三十話 オークの里復活計画は完了です
「驚いた……まさか生きている間にドラゴンの背に乗ることがあるとはな」
ドラゴンを眼前に、腰を抜かしていた老人の目は、大空を捉えて年甲斐もなく輝いていた。
わかる。
ドラゴンは男の夢だから仕方ない。
本日のタスクは、ギルドに皿を届け、樽とバルトをオークの里へ連れていく。
これで、『オークの里復活計画』残りの三項目も全て進行中となった。
○C|病人を隔離するための住居の建設
○A|樽の確保
○B|オークの里にトイレの設置
今日中に火葬まで終わらせられれば、俺の仕事は終わったと言えるだろう。
あとは途中経過を確認する程度だ。
眼下には深い森が広がり、その切れ目に灰藍川が姿を現した。
周辺の木々を大きく揺らしながら、川を塞ぐような巨体が着地する。
レッドドラゴンを見たオークたちは、やはりと言うべきか、皆武器を構える。
「ケンイチ……」
高い声が不安そうに震える。
フレアの頭を撫でながら、落ち着かせる穏やかで少し低い声を出した。
「大丈夫ですよ。私の知り合いですから、教えた通り、上体を低くして戦う意思を見せないようにしてください」
フレアは、ゆっくりと首をたれる。
どれほど気を遣っても、水は空高く飛沫を上げて、強風が荒れ狂う。
これでこそドラゴンだ。
工具を持って、フレアの背中から降り立つと、すぐ目の前にモノクルオークがいた。
モノクルオークは目を擦り、こちらを伺うように凝視した。
「サトウではないか。これは一体なにごとだ」
「驚かせて申し訳ございません。約束通り大工道具をお持ちしました。このドラゴンはフレアと言います。堆肥の処理と火葬に力を貸してくれます」
「ド……ドラゴンを使役しているのか」
仕方ないのかもしれないが、皆同じ反応をする。
俺は相手を安心させるよう、穏やかに微笑み落ち着いた声色を使う。
「使役など、滅相もございません。少し力を貸してもらっています。住居建設の指導員として、優秀な大工をお連れしました。足が悪いので、ドラゴンから降りる手伝いにお力を借りられますか」
モノクルオークが周辺の兵士に指示を出して、数人が恐る恐るフレアに登る。
オークに担がれてバルトが降りてきた。
バルトは目を白黒させている。
驚き過ぎて心臓が止まらないことを願うばかりだ。
オークたちが荷を運んでいる間に、川辺に立てかけられた木材を確認する。
本数は三十本と言ったところだろうか。
バルトは真剣に木材の検品をしていく。
「これで家が建てられますか」
「少し足りんな。あと十本は欲しいがね」
髭を撫でるバルトの目は、輝いていた。
不思議と顔も十歳ほど若返って見える。
「わかった。準備させよう」
「ありがとうございます。乾燥の時間はどのくらい必要でしょうか」
俺の質問に、バルトの笑い声が響いた。
「乾燥させるなら一年はかかる。安心してくれ、収縮も考えて建てる」
オークにもう少し怖がるかと思っていたが、この老人『やり甲斐』の餌には勝てないようだ。
川辺を離れオークの里を案内する。
バルトはオークの背に乗せられて、検品するように森の中を進む。
まずは堆肥置場。
指示通り大量の糞尿がしっかりと掻き混ぜられ、良質な堆肥となっていた。
先ほど持ち込んだ樽にオークたちがそれを詰め込んでいる。
全くもって仕事が早くてありがたい。
バルトをオーレア平原に送る際、樽も一緒に運べる。
バルトと一緒に樽も運べば、フレアも一往復で済む。
これで、堆肥の問題も解決したと言えるだろう。
洞窟を過ぎ、遺体を埋めた穴の前までくる。
相変わらずの酷い匂いに、耐えながら、横に積まれた大量の粘土を見る。
「この穴を覆うように火葬用の釜を作りたいのですが、粘土だけでは難しいでしょうか」
「粘土だけじゃぁ無理だ。ほれ、さっき壊れた樽もいくつか持ってきただろう。アレを骨組みにしよう。樽の木なら水分も含んどらん。……素人のあんたにはタダのゴミに見えただろうが、樽のアーチ構造を利用すれば、立派な窯の骨組みになるんだよ。持って来れるか?」
さすがに元棟梁だ。
初めから見込んで、廃棄樽を足していたと言うことか。
やはり、こう言うことは専門職に一任すべきだ。
オークに樽を運んでもらい、バルトが組み立てを指示を出していく。
バルトは地面に、簡単に図面を描いて見せた。
職人にしては丁寧な説明に、初めは侮っていたオーク兵たちも、その無駄のない知識に唸り、最後は素直に従った。
実に完璧な『コネクション営業』ではないだろうか。
日が傾き始めた頃に釜が完成した。
フレアが炎を吹きかけ、粘土の窯を赤々と照らし出す。
温度は指示通り、高すぎず低すぎず。
完璧な仕事だ。
後で思い切り撫でてやろう。
これで、オークの里における衛生タスクはすべて完了した。
だが、営業マンとしてもう一つだけ、やらねばならないことがある。
俺はネクタイの結び目を正し、革靴の踵を揃える。
そして、両手を合わせ一礼してから、静かに目を瞑った。
俺はこの窯で焼かれているオークを一人たりとも知らない。
それでも、死者への敬意は必要だろう。
「黙祷」
心の中で呟き、知りもしないオークたちへと想いを馳せる。
二度と同じ犠牲は生まないと、誓いを立ててゆっくりと目を開けた。
騒がしさがいつの間にか失われ、炎の爆ぜる音しか聞こえない。
フレアが不思議そうに金色の瞳で俺を覗き込んだ。
その瞳に、オークたちの姿が映る。
皆、俺と同じように両手を合わせて、目を瞑っていた。
オークの里に静かな夜が訪れる。




