第十六話 共感同調とミラーリングで農夫の心を開かせます。
「佐藤はん!藁を手に入れるんちゃうんかったんか?もうすぐ昼になるのに、いつまでブラブラしとんねん」
白狐専務の項垂れた声が頭上から響く。
「見世物小屋を探しています」
「へっ?!な、なんでやねん!皿売れたんやろ!」
「皿が売れたことと、白狐専務が皿を割ったことに関係性はありません。責任は取っていただきます」
「この非道!悪魔!魔王!!」
白狐専務が頭上で暴れている。
特にダメージはない。
『万能地図』がなければ、少し移動が面倒になるので、これは冗談だ。
商業ギルドを出てから、木綿の反物と二リットルのエールを手に入れ、道具屋をいくつか回った。
人間・エルフ・ドワーフの職人がそれぞれ作った鉋を見たが、圧倒的にドワーフの技術が優れている。
しかし、値段の方も突出しており、現状の資金で建築用工具をすべて揃えるのは難しい。
ならば、行かねばならないだろう。
――ドワーフの里へ。
と言いたいところだが、目下の目的は藁である。
必要な情報は手に入ったので、そろそろ農場にでも移動しよう。
俺は『万能地図』を開く。
いざ、巨大農業地『オーレア平原』へ。
気合を入れてみたが、オーレア平原は王都アステリアとサフィア運河を挟んだ反対側に位置する。
さほど遠くはない。
実に合理的な都市計画である。
数秒の後、俺はオーレア平原の畦道に立っていた。
どこまでも続く麦の穂は、まさに黄金の絨毯と言えるだろう。
鼻につく水と大地の香り。
まさに大自然。
俺は大きく息を吸い込み、気合を入れなおす。
ここでのタスクは『藁』、できればもう一つ、新たな収入源を増やしたいものである。
収穫の時期らしく、農夫たちは忙しく働いている。
高く積み上げられた、まだ青草の香りが残る藁。
その合間を抜け、俺は目的のものを探す。
しばらく進むと穀物庫の隣に高く積み上げられた、黄金の『藁』を見つける。
発展途上のこの国において、これほど使い勝手の良い資源もそうそうないだろう。
俵型に成形された藁の束が綺麗に積まれている。
二つほど手に入れたいところだ。
「なんだい?あんた、見ない顔だね」
怪訝そうな声と共に、四十代くらいの農婦が話しかけてきた。
「初めまして、俺は佐藤健一と申します。少し藁を分けていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「あぁダメダメ帰んな」
玉砕。
「もちろん対価もお支払いしようと考えております。おいくらなら分けていただけますか」
「これは売り物じゃないんだよ。忙しいんだから、さっさと帰っておくれ」
農婦はすぐに、踵を返して立ち去った。
頭上の専務が声を殺して笑っている。
簡単に手に入ると思っていた藁の難易度がまさか『資金調達』以上だったとは……計算外である。
しかし、こんな事で諦める俺ではない。
いくら働き者の農夫と言えども、昼食は取ることだろう。
そこを狙ってもう一度交渉する。
さぁ農夫たちが休憩するまでの間に、俺がやるべきことは一つだ。
アプローチできる問題点を探し出すこと。
昨夜確認した、『オーレア平原』のポップアップ。
『オーレア平原
広大な農業地。
麦と大豆を作る二毛作が主流』
この場合『二毛作』がポイントになるだろう。
二毛作は一年で二回収穫できる、合理的な農業手法だ。
しかし、土は有限。
何もしなければ大地は枯れ、いずれ砂漠となるだろう。
プォーーーーン
ラッパの音が農業地に響き渡り、農夫たちが鎌を置いて伸びをする。
昼食の時間になったようだ。
さて、どうアプローチするべきだろうか……
農夫や職人とは、あまりかしこまって話さない方がいいだろう。
俺のような営業職に、不信感や嫌悪感を抱く人が多いのだ。
ここはあえて、ネクタイを緩め、上着を脱ぎ、腕まくりでもしてみよう。
営業スマイルではなく、親しみやすい人間の皮を被るのがベストと言えるだろう。
和気あいあいと話をする農夫たちの中に入っていくのは、至難の業なのだ。
さて、なんと声をかけるべきだろうか……
俺は農夫たちの作る輪の中に、進み出て、その場にどかっと座る。
農夫たちがそうするように、胡座をかき、服が汚れるのも気にしないといった雰囲気だ。
いわゆる『共感同調』と『ミラーリング効果』を期待している。
「こんにちは!俺は佐藤健一と言います。どうぞよろしくお願いします」
明るく通る声は、普段の五割増しだ。
農夫たちは、目を見開いたり、不審そうに睨みつけたりとさまざまな反応を返す。
「あんた、藁が欲しいんだろ? ダメだって言ってるじゃないかい」
先ほどの農婦だ。
この状況で話題を振っていただけるのは、大変ありがたい。
全力で利用させていただこう。
俺は眉毛を八の字に曲げて、なんとも頼りない表情を作りながら頭を掻く。
「いやはや、手厳しい!でも、俺もなんとしても『藁』が必要でして、どうにかこうにか、話だけでも聞いてはもらえんでしょうか?」
「なんでそんなに藁が必要なんだい?」
そう声をかけてくれたのは、すぐ隣に座る男だ。
農夫らしい焦げた肌に、目尻の笑い皺と太い眉毛が人の良さを物語っている。
「いやぁ実はですねぇ」
俺は頼りなさげに肩をすくめる。
鞄の中の白狐専務と目があった。
「あんた誰やぁぁ?!」
やはり見せもの小屋に預けるべきだったかもしれない。




