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第二十五話 営業マン、ドラゴンに乗って帰還します。


 ――黒金山(ギルド・ロック)


 夜になると数人のドワーフが、洞窟から外へと涼みに出ていた。

 立ち上る煙は数を減らし、夜が更けていく。


「ミスリルなんて、随分ふっかけたじゃねぇか」

「ふんっ何にも知らねぇ小僧が、生言うからだ」


 ドワーフたちは、美しく切り出された石の階段へと腰を下ろす。

 北の空を眺めながら、酒を飲み交わしていた。


「今日もろくな素材が採れなかったな」


 誰かが小さく呟く。

 その言葉に、ため息をつくまいと唾を飲み込んだ。


「そろそろ、他を探すしかねぇかな」


 ドワーフたちは自分たちが築き上げてきた、工房兼鉱山洞窟を振り返る。

 今まで、意地でもとどまったのは、この洞窟が故郷であったからだ。


「俺らの代でまさか鉱山を閉じるとはな」


 漏れ出しそうなため息を、再び押し殺した。


 その時、北の空に浮かぶ星が何かの影をわずかに捉える。


「おい、北の空に何かいるぞ」

「夜鳥だろう」

「にしちゃ随分デカい気がするが」


 一番端に座るドワーフが首を傾げながら、その影を注意深く追っていた。

 夜目が効かず何度も見失う。


「出て行った奴らも新しい鉱山を見つけるのに苦労してるみたいじゃねぇか」

「仕方ねぇよ。そうそう鉱山なんざ見つかるもんじゃねぇんだ」


 二人が話を続けていると、端のドワーフがいきなり大声を上げて、狼狽する。


「ドドド……ドラゴンだ?!」


 残りの二人もその視線の先を追う。


「まずい!すぐに中の奴らを呼んでくる!オメェらは武器を持って来い」

「俺はココで見てる!もしかしたら軌道が外れるかもしれん」


 ドワーフたちは怒号を上げながら、各々の役目を果たす。

 ゾロゾロと洞窟からドワーフが武器を持ち、集まる頃にはドラゴンは目と鼻の先まで迫っていた。


 強風が吹き荒れて、小石が空中に巻き上がる。

 あちこちで石同士が、ぶつかってはカンカンとリズムを刻んでいる。


 動かずに居たのは、堅固な岩の洞窟とドワーフたちだけだった。

 激しい竜巻を起こしながら、百メートルほど離れたところにドラゴンは着地する。


 ドワーフたちが固唾を飲んで見守る中、その背から小さな影が飛び降りた。

 その影は迷わずこちらへと歩み寄る。


 ドラゴンを従えた何者かが、近付いてくるのだ。

 誰もが武器を構え、緊張が走る。

 

 松明がその影を捉えた。


「小僧……!」


 一人のドワーフが叫ぶ。

「知り合いか?」とざわつくが、誰一人武器から手を離さない。


 鋭い切先が集中する真ん中に、その男は立っていた。

 両手を上げて、到底似つかわしくない笑顔を浮かべている。


 佐藤健一。

 その人だった。


「ず……随分早いじゃねぇか。もう音を上げちまったのか?」


 そう口を開いたドワーフに向かい、佐藤が何かを投げて渡す。

 受け取った掌を見て、目を瞬いた。

 周りのドワーフがその掌のモノを見つめ、どよめきが起こる。

 そこには青く光る、ミスリル鉱石があった。


「向こうにもう少し大きな鉱石を用意しておりますので、武器を下げていただいてもよろしいでしょうか」


 男は穏やかに笑顔を湛える。

 その表情には一切の傲慢さはない。

 ましてや、勝ち誇った顔ひとつしていない。


 無理難題を押し付けられ、あっさりと達成してみせた男は、それが当然であるかのように、自然に立っていた。


 ドワーフたちは互いに顔を見合わせながらも、武器を下ろす。

 男は右足だけを半歩下げて、ドラゴンへと続く道を開けた。


 巨大なドラゴンの足元に、円柱状の青く光る鉱石が見える。

 目の前の男と同じ大きさの、ミスリル鉱石がそこにあった。

 ドワーフたちは言葉を失い、互いに顔を見合わせることしかできない。


 静寂を切り裂いたのは、佐藤健一だった。

「賭けは私の勝ちですね」とか「約束は守ってもらいます」とか、そのような言葉が出てくると思っていたが、実際の一言は全く違っていた。


「お力を貸していただけないでしょうか」


 たった半日でミスリル鉱石を手に入れ、ドラゴンに乗って現れたこの男に、果たして『貸せる力』などあるのだろうか――


「実は、今回未開の鉱山を見つけました。しかし、その鉱山は火山でもありまして、とても人間の手に負える代物ではありません。どうか知恵と労力をお借りできないでしょうか」


 断る理由を探す方が難しい申し出だった。

 この男は、俺たちに新たな鉱山を紹介すると言っているのだ。


「つまり、移住しろって言いたいのかい?」


 ドワーフの一人が何とか声を発した。


「滅相もありません。これだけの施設を一から作るには、時間もかかることでしょう。鉱石はこのフレアがここまで届けてくれます」


 男は赤竜(レッドドラゴン)の鼻先を、まるで犬猫を撫でるように掻いてやる。

 フレアと呼ばれた赤竜(レッドドラゴン)は気持ちよさそうに、目を細めた。


「運搬料の代わりに、フレアをここに住まわせていただけないでしょうか。できれば私の部屋も、お借りできると助かります」


 断る理由など見つかるはずもなかった。

 

「それで、行商は自分にやらせろってのかい」


 男は、ほんの一瞬、本当に僅かの間、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 すぐに、今朝と同じく挑戦的な表情に変わり、真っ直ぐにこちらを睨む。


「このミスリル鉱石を利用した道具や武器は私に任せていただきます。その後はそちらでご判断ください」


 男の目は、俺たちが必ず自分に依頼するとわかっているようだった。


 ――そして、それは当たっているのだろう。


 ドワーフたちは、星の光を反射する赤竜(レッドドラゴン)の鱗に、未来を予見していた。

 


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