られたんですね。土の鑑定くらいなら商人のギルドでもできたでしょうに」
「エルフの鑑定士の方が腕がいいと聞きました」
俺が営業スマイルで返すと、彼女も「あら、嬉しいわ」と返す。
どうも、打っても響かない感じが難しい。
少し踏み込んでみるか。
「実はもう一つ目的がありまして、よい『魔道具技師』を探しています。案内してくれる場所などありますか」
「魔道具なら、街のお店で買えますわ。何か新しいものを作りたいとお考えですか」
「えぇ実は遠距離でも情報交換ができるような魔道具を探しています」
女性は顎に指をかけて少し考えた後、微笑んだ。
「いい魔道具技師を知っていますわ。店舗の方にたまに来てくださる方で『排水浄化装置』や『掘削装置』を作った天才と呼ばれているエルフです。彼ならそんな夢のある魔道具も作れるんじゃないかしら」
鑑定士と知り合いの『魔道具技師』、どちらとも繋がりを作れる完璧な相手だ。
「紹介していただくことは可能ですか」
「えぇ喜んで。名前をロムウェル、変わった方ですから、紹介状を書かせていただきますわ。少しお時間をいただけるかしら」
「ありがとうございます。紹介料をお支払いしたいのですが?」
「お気遣いなく。商人様とのつながりは、私にとっても願ってもないことですから」
なるほど、つまり俺はそのロムウェルと言う男から鑑定士の店舗を直接聞けばいいわけだ。
これならば、万象解析塔の制約にも違反しない。
穏やかな顔をしてなかなか策士である。
俺は感謝を告げて、会計窓口へと向かう。
さぁエル・ハブに来た本当の目的『通信機器』の獲得に向かうとしよう。




