二十九話 170万円の売上げで『煩悩』も打ち消します。
――アルバ・グレイズ
さて、本日最後のタスクは『ダリア』の皿と、商品ラインナップの確認だ。
俺は工房の扉を叩く。
出てきたベルカが俺の顔を見るなり、口を尖らせた。
何が不満なのか、まったく思い当たることはない。
取り敢えず営業スマイルで、乗り切りたいところだ。
「新しい注文が入りました」
「あっそ……」
ベルカはむくれながらも、工房に招き入れてくれる。
工房の棚には、すでにティーセットが置かれていた。
真っ白な食器に華やかなバラが描かれた、ベルカらしいデザインだ。
薄く揃えられたカップの縁にも装飾があり、見栄えとしては完璧である。
「それ失敗作だから、まだ売れないわよ」
素人目には十分に見えるが、職人のこだわりを無下にはできない。
「どの辺が未完成なんですか」
「見せてあげるわ」
そういってベルカの細い腕がティーポットへと伸びる。
中に水を入れ、カップに注いで見せた。
美しい弧を描いた水がカップを満たしていく。
申し訳ないが見てもわからない。
完璧に見えるので、答えを求めて俺はベルカへと視線を移す。
「もう少し、細く水が出るようにしたいのよ。ほら、机の上に水が飛んでるでしょ?王女様が使うのにこれじゃお粗末だもの」
なるほど、言われてみれば納得だ。
まぁ気が済むまで突き詰めてくれればいい。
今はまだ、皿を売るタイミングだ。
「ティーセットが完成したら、また教えてください。ところでダリアの皿はありますか」
「あるわよ。持ってくるわ」
そう言って出て行ったベルカは、すぐに三十枚ほどの皿を重ねて持ってきた。
ようやく自分の皿の価値がわかったのか、皿と皿との間には傷避けの布が挟まっている。
「これが、すべてダリアの皿ですか」
「えぇ、探せばもう少しあるかもしれないけど、古いのは絵付けがまだ下手だから、これじゃ足りない?」
「いえ、十分です。ちなみに、皿は何種類ありますか」
「種類は十二種類よ。十二ヶ月の花をモチーフに作ってるから、スノードロップ、ミモザ、アネモネ、チューリップ、スズラン、バラ、百合、ひまわり、ダリア、マリーゴールド、カトレア、クリスマスローズがあるわ。」
呪文か?
かろうじて四種くらいはわかったな。
季節の花を知ってると女医にウケがいいと同僚が言っていたし、これを機会に覚えてみるのも悪くない。
「何か欲しい花があるの?知ってるものなら作れるけど?」
「いえ、いいコンセプトですね。余裕があればティーセットも同じラインナップで揃えてください」
そうでしょ!と言いたげに満面の笑顔を浮かべる。
「箱はどのくらい作れましたか?」
「材料が揃わなくて、今のところまだ四箱よ」
ティーセットの試作を作りつつ、箱もしっかり作っている。
実にいい職人と言えるだろう。
これでビジネスライクな関係が維持できるなら、大変助かったのだが、わがままは言えない。
「実は、ロザリア殿下から、全種類見てみたいと受注をいただきました。十二枚をセットにしてお渡ししたいので、三箱用意いただけますか」
目を輝かせて、ベルカが再び工房を出ていく。
その隙に俺は、ダリアの皿を五枚見繕った。
と言っても、やはりどれも見事な出来で、適当に選んだのと大差はない。
「こんな感じでいい?」
十二種類の花々が机の上に咲き誇る。
見栄えは完璧と言えるだろう。
JKならスマホを取り出してSNSにアップしているレベルだ。
「ベルカさん皿を一月から並べてもらえませんか?出来れば名前も改めて教えてください」
ベルカの説明を聞きながら、ノートにメモを取っていく。
ついでに『花言葉』まで教えてくれる。
日本と共通しているのかはわからないが、これはこれで使えそうだ。
・ダリア五枚
・一月から六月の六枚一セット
・七月から十二月の六枚を一セット
として三箱を作る。
これで、金貨十七枚とはいい商売である。
俺はベルカに金貨八枚と銀貨五十枚を差し出す。
「すごい大金で怖くなっちゃうわね……」
「しっかり重みを感じて、自分の作ったものの価値を噛みしめてください」
ベルカは白狐専務を抱きしめながら、熱のこもった視線でこちらを睨んでくる。
頭痛が酷くなるからその目をやめてくれ。
「……ありがとう」
「私は、私の仕事をしているだけですから、ベルカさんがお礼を言うことではありません。そろそろ日も落ちますので、帰ります。行きますよ、専務」
「えぇ泊めてもらわんのかぁ。なぁベルカ泊まっていってもいいやろ?」
何故このぬいぐるみは商売の邪魔をするのだろうか?
金貨十七枚は、日本円なら百七十万円規模だ。
この収益を煩悩で失うような愚か者に、俺は絶対にならないと断言しよう。
「明日は朝からフレアとアステリアに向かうんですよ。ここに泊まるわけには、いきません」
「フレアって誰?ってか泊まれるところ他にもあったのね」
むくれていたのは、それか。
まったくもって誤解だが、それで諦めてくれるなら悪くもない。
「フレアはレッドドラゴンで、ドワーフの里で暮らさせてもらってるで、安心しいや」
全部言ったな……このぬいぐるみ。
いったい何に安心するのか聞きたいところだ。
「専務、『万能地図』を起動してください」
白狐専務がひらりとベルカの腕を抜け出し俺の頭の上に着地する。
目の前に『万能地図』が投影されると、ベルカが覗き込んできた。
「これが『万能地図』変な魔法ね」
胸が当たっているぞ、ベルカ。
積極的で大変困る。
早々に黒金山を長押しする。
『YES』をタップすると、白狐専務があっという間に大きくなった。
「ねぇ次はいつ来るの?」
「ベルカが冷静になれたら」と言いたいところだが、ティーセットの値段をさらに上げるためのアイテムを届けなければならない。
「明後日また来ます。では、おやすみなさい」
八十年代のネオンを眺めながら、小さくため息を漏らす。
何故か今日はドッと疲れた気がする。




