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三十二話 ベルカブランド立ち上げ計画は完了です。


 ――翌朝


 フレアと一緒にオーレア平原まで来た後、すぐに王都アステリアの商業ギルドを訪れる。

 約束していた十二種類のサンプルの受け渡しをするためだ。

 昨日のうちにダリアの皿は納品してある。

 書状の返答は、早ければすでに来ているだろう。

 最短なら本日が面会という可能性もある。

 もし返信がまだ来ていなくても「三日ほどは毎朝通います」と言えばアルベルトは折れるしかない。


「完璧と言えるだろう」


 商談前に感じる万能感は、時に大きな落とし穴の前触れであると、俺はすっかり忘れていた。


 ――ギルド応接室


「ダリアの皿はすでに、王城へ届けてしまったんですよ。ダリア殿下が一刻も早く欲しいとおっしゃいますので」


 俺は間抜けにも、口を半開きにし、目の前にいるアルベルトの話を聞くしかなかった。

「いやぁ申し訳ない」と笑うアルベルトの顔に申し訳なさなど微塵も浮かんでいない。


「昨日のうちに書状が届いたと……?」


 仮にも王女様が受け取る書状だ。

 すぐに王女の手元に届くなどあり得ないだろう。

 その上、手元に届く書状は一通や二通ではないはずだ。

 皿の納品より重要な書類もある。

 いや、そちらの方が多いのではないだろうか?

 商業ギルドからの書状など、最後に回されてもおかしくない。


「えぇ、サトウ様から納品いただいた直後に届きまして、いやはや惜しかったですね」


 アルベルトの高笑いが応接室に反響した。


「直後……事前に書状を出したのですか?」


「えぇ、サトウ様ほどの方ですから、約束を違えることはないでしょう。一昨日のうちに出させていただきました」

 

 この狸親父……まったくもって侮れない。

 こんなに鮮やかに化かされたのは、久方ぶりだ。

 俺の営業スマイルも、さぞ引き攣っていることだろう。


「して、ロザリア殿下への書状も本日お送りしますが、ご一緒されますかな?」


 余裕の笑みで、口髭を撫でるアルベルト。

 この狸親父は俺の答えをわかっているのだ。


 ここまで見事に化かされて「行きます」と言えるほど俺は厚顔無恥(こうがんむち)ではない。


「しばらく予定が詰まっておりますので、アルベルト様にお願いしてもよろしいでしょうか」


 喉から絞り出した声。


「承りました。サトウ様のためにもしっかりと商談させていただきます」


 再びのアルベルトの高笑いと、差し出された掌。

 俺はそれをしっかりと、いや、力一杯握り返し、無理矢理笑顔を浮かべ、声を出して笑う。


 立ち上がった俺の背中に、アルベルトがもう一撃放つ。


「いやぁ、ロザリア殿下はサトウ様にお会いしたいと、常々おっしゃってましたから、残念がられますな」


 この狸親父……絶対に泡を吹かせてやる。


「なんや、上手いことやられたんかいな」


 ニヤニヤするな。


「『万能地図』を開いていただけますか」


「たまには失敗することもあるて、くよくよすんなや」


 いいから、『万能地図』を開け。


 ――アルバ・グレイズ


「珍しく早い時間に来たのね」


「えぇ、今日はこの後予定がありますので」


 俺の普段より少し低い声に、ベルカが首を傾げる。


「なんか不機嫌ね」


「聞かんといたって」


 何故このぬいぐるみは、俺の失態がこんなにも嬉しいのだろうか?

 尻尾を握りつぶしてやろうか。


 しかし、私情で不機嫌を撒き散らすなど小学生以下。

 切り替えは重要である。


 俺は一度大きく息を吸い込んだ。


「いつも通りです。今日はこちらを渡しに来ました」


 ベルカの掌に乗るような小さな壺を差し出す。

 その手は粘土が乾いて汚れていた。

 職人らしい、いい手といえる。


 相手はプロだ。

 ならば俺もプロとして正しい姿であるべきだろう。


 営業スマイルを貼りつけて、いつも通りの穏やかな声色を作る。


「金塗料です。砂金を使ってドワーフに加工してもらいました。ティーセットと、できれば今ある皿の名前入れにも、この塗料を使っていただけますか」


 ベルカはコルクの蓋を開けて、回しながら中身を確認する。


「漆ね」


「扱い方はわかりますか」


「えぇ、大丈夫。幼い頃、他の職人に使い方を聞いたことがあるの。高価なものだから、今まで自分が使うことはなかったけど」

 

 壺をゆっくりと回しながら、ベルカはどう扱うか吟味しているようだった。

 これで、ティーセットの金額は跳ね上がる。


「これ絵付けにも少し使っていい?」


「えぇ、かまいません」


 ベルカが不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 おそらくは、この言葉を待っているのだろう。


「こちらは初期投資として代金はいただきません。以後は同じ大きさを金貨一枚で購入ください」


「そう言うと思ったわ」


 ベルカの軽い笑い声が、工房に響く。

 これで、ベルカブランドの立ち上げ計画のタスクは全て完了したと言えよう。

 後は、たまに進捗確認とギルドの発注分の回収に来ればいい。


「では、行きましょうか。専務、『万能地図』を立ち上げてください」


「もう行っちゃうわけ?」


 ベルカの口先が尖る。


「また来ます」


『万能地図』が目の前に展開される。

 迷わず押したのは『第7魔道特区エル・ハブ』

 エルフの街だ。


 アルベルトに泡を吹かせるためにも、まず欲しいのは通信機器だろう。

 俺は意気揚々と『エル・ハブ』をタップした。

 


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