第二十六話 二日酔いは商談の言い訳になりません。
「おい、いつまで寝とんねん!もう昼過ぎるで」
まったく煩いぬいぐるみである。
俺は枕から頭を上げられないまま、酷い頭痛に耐えていた。
そう。
二日酔いだ。
昨晩ドワーフたちと祝杯をあげてしまい、この部屋に戻ったことすら覚えがない。
「専務……少々お願いしたいことがあります」
「なんやねん」
少年のような甲高い声が、脳髄を突き刺す。
もう少し小さな声で話してくれ……
「お水をいただけないでしょうか?できれば常温のものが好ましいです」
「しょうがないやつやなぁ」
専務が勢いよく廊下へと駆け出す。
これで静かになった。
頭が割れそうに痛むが、ずっとこうしているわけにもいかないので、とりあえずタスクの確認だけはしておこう。
俺は腕だけをベッドの下に伸ばし、鞄からノートを取り出した。
洞窟をくり抜いて作った小さな部屋には、陽光が差す窓はない。
俺はベッドヘッドに置かれた、ランプにノートをかざした。
置かれた家具の精巧さは、さすがドワーフの工房と言わざを得ない。
○A|死体の埋葬
○B|生ごみの廃棄場所の確保
C|病人を隔離するための住居の建設
○D|除菌・清掃(風呂の確保)
○A|病人隔離用のテント設置(重篤患者の隔離)
A|樽の確保
φC|堆肥の運搬方法(百樽)
B|オークの里にトイレの設置
○B|堆肥置き場を作る
○D新商品の製作
C|グラステラ公国で採掘許可を取る
本日のタスクは『樽の確保』がいいだろう。
ついでに、アステリアの狸親父のところにも顔を出しておこう。
樽発注の資金が必要になるかもしれない。
そこに、白狐専務が頭に盆をのせて帰ってきた。
盆の上には水の入った桝と黄色い粉が小さな皿の上にのっている。
「これは」
俺が痛む頭を無理やり起こしながら、黄色い粉を指す。
「よぉわからへんけど、ドワーフのおっちゃんが気休めに持って行ったってくれって渡してくれたんや」
黄色い粉を一掴み口へ運ぶ。
土の匂いと、生姜のような辛さと苦さが口に広がった。
「ウコンですね」
「ウコン?」
確かに手遅れだが、一ついいことを思いついた。
ウコンがあるなら、『ウコン布』が作れる。
皿にのせられたウコンの粉と水を一気に飲みこんで、俺は立ち上がる。
向かうべきは――王都アステリアだ。
今日は商品があるわけじゃないので、街中に直接飛んでも問題ないだろう。
俺は『万能地図』で王都アステリアのできるだけ、目立たなそうな路地を選択する。
いつも通りのエフェクトで、次の瞬間には目的地に着いた。
早々にギルドに向かう。
今日は年上の受付嬢の列へと並んだ。
一番長かった列はあっという間に処理され、俺の番がくる。
受付嬢は俺の顔を見るや否や、「サトウ様、お待ちしておりました」と言って裏に案内してくれた。
さすがベテラン受付嬢。
今後もギルドを利用する際はこの列に並ぶことにしよう。
俺は応接室に通されると、アルベルトが急いで室内へと入ってきた。
「サトウさん、来てくださり助かりました。実は皿の注文が何点か入ってまして、どうぞおかけください」
俺は促されるまま椅子へと腰を下ろす。
狸親父の手には二枚の書状が握られている。
どちらにも、上部中央にアステリア国章が型押しされていた。
なるほど、紙は高級だが存在するようだ。
今度『万能地図』で探してみよう。
書状を机の上に並べながら、アルベルトは説明を始めた。
「こちらは第一王女ダリア殿下からです。簡単に説明しますと、ダリア殿下も自分の花の皿が欲しいとおっしゃってます」
「ダリアの花ですね。何枚ほど必要でしょうか」
「ロザリア殿下と同じく五枚とのことですよ。そちらは金貨五枚をこちらでお預かりしてます。納品後ギルド分担金を差し引いてお渡しします」
花には詳しくないが、ダリアはあったはずだ。
この辺はベルカに確認すればいいだろう。
「もう一枚はなんでしょうか」
残念ながら俺はこちらの文字は読めないので、書状を目の前に置かれてもわからない。
「もう一枚はロザリア殿下からです。どうやら、この皿を相当気に入ってくださったみたいで、他の花も見てみたいとおっしゃってます。できればサンプルを全種一枚ずつ購入させて欲しいとのことです。こちらは枚数がわからなかったため、金は受け取ってません。枚数をお伝えいただければロザリア殿下にお伝えしますよ」
大型契約のいい機会である。
できれば直接会って相談したいところだ。
第三王女の立場を考えれば、難しいとは思うがまずは打診してみるべきだろう。
「全種類はそれなりの枚数になります。よろしければ、私に商談させていただけないでしょうか」
口元に笑みを浮かべた、狸親父の目がこちらを鋭く捉える。
数秒間置くのは、恐らくこちらから断るのを待っているのだ。
王女と直接商談されるより、ギルドを通す方が、商業ギルドとしては得が多い。
抱き合わせ商法で、他のものも売り込むことができるからだ。
そんな、わかりきった手にのる俺ではない。
そもそも、『思案』の拍を置いてしまった時点で、直接商談が不可能でないことを俺に教えてしまっている。
できもしないことならば、間髪入れずに断っていただろう。
俺も営業スマイルを貼りつけて、相手の出方を待った。
まったくもって、やりがいのある相手である。




