第二十一話 『頑固親父』攻略マニュアルでドワーフ職人を攻略します。
翌朝。
俺はすでにドワーフの街、黒金山にいた。
眼前には岩肌を剥き出す荒々しい山。
そこからは、煙が真っ直ぐに立ち上がっている。
あの煙の数だけ、ドワーフの工房があるのだろう。
俺は美しく切り出された岩の道を進み、黒金山の麓で入口を探す。
「なんか暑ないか?」
白狐専務が頭上で項垂れている。
確かに熱い。
おそらくは、炉の熱が外まで漏れ出しているのだろう。
ドワーフの里は灼熱かもしれない。
熱風が髪を揺らす。
むせ返りそうな鉄の匂い。
「ここですね」
俺が熱風の出口を示すと、白狐専務が身を翻して鞄の中へ避難する。
「わいはこの中でいいわ!」
「エールを温めないでくださいね」
昨晩、近くの川で冷やしたエール。
ドワーフと言えば頑固者であると共に、酒好きなものである。
準備は完璧だ。
俺は熱風を掻き分けて、洞窟の中へと足を運ばせた。
中は鍾乳洞のように広く、意外と熱くもない。
終始強い風が出口を求めて四方へと向かい吹いているからだ。
さすがドワーフ。
熱を滞留させず、炉に必要な空気を送り込む工夫である。
洞窟内は東京メトロのように、細い道があちこちに張り巡らされている。
下手に進めば、道に迷うことは間違いないだろう。
『新宿駅』がダンジョンと呼ばれる理由が少しわかったように思う。
洞窟をくり抜いて作った酒場の前で、石の机と椅子に腰をかけて酒を飲む三人のドワーフを見つけた。
『頑固親父』攻略マニュアル その一
仕事中に話しかけてはいけない。
絶対に相手の集中を乱してはいけないのだ。
そう、つまりこの三人のドワーフこそ、俺の商談相手である。
「ご一緒してもいいですか?」
俺は持って来たエールを片手に掲げた。
『頑固親父』攻略マニュアル その二
何故か、笑顔の人間を「軽薄」と嫌う。
今回は営業スマイルを控えておこう。
太い眉毛の下から伺うように、暗い瞳がこちらを見据える。
四角い体に、豊満な髭。
童話に出てくるドワーフそのものだ。
「そりゃなんだ?エールかい?」
「えぇ、さっきまで雪解け水で冷やしてました」
鋭かった顔がにんまりと歪む。
「おうおう!そこに座れ座れ小僧!」
「お女将さぁん!ジョッキを一個追加してくれ」
いい感じに出来上がっている。
俺は座る前に、空いたジョッキにエールを注いだ。
一緒に飲む。
そのことに意味があるのだ。
『ランチョン・テクニック』
一緒に食卓を囲むことで、相手への親和性を高める方法だ。
飲酒は厳禁なのだが、ドワーフ相手なら酒がなくてははじまらない。
決して俺が飲みたいからではない。
俺の手元にジョッキが届く。
「よっしゃ!飲むぞぉ!」
一人のドワーフが叫ぶと、全員が当たり前のようにジョッキを打ち合わせた。
もちろん俺も参加したが、腕の骨が揺れ脊髄まで痛みが走る。
さすが……ドワーフである。
「ぷふぁ!うめぇなぁこりゃ!オーレア平原産の麦だなぁ!」
「さすが親方!よくわかりますね」
「あったりめぇよ!で?小僧は何しにここまで来たんだ?」
『頑固親父』攻略マニュアル その三
話は簡潔にはっきりと。
「私は佐藤健一と言います。建築用工具が欲しくてきました」
「工具?そんなもん、アステリアで買えただろう」
『頑固親父』攻略マニュアル その四
相手の仕事にはリスペクトを、しかし下手な誉め言葉はNG。
この度合いが意外と難しい。
相手によって対応は変わるのだが、技術系なら情熱的に話してみるか。
「王都で鉋を見たのですが、土台の強固さも刃の鋭さも、素材選びにおいても、ドワーフ産に匹敵するものはありませんでした。長く愛用するためにも、どうしてもドワーフ産で揃えたいのです」
俺は強く熱い視線を向ける。
負けじとドワーフも俺の目を睨み返してきた。
どう響いたか……。
勝負だ。
ジョッキを水滴が伝う。
睨み合うドワーフの口角がわずかに上がった。
「予算が足らなかったのか?」
「しょーがねぇヤツだなぁ」
「俺たちにはプライドがある。そんな安くはできねぇぞ」
三者三様に口を開く。
俺は深く頷いた。
「もちろん、良いものの価格を下げさせては、物が泣きますからね。
卸値に少し色を付けた金額で売っていただけないでしょうか」
俺が肘を張り、深々と頭を下げる。
ジョッキが石机に重い音を立てて置かれた。
「で?予算はいくらなんだ」
先ほどまでより締まった声だ。
向こうは本気になっている。
「金貨二枚で一式集まると助かります」
「金貨二枚?随分と大金じゃねぇか」
「それで大工道具が揃わなかったってことかい」
ドワーフたちが互いに顔を見合わせた。
なるほど、かなり行商業者が中抜きしているのではないだろうか。
「えぇ私が見た店では、鉋一つで金貨一枚と銀貨四十枚でした」
ドワーフたちが悔しそうに拳を石机に叩きつける。
地面まで揺れた。
「どうりで最近全然売れねぇわけだ」
「まったくだ。アイツら次来やがったら、ゲンコツお見舞いしてやらねぇとな」
ドワーフのゲンコツは回避したい。
誠実な付き合いを心がけるべきだろう。
「新しい行商に変わられたんですか?」
「あぁそうだ。最近長くやってくれてたじぃさんが死んじまってな」
「だから、あんなゴロつき信用ならねぇって言ったんだ」
「っても、こんな辺境までくる行商なんか多くねぇんだ。文句垂れても仕方ないだろうが」
俺は口の端のニヤつきを押し殺し、への字に歪める。
新しい仕入れ先ができそうだ。




