第二十八話 老職人の鑑識眼と、実家からの見えない圧力……。
バルトはあっという間に、二十個ほどの樽を選び分けた。
「なんか綺麗な樽ばっかりやな。なんでこんなもん捨ててるんや。間違いか」
いきなり声を発した白狐専務にバルトは目を丸くする。
頭上の白狐専務を、まじまじと見つめた。
「これは生き物だったのかい?」
不思議そうに首を傾げている。
頭にぬいぐるみを乗せて、大真面目に仕事していると思われていたなら、大変心外だ。
「わいのことは専務って呼んでな!」
「センム?おぉわかったぞ。センムこっちきて匂い嗅いでみな」
白狐専務は選別した樽へと飛び移る。
「わぁなんや!この酸っぱい匂い!」
「こうなっちまうと、エールを入れてもすぐ腐っちまうんだ。堆肥なら腐ることもないだろう。他の樽も直せば使えるんだが、堆肥は重いからな。下手に補修した樽よりこっちの方がいい」
なかなかの鑑識眼だ。
俺なら、塞げばいいと穴が開いていても、選別していただろう。
こういうことは知識の深い専門職に頼って正解だった。
「お忙しいところ時間をいただいてありがとうございます。何かお礼がしたいのですが、必要なものなどありますか」
「お礼なんかいい。それよりこれどうやって運ぶつもりなんだい?馬車でも付けてるのか」
「明日、レッドドラゴンで取りに来ます」
バルトの表情が固まり、わずかに遅れて笑い声をあげた。
「何言ってんだ兄ちゃん。面白れぇこと言うな」
完全に冗談だと思われているが、言い返す必要もないので、俺も同じように笑っておく。
『ミラーリング』再びだ。
「やはり何かお礼がしたいのですが、例えばご家族にお土産でもどうでしょうか?甘いものなどお好きですか」
老人は白い眉毛を気まずそうに顰める。
「仕事ばっかりやってたから、こんな歳まで独り身よ。だから本当に気にせんでくれ。こんな足になって、仕事すらろくにできなくなってな。あんたの役に立てたなら嬉しいよ」
おかしい……。
一瞬自分の未来を見た気がしたが、気のせいだろう。
そう、気のせいだ。
だから、そんな憐れみの視線を向けるのはやめてくれ、専務!
気を取り直して、小さく咳払いをする。
「お仕事は樽作りを?」
「元は大工だったんだ。棟梁もやってたんだぞ。ただ、足を怪我してからは樽作りの専門になったけどな」
「樽作りは今も?」
「あぁ、ただもう力が入らなくてな。知識だって、俺よりずっと若いやつの方が長く樽作りをやってっから、本当なんの役にも立たねぇのさ」
なるほど、確かにその状況では『仕事をしている実感』は湧きにくいだろう。
恐らくこの男は、まだ何かの役に立ちたいと思っている。
ならば、逃す手はない。
「一つご提案があります。もし大工としての知識を活かせるとしたら、ご興味はありますか」
老人の目が輝いた。
やはり、このご老体はまだまだ現役でいたいのだ。
ならば、営業マンとして、その願いを聞かねばならないだろう。
経験はないが『コネクション営業』やってみせようじゃないか。
とりあえず専務、そんな目で見るのはやめてくれ。
しつこいぞ。
「実は私、目下進行中の仕事が他にもありまして、森の中に家を建てたいと思っています。そこで技術アドバイスをしていただけないでしょうか」
「そんなもん、俺じゃなくても、他にいい若者がいるだろう。この足だ、迷惑かけちまうだけさ」
バルトは掌を振ってみせる。
この話を出すのは賭けではあるが、言わずに連れていくこともできない。
早めに話して悪いことはないだろう。
営業とは、断られることを恐れるものが、もっとも契約から遠いのだ。
「実は、森の奥深くに住むオークの隔離医療施設を建てる計画です。若い人には少し荷が重いでしょう」
老人は目と口を大きく開いて、俺の顔を凝視している。
ここで追撃するか、出方を見るか、悩みどころだ。
バルトは苦笑いを浮かべる。
「そりゃなんの冗談だい?俺をからかってるのか」
声色に怒った様子はないので、ここは落とし込みに入ろう。
「嘘ではありません。明日その里に向かおうと思ってますので、一度ご一緒していただけませんか」
老人の顔がますます引き攣った。
乾いた笑い声が喉から漏れる。
「あれかい?レッドドラゴンで樽を取りに来て、オークの里で家を建てるって?ハハハ。老人をからかうもんじゃない」
そんなに信じがたいことなのだろうか。
異世界ならそのくらいありそうだと思っていた。
まぁ実情が、そうなのだから仕方ない。
ただ、事実を信じさせることは、難しくはない。
ありのままを見せればいい。
「わかりました。では、私が明日レッドドラゴンを連れてここに現れたら、この話真剣に考えていただけますか」
「あぁ本当にレッドドラゴンを連れて来れるなら聞いてやるさ」
バルトは「無理だろう」と言わんばかりに笑っている。
せっかく言質が取れたのに録音機がなくて残念だ。
俺は営業スマイルを浮かべて、バルトを見送った。
「では専務『万能地図』を立ち上げてくださいますか?」
何だろうか、専務のあの、「あんたいい人いないの?」って言いたいけど言えない母親みたいな顔は……。
何故か大変癇に障る。
「……早くしてもらえますか」
俺の催促に「あぁやれやれ」と言いたげに首を振り、そのまま俺の頭上へと飛び移る。
頭痛が一段と酷くなった。
本日のタスクは、あとひとつ。
すべて終わったら、ドワーフ特製マグマ温泉に浸かって、ゆっくり寝るとしよう。
私生活を振り返るのも、大切だろうか………………?




