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第二十四話 ドラゴン宅急便成約です。


 「撫でてもいいよ」


 眼前の赤竜(レッドドラゴン)が撫でられるのを待つように目を閉じた。


 撫でられる距離まで歩み寄ると口から漏れ出す熱風が裾を揺らした。

 体内は恐らく高温だろう。

 指先で鱗に触れてみる。


 表面はむしろひんやりとしていて、巨大な鱗は滑らかで気持ちがいい。


「名刺ここに挟んでおきますね」


「うん?いいよ」


 俺は鱗の隙間に名刺を挟む。

 どうやらこのドラゴンは素直なようだ。

 話し方的に子供だろうか。


 両手で撫でてやると、気持ちよさそうに耳を小さく動かす。

 わずかな動きでも、強風が起き、地面が揺れる。

 こ……これが本物のドラゴン……。


 俺は唾を飲み込みつつ、ふと思い当たる。


 このドラゴンなら、百樽運べるのでは?


「お前、なんかとんでもないこと考えてへんか?」


 勘のいいぬいぐるみである。

 

 しかし、この逸材を前に簡単に諦める俺ではない。

 このドラゴン、今のところかなり素直で扱いやすい部類だろう。

 ならば、やるべきことは一つだ。

 このドラゴンにとって価値ある提案をすること。


 俺は辺りを見渡して、会話の糸口を探す。

 白狐専務が頭上で必死に「あかんで」と呟いているが、小声なので聞こえないことにしよう。


「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「名前ってなに?」


 可愛らしい声。

 間違いなく子供なのだろう。

 吐息の強風が過ぎるのを待つ。

 

 魔物に名前はないものなのだろうか。


「俺は佐藤健一といいます。他者からなんて呼ばれてますか」


 急にドラゴンの身体が小刻みに震え始める。

 その震えは小さな地震を引き起こす。

 街の建物を揺らし、軋ませた。


 やがて、金色の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 涙といっても、風呂窯一杯分ほどある。

 流れ落ちた涙が地面で弾けて、全身に浴びる。


 ちなみに、涙は尿とほぼ同じ成分である。


 とりあえず落ち着かせるべきかもしれない。

 俺は寄り添う穏やかな声音で話しかけた。

 

「気に障ったようで申し訳ありません。傷付けるつもりはありませんでした」


「ぼく、独りぼっちだから、誰かに呼んでもらったことない」


 なるほど。

 強者故の孤独。

 俺は綻ぶ頬に力を込める。

 いけるという確信。


 母親が子にそうするように、優しく寄り添い、抱きしめてやる。

 ドラゴンがビクリと体を震わせた。


 内臓が口からすべて出そうな衝撃。

 頼む……あまり動かないでくれ。


 百樽を運ぶ運搬料は相当なものになるはずだ。

 こんな機会はもうないだろう。

 絶対に成約してみせる。

 

「独りは寂しいですね。ましてや、名を呼んでもらったことがないなど、お辛かったでしょう」


 相手の言葉を繰り返す、『バックトラッキング』

 これは、自分の話を相手が理解してくれている安心感を与える方法だ。


「それなのにどうしてこんな寂しい場所にいらっしゃるんですか」


 俺はさり気なく身体を離しながら、辺りを見回して、金色の瞳を覗き込む。

 これ以上動かれたら、骨が折れてもおかしくない。

 

 ドラゴンの瞳に再び涙が溢れる。

 街が洪水にでもならないだろうか。


「どこに居ても一緒だよ。どうせ、みんなぼくのことが怖いんだ」


 ここで、一拍あえて置こう。

 俺はドラゴンの全身をゆっくりと見渡す。


「この美しい容姿が恐ろしいだなんて、もったいないですね」


 これは本音である。

 ドラゴンは美しい。


 金色の瞳が大きく見開かれる。

 鏡のように俺の全身を映し出していた。


「そ……それぼくのこと?」


「もちろん、あなたはとても美しいですよ」


 俺が慈悲に溢れた笑顔を作ると、見開かれたドラゴンの目が細められ照れているようだった。

 同じ言葉を二度繰り返す『二度褒め』は相手に心を開かせる手法の一つだ。


「実は私も異世界から来て、三日目でひとりぼっちなんですよ。よかったら()()になりませんか」


『共通点の提示』、相手の話すペースに合わせる『ペーシング』。

 この純粋なドラゴンには十分に響いたのではないだろうか。


「ぼくと友達になってくれるの」

 

「なっていただけますか」


「い……いいよ」


 ドラゴン宅急便の成約である。

 もう一杯エールが飲めそうだ。

 

「あぁ……佐藤はん。いい感じのところ悪いけどな。ミスリルはいいんか?ぶっちゃけなんも解決してへんで」


「問題ありません」


「あるやろう……どないするつもりやねん」


 俺は地面に落ちている石ころを一つ摘まみあげる。

 拳大の青く光る石。


「ミッミスリル?!なんでや」


「灰が全部吹き飛んで、表面に出てきましたね」


「いや!ちゃうやろ。ミスリルがなんでこんな地上に転がってんねん」


「火山ですよ。噴火で地中の鉱石が地表近くまで運ばれることは、ままあるんです。ミスリルがあるかは賭けでしたが運がよかったですね」


 白狐専務が頭上で絶句している。

 ノープランとは『不確か』であることを指しており、何も考えていないわけではない。

 それではあまりに浅はかと言えよう。


「ケンイチはそれが欲しいの」

 

「えぇまぁ、でもこれだけあれば、十分……」


 赤竜(レッドドラゴン)が羽根を広げバタつかせる。

 強風に耐えられず、足が二、三歩後退(あとずさ)る。


「ぼくが住んでるところにいっぱいあるよ!待っててケンイチ」


 そう言って民家の屋根を吹き飛ばしながら、赤竜(レッドドラゴン)が飛び立った。


「お前……ほんま大丈夫か……」

「まぁなんとかなります」


 赤竜(レッドドラゴン)が火口へと直角に落ちていく様を見送った。


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