三十一話 オーレア平原へ百樽運搬契約は完了です。
「よくやってくれた」
黙祷を終えたあと、俺はオーク・キングへとタスク完了の報告をしにいった。
「滅相もありません。まだ、継続的に改善は必要ですが、私ができることは、本日で完了となります。また何かありましたら、どのような些細なことでもお声がけください」
「うむ」
オーク・キングが力強く頷いて、自らの牙へと手を伸ばす。
次の瞬間、鈍い音と共に片方の牙を折った。
その牙を俺に差し出してくる。
正直に言おう。
まったく意味がわからない。
が、とりあえず恭しく受け取っておくべきだろう。
掌に乗った牙は生暖かく、背筋が粟立つ。
しかし、オーク・キングもモノクルオークも、どこか恍惚とした表情をしている。
おそらくとても重要な場面なのだろう。
ならば、この状況に相応しい礼を尽くすべきだ。
「この様な貴重な物をいただきまして、至極光栄でございます」
俺はその牙を掲げたまま、深々と頭を下げる。
象牙だと思えば金貨一枚くらいにはなるのだろうか。
どちらかといえば、砂金の方がありがたい。
「お主は約束を果たした。我々も果たさねばならん。この牙は我らが家族になった証。困ったことがあれば頼ってくるがいい」
そんな約束をしただろうか?と振り返ってみるが、そもそも言葉が聞き取れていなかったので、適当に頷いたのだろう。
営業マンたるものハッタリも武器の一つだ。
しかし、この条件は魅力的だ。
異世界である以上何かしらの『暴力』が必要な時もあるだろう。
しっかりと契約書を交わしておきたい。
「ではその内容で血判書をいただけますでしょうか」
羊皮紙があればよかったが、この森深くでは期待できない。
俺はノートの最後の一ページに、「不測の事態には必ず力になります」と一筆書いて差し出した。
オーク・キングもモノクルオークも、ポカンと口を開いている。
口約束などないも同然だ。
約束事は面倒でもメールで交わす。
これ、社会人の鉄則である。
「ちょうど血も出ていますので、こちらに人差し指で印をお願いします」
俺の営業スマイルに、目を瞬きながら、わけもわからないままオーク・キングは血判を押した。
(契約は勢いに任せず、ちゃんと内容を確認してからするようにと、皆さまにはご忠告しておこう。)
まさかオーク兵が手に入るとは思っていなかった。
実直にやり切った成果と思えば、エールの味も格別になるだろう。
口元の緩みを掌で隠した。
バルトを派遣した費用もかかるので、堆肥以外の収入源も見つけたいところだ。
では、本日最後のタスク『堆肥』をオーレア平原へ届けようではないか。
堆肥の詰まった樽、ざっと十五個。
フレアが大きな布に包んで持ち上げる。
「フレア、重くありませんか?」
「うん。大丈夫だよ。もう帰るの?」
「えぇオーレア平原でバルトさんと樽を置いて帰りましょう」
俺がフレアの鼻先を撫でてやると、気持ちよさそうに鼻息を吹き出す。
その風で木々が悲鳴をあげる。
俺が鼻先に抱き着くと、体が宙に浮かび背中へ乗せてくれた。
まったくもって『いい子』である。
ペットに愛着を持つとは思わなかった。
今なら、犬と同じベッドで寝る人間の気持ちがわかる気がする。
フレアが大きな羽根をバタつかせ、空中へと舞い上がる。
この瞬間だけ、しっかりと鱗を掴んでおけば、その後は割と乗り心地は悪くない。
顔まわりのエラや角で背中は『エアポケット』状態になっているのだろう。
もう、煩い『万能地図』はいらないかもしれない。
「言っとくけどな!わいがおらへんと言語伝わらへんからな」
心の声を聞かれてしまったようだ。
まぁ情報収集は必要なので、もう少しこのぬいぐるみに付き合うとしよう。
俺は満足げなバルトの方へと向き直った。
「バルトさん、今日はいかがでしたか?続けられそうですか」
「おぉ、初めはどうなるかって思ったけどな。何年ぶりかに楽しかったよ。俺なんかでいいなら続けさせてくれ」
「では、明日から私は別行動をしますので、フレアと一緒にオークの里に向かってくださいますか?何か困ったことがあれば、いつでもおっしゃってください。すぐに対応いたします」
バルトは何かを呑み込むように深く頷いた。
その後は無言のまま、邪魔するもののない満天の星を眺めていた。
二十分も飛べば、オーレア平原の金の絨毯が姿を現す。
闇夜の中でも、星の光を受けて金に輝く姿は幻想的だ。
俺は、脇の広場へとフレアを導いた。
人のいい農夫が、作物をばら撒きながら腰を抜かしている。
俺は散らばった作物を集めながら、腰を抜かした農夫へと掌を差し伸べた。
「堆肥をお持ちしました。本日は樽十五個分になります。明日以降も同じ樽を使いますので、できれば朝までに空にしていただけると助かります」
「あんた、何者なんだい?」
もうそろそろ、この質問に答えるのも飽きてきたところだ。
割愛させていただこう。
毎日十樽から十五樽を持ってくることを約束し、その場を後にした。
これで、オーレア平原でのタスクも完了と言えるだろう。
横目に畦道に植えられた紫陽花の苗を見た。
来年にはいい収入源に育つことだろう。
俺は再び、フレアに乗りドワーフの里へと帰還する。




