第二十七話 『情報の非対称性』を活用して狸親父を出し抜きます。
「しかし、サトウさんはアステリアにずっといらっしゃるわけではありませんし、ロザリア殿下と時間を合わせるのも難しいのではありませんか」
長い沈黙を破ったのは、ギルドマスターのアルベルトだった。
なるほど、そうきたか。
確かに行商をしている以上、アステリアにずっと滞在することは難しい。
だからと言って、お忙しいであろう第三王女様にこちらから時間を指定するわけにもいかない。
時間を伺うことすら、失礼にあたるだろう。
権力者に、呼ばれれば犬のごとく駆けつける。
フットワークの軽さこそ、大顧客を囲う最低条件である。
スマホが欲しいところだ。
まぁないものを欲しがっても仕方ない。
「ダリア殿下の皿は、どのようにお届けになる予定ですか」
アルベルトの目尻が、ピクリと動く。
「皿の納品があれば、すぐに書状を出します。返答がいつ来るかはわかりません」
王城はこのギルドから、徒歩でも一時間はかからないだろう。
返信は翌日、遅くても三日以内には届くと思っておいていい。
予想しよう。
この後、この抜け目ない狸親父は、俺に皿の納品日を尋ねることだろう。
そうすれば、俺が同行できない理由を確定できるからだ。
「ところで、サトウ様はいつ頃納品される予定でしょうか」
ビンゴである。
ダリアの皿とサンプルを両方同時に提供すれば、書状の答えは貰えない。
ダリアの皿を先に納品し、サンプルは工房から届けるとなれば、王都とアルバの往復で二週間はかかる。
どちらに転んでも俺が王女様とお会いすることはできないという算段だろう。
しかし、俺には『万能地図』がある。
この『情報の非対称性』を120%活用させていただこう。
「ダリアの皿は持ち合わせがありますので、確認して明日にはお届けできると思います。サンプルの方は、一度工房に戻る必要がありますから、少々お時間をいただけますか」
狸親父の目が楕円を描く。
「かしこまりました。ではダリアの皿は、先に王城へお届けいたします。サンプルがそれまでに間に合いましたら、一緒にご同行しましょう」
「ぜひよろしくお願いいたします」
俺はにこやかに、アルベルトへと掌を差し出す。
勝ち誇った笑顔のアルベルトが、その掌を握った。
勝ったのがどちらか、三日後にわかることだろう。
俺は狸親父との商談を終えて、オーレア平原へと向かう。
オーレア平原では、堆肥運搬の目途が立ったことだけを伝え、早々にエール工場へと足を運んだ。
エール工場はサフィア運河沿いを南に向かえば到着する。
素晴らしい都市計画といえるだろう。
鼻をつくアルコールの匂いに、二日酔いを思い出す。
頭痛と吐き気が酷い。
早々に終わらせて帰りたいものだ。
『樽の確保』本日のタスクである。
エール工場ならば、樽の製造と繋がりがあるだろう。
しかし樽に入れるものは堆肥だ。
毛頭、新品を買うつもりはない。
そう、俺の目的はエール工場の廃棄場にある、『廃棄樽』だ。
できる限り状態のいいものを見繕いたい。
エール工場の責任者に、ひと声をかけ、工場裏手へと歩みを進める。
サフィア運河へと放出される、醸造廃水に足を止める。
「ん?どないしてん」
白狐専務が鼻を抑えながら鞄から顔を出した。
俺は二日酔いの吐き気を我慢していると言うのに、大変のんきなもので羨ましい。
「匂いがありませんね」
「匂い?さっきから鼻がもげそうなほど酒の匂いがするけどな」
鼻をつまんでおいて何を言う。
しかし、醸造廃水なら、川を再起不能なほど汚染していてもおかしくないはずだ。
それにも関わらず、川の水も、廃水も、無色透明で匂いもない。
この発展度合いで、完璧な排水装置があるとは思えない。
「おい、そこの兄ちゃんどいてくれ!」
大樽を転がした若者たちが、俺の横をすり抜けて行く。
その最後尾に、杖をついた老人が一人。
年老いて皺だらけの顔には、今も精悍さを残している。
職人だろうか。
「なんだ、見ねぇ顔だな?」
声をかけられたので、俺はすかさず名刺ケースを取り出した。
「はじめまして。私は、商業ギルドで行商をしております。佐藤健一と申します」
老人は名刺を受け取り、「俺はバルトだ」と短く告げた。
すぐに作業着のポケットに名刺をしまう。
「で、ここにはなんの用だ?」
「廃棄樽をいただきに来ました。ただ、川に流される廃水がずいぶん綺麗だと思いまして、いったいどういった仕組みでしょうか」
「あぁそりゃエルフの魔道装置だ。よくは知らんが、廃水を綺麗に変換するものだって言ってたな。まったく最近の進化にはついていけんよ」
魔道装置……なるほどそういうものがあるのか。
一度詳しく話を聞いてみたいものだ。
「廃棄樽なら裏にある。案内してやるから、ついてきな」
老人は職人のわりに気難しくなく、話しやすいタイプだった。
右手の指だけが少し太い。
仕事熱心ないい職人だったんだろう。
「ありがとうございます。バルトさんはこちらでお仕事されているんですか」
老人は軽く笑い、その質問には答えなかった。
なるほど、シルバー人材というやつだ。
この老人は足が悪く、思うように働けなくなっているのだ。
バルトが案内してくれた廃棄場には、山のように壊れた樽が積まれていた。
「で?何に使うんだい」
「堆肥を運ぶのに使いたいんですが、どれがいいか一緒に選んでいただけませんか」
老人の瞳に一瞬光が宿る。
なるほど、これはいい人材だ。
俺は口元に密かに笑みを浮かべた。




