第十八話 時には胸を熱くすることもあります。
さて、一度タスクの確認をしておこう。
俺は藁を二束受け取って、サフィア運河沿いまで歩いた。
もちろん、川沿いで身なりを整え直すためだ。
そろそろ新しいシャツが欲しいところだが、今はまだ我慢しよう。
優先タスクと追加を書き入れるため、俺はノートを取り出した。
φA|トイレの整備
φA|排泄物の処理
A|死体の埋葬
B|生ごみの廃棄場所の確保
C|病人を隔離するための住居の建設
○D|除菌・清掃(風呂の確保)
φB|飲料水・水源の確保
○A|病人隔離用のテント設置(重篤患者の隔離)
φA|トリアージの実施(重症度による選別)
完了したタスクに斜め線を入れた。
藁が手に入ったので『死体の埋葬』も進めることができるだろう。
表の最後に追加のタスクを記載する。
A|樽の確保
C|百樽の堆肥の運搬
B|オークの里にトイレの設置
B|堆肥置き場を作る
こんなものだろう。
俺がノートを鞄にしまうと、白狐専務が顔を出した。
ずっとiPadでいて欲しいものだ。
「佐藤はんにしては、良心的な取引やったな」
鞄から飛び出して、俺の頭に着地する。
「心外ですね。私はいつもお客様の満足を一番に考えてますよ。正直オークの糞尿の廃棄には頭を抱えていましたので、助かりました。この調子であれば来年からは販売できるかもしれません」
何故か白狐専務が真っ黒な瞳を半月型にして、睨みつける。
「言っとくけどなぁ、百樽なんてわいは運べへんで。わいが運べるのはせいぜい、佐藤はんが抱えられる範囲のものやからな」
なるほど狸寝入りしていたようだ。
俺は満面の笑顔を浮かべる。
「えぇ期待してませんよ。さっさと『万能地図』を立ち上げてください」
「なぁ?!もっと他の言い方ないんか!」
まったく、煩いぬいぐるみである。
笑顔で無言の圧力をかける。
「もう!ほんま!お前えぇ加減にしとけよ」
白狐専務の頭上に『万能地図』が投影される。
俺は迷わず『灰藍川』をタップした。
――数秒後
せせらぎの音と小石の感触。
目を開けると、一斉に固まったオークたち。
どのオークも顎が今にも外れそうな顔をしている。
到着時のエフェクトはどうなっているのか。
わずかな疑問を抱きながら、俺はモノクルオークを探すべく辺りを見渡す。
川辺には、簡単な拠点が出来上がっていた。
粘土が端に積み上げられ、木は崖に立てかけられている。
俺は積み上げられた粘土を手に取ってみる。
少し粘りが足りない。
断層の粘土を混ぜてみる方がよさそうだ。
「おい、お前」
後ろから声をかけられて振り返るとそこには、キング・オークとモノクルオークがいた。
俺はすぐに振り返り、敬礼をする。
まずは相手がした仕事への、リスペクトから入るべきだろう。
「お世話になります。たった一日空けただけで、これほど進んでるとは思いもしませんでした。
オーク・キング様率いる兵は、皆働き者ですね」
営業スマイルをしっかり貼りつけると、オーク・キングは得意げに鼻を鳴らす。
おもむろに手に持っていた革袋を差し出した。
俺が恭しく両手で受け取る。
開いた口から覗くのは、『砂金』だ。
しかも、かなりの量がある。
「……こちらは?」
「粘土を取っている時に出て来たものだ。われわれよりもお前の方が、うまく使えるだろう。褒美だ受け取れ」
両手に感じる重さは、客からの評価という『信頼』だ。
営業をしていて思う。
こういう瞬間があるから頑張っていられるのだろうと……
胸の奥に熱いものがこみ上げた。
「いただいた信頼に恥じない働きをお約束いたします」
「うむ、頼むぞ」
『信頼』には十二分に応えるべきだろう。
結局のところ営業マンだってチョロいのである。
では、早急にやるべきことを、やろうじゃないか。
「早速ではありますが、藁を持ち帰りましたので、窯作りについて話を進めたいと思います」
キング・オークとモノクルオークが、ぽかんと口を開いている。
『感傷』とは心地よい時間ではあるが、同時に無駄な時間でもある。
長く浸る必要はない。
「川から取った粘土は砂が混じり、とても良い状態ではありますが、少し粘り気が足りません。そこで断層から取った同量の粘土と私の持ち帰った藁を一束混ぜ合わせていただきたいのです」
その言葉にようやく、モノクルオークが弾かれたように返事を返した。
「わ……わかった。して、断層とはどこにある?」
「木材の裏側の崖が断層になります」
俺とモノクルオークはキング・オークに一礼をして、断層へと向かう。
キング・オークはまだ口を開いたままだった。
王様というのは暢気なものだ。
俺は地層の赤い所を指差す。
「ここが粘土層になります。熱する時に、砂利が含まれると爆発することがありますので、崖の上で混ぜてください」
「うむ、承知した。余分なものはできる限り取り除いておこう」
モノクルオークが近くの兵に端的に指示を出す。
「もう一つお願いがあります」
モノクルオークが細い目で、こちらを振り向いた。
しかし、以前のような疑いの視線はもうない。
「集めていただきました、糞尿にも藁を混ぜ合わせていただきたいのです。堆肥にして農家に譲渡すれば、糞尿問題も解決いたします」
モノクルオークが「わかった」と小さく告げる。
これで本日のタスクは、ほぼ9割が終わったと言えるだろう。
あと、もう一息。
俺は反物を小脇に抱えた。
再び、『万能地図』を立ち上げた。




