第十九話 初めての敗北です。
アルバ・グレイズまで戻り、ベルカに成果を報告する。
これが、本日最後のタスクだ。
ついでに、ベルカに何点か仕事を依頼したい。
『万能地図』でアルバを選択。
オークの反応からして、人目の少ない場所を目的地にするほうがいいだろう。
俺は、工房裏の山を長押し『YES』を選択する。
新緑の瑞々しい香りが肺を満たす。
目の前には、整然と並ぶ桧が美しい林だ。
「佐藤はん、なんか騒々しくないか?」
言われてみれば、工房の方に人が集まっている。
俺は山を下り、ベルカの工房へと向かう。
遠目からでもわかるほど、ベルカの工房に人が殺到していた。
「何事ですか」
俺が後ろから声をかけると、振り返ったベルカが悲鳴を上げる。
顔を見て悲鳴を上げるとは、大変心外である。
「ど……!どうして!?だって今朝その白狐に飲み込まれて……」
なるほど、『万能地図』の、移動モーションを見られてしまったようだ。
今後は行も帰りも、十分注意することにしよう。
その声に振り返った男たちが、呆れたように首を振る。
「ったくちゃんと確認しろよ」
「騒ぎ立てやがって」
職人たちは相変わらずベルカに悪態をついている。
しかし、朝からこんな時間までベルカのために右往左往していたのならば、ベルカは人気者なのだろう。
必死に職人たちに謝るベルカの背で、呆れたように白狐専務が口を開く。
「佐藤はんも、少しは謝ったらどうなんや。あんたのせいで大事になったんやろ」
「利益のないことに、頭を下げたくありません。あと、これは私のせいではありません」
「なんやそれ!お前本当は人付き合い苦手やろ!」
失礼である。
まぁ友人がいるかと問われれば、首を傾げるところだ。
ベルカが一通り謝罪を終わらせ、工房へと招き入れてくれた。
今後のことも考えて、ベルカには『万能地図』のことを話しておくべきだ。
「で?この白狐が『万能地図』て魔法なの?」
ベルカが両手で白狐専務を抱き上げて、まじまじと見つめる。
確かに白狐専務は魔法なのだろうか。
「専務って呼んでな!」
「センム?変な名前ね」
相変わらず、なかなか手厳しい。
「だから行商に自信があったのね。なんか納得しちゃったわ」
ベルカは膝の上に白狐専務をのせて、こちらへと向き直った。
表情にはどこか影がさし、言いづらそうに口を動かしている。
気になっているのはこれだろう。
「皿は売れましたよ」
ベルカの瞳が急に輝いた。
何度も確かめるように、瞬きを繰り返す。
「本当に銀貨五十枚で売れたってこと?」
実際は金貨一枚で売っている。
しかし、ここですぐに金額を言ってしまってはいけない。
何故なら、今後継続して取引するなら、卸値を決めなくてはならないからだ。
理想の卸値は、移動に費用がかからないことを見越して、五割といったところだろう。
つまり、銀貨五十枚でベルカから皿を買い、金貨一枚で販売する。
差額の銀貨五十枚が俺の儲けだ。
さて何と切り出すべきだろうか。
「今後の販売にあたり、決めておきたいことがあります」
ベルカは少し首を傾げる。
答えがもらえず少し不満そうに見えるのは、気にしないでおこう。
「私がベルカさんから買い取る金額についてです。販売価格の半額でいかがでしょうか」
「半額?つまり銀貨二十五枚ってこと?大金じゃない。私はそれでかまわないけど……」
純粋である。
これではその内、誰かに騙されてしまうのではないだろうか。
まぁ俺としては好都合なのだが。
ついでに一つ条件を増やしておこう。
「もう一つ、今後ベルカさんの作るものは、全て私を通していただきたいです」
「えぇいいわよ。それ以外に売る方法なんて知らないし」
純粋である!
多少胸がチクチクと痛むが、商売は同情を切り捨てるものだ。
良い条件が引き出せたので、契約書を交わしておきたい。
「ねぇ結局何枚売れたの?」
淡い茶色の瞳が伺うように下から覗き込む。
「売れたのは、箱に入れた五枚です。残りの五枚はもともと見本用に持って行ったものですから、そもそも売っていません」
「五枚とも売れたの?!すごい!つまり銀貨二百五十枚で売れたってこと?」
金額を伝える前に契約書を交わしておきたいものだ。
人は心変わりをする。
俺が逡巡していると、勘違いしたベルカが照れくさそうに笑顔を浮かべた。
「だよね。さすがに銀貨五十枚なんて無理だよね。大丈夫だよ、正直に言ってよ」
純粋である!!
思わず額に手を当てた。
金額は契約書を交わすまで言いたくない。
しかし、純粋な瞳が心配するように俺を見つめてくる。
それは、それで営業マンとしての矜持が揺らぐのだ。
「一枚……金貨一枚で売りました」
本日初めての敗北である。
ベルカが街で可愛がられている理由が、ほんの少しわかった気がする。
「では、今の内容で契約書を作成しますので、羊皮紙を二枚いただけますか」
絞り出した俺の言葉に、飛び出そうなほど目を見開いたベルカが頷いた。
スキップするように工房を後にするベルカを見送る。
純粋とは時に、論理を打ち砕くのかもしれない。




