二度目の結婚式で婚約者を糾弾。
そして『二度目』の結婚式当日。
同じ聖堂で、もう一度私はエゼルと向かい合った。
この国で直接王と主従関係のある貴族の結婚式では、王がその結婚を保証する。
そして王都にいる宗教者の中で最高の地位を持つ大司教長が式を取り纏める。
貴族の結婚は宗教と王の権威、両方から保証され、結婚契約を誓約させられる。
そのためにこの国ではかつて、毒の杯を自ら呷る風習があった。
ただし、この毒は偽証、すなわち嘘をつかなければなにも起こらない。
しかし、もう王国ではその薬を作る製法は失われている。
ゆえに、ただの水や酒を注ぎ形式上呷る形だけが残った。
私が呷った毒はその杯に盛られたものだ。
「それでは両者、誓約と共に……」
「陛下、その前に一つよろしいでしょうか」
私は王の言葉を遮った。
「ルディア嬢、なにかな?」
一瞬、聖堂にいた貴族達が静まり返る。
中には興味深そうに私を見ている者もいる。
「私の毒殺を企てた男についてです」
王は怪訝な目で私を見ている。
横に立っている大司教長は、無表情だ。
エゼルは驚いているのか、驚いているフリをしているのかなんとも言えない表情だ。
「裁判なら後日正式に執り行うべきではないかな?」
「ええ。しかし、それでは殺人犯と結婚する事になってしまいます」
「それは……つまり」
「ええ。ここにいるエゼル・ライトレース様こそが私を毒殺しようとした犯人です」
王の目が驚愕に見開かれた。
会場がざわざわどよめく。
エゼルが不気味な目つきで私を見ている。
私が知る彼だったらこういう突拍子のない事態に、きっと狼狽していただろう。
もうあの頃の彼はどこにもいない。
ここにいるのはただの敵だ。
「ルディア、君が何を言ってるのかわからないな」
「いいえ。貴方にはわかるはず。思い出させてあげます。お父様!」
聖堂の扉がゆっくり開かれる。
私達が事前に手配した、3人の証人を連れてきたのだ。
エゼルがまた小さく笑った。
「勝手な事をされては困りますな。ここは神聖な場。貴族の裁判をする場ではない」
「大司教長の言う通りだ。ルディア嬢、これはいくらなんでも……」
「そうだぞルディア。場所を弁えて欲しい」
大司教長の言葉は正論だ。
ただ、それは伝統によって覆せる。
「そうでしょうか?結婚の誓いは真正かつ神聖なもの。私が求めるのは夫になる人が殺人犯でないと確かめる事です。今から愛を誓う夫に殺意がないか、確かめるのにこれ以上相応しい場はないかと存じます」
「どう思う?大司教長」
「確かに伝統に沿えば、夫になるものの不義をここで糾弾する事はむしろ本質的には正しいかと思われます。結婚の誓いは永遠かつ絶対の真正なものであるからです。前例はありませんが……しかし、結婚式で花嫁を毒殺される事自体が異例でして……」
「そうか。ふーむ……。では認めよう。しかし、ルディア嬢。もし間違いであったならば、それ相応の覚悟をして貰うぞ」
「はい。寛大な御沙汰、感謝します」
私は片足で跪き、感謝の礼をする。
まずは第一関門クリアだ。
「へ、陛下……受け入れるのですか?」
「エゼル卿、そなたが毒殺を企てていなければ何の問題もない話だ。逆に企てていたなら今、見過ごすわけにはいかない。今日の杯はライトレース家が用意したものであるがゆえに」
「くっ……」
エゼルの仮面が剥げてゆく。
まぁもうそこかしこでバレバレだったんだけど。
私は合図をし、証人を呼ぶ。
「ローレイズ伯、まさか公正で名高い貴方がこのような茶番に付き合うとは思いませんでした」
「私もあの柔和なエゼル卿が娘を殺そうとするなど、夢にも思わなかったよ」
「王陛下。大司教長猊下。こちらが私の用意した証人です。発言させてよろしいでしょうか?」
「許す」
「かまいません」
貴族達の目が不安と好奇に揺れている。
ここが第二関門だ。
エゼルの顔が怒りで歪み始めた。
私は証言を促した。
「私は掃除婦でございます。そこにおわすエゼル様が確かにこうおっしゃるのを聞きました『あの毒は高かったのに使えなかった』と」
「!」
「ありがとう。次の方お願いします」
「私は衛兵でございます。そこにおわすエゼル卿が確かにこうおっしゃるのを聞きました『これでローレイズは私のもの』と」
「うそだ……」
「……ありがとう。次の方」
「私は庭師です。そこのエゼル様が確かにこう言いました『あの女などもうどうでもいい。私にはあの方がいるのだから』」
「…………」
証言が終わった。
エゼルは押し黙っている。
彼はこれまで陰謀や術策など考えた事もなかったに違いない。
だから簡単にほころびが出た。
なによりも、多分彼の罪の意識が彼に口を滑らせたのだろう。
「エゼル卿。反論を」
大司教長が発言を促す。
エゼルは何かを考えているようだ。
……おそらく私の言わないで欲しい事を。
「ふ、ふふふ。そう確かに私は毒を盛りました。ええ確かに盛りました」
「な!?」
「なんと……」
「しかし、ただの毒じゃありません。『白の誓約』です」
ああ。
「そう。私は彼女の不義を疑い!そして突き止め!それゆえに『白の誓約』を盛ったのです!」
彼は言ってしまった。
「不義とは……?」
「あの小僧です!」
彼が指刺したのはロータだ。
「そう!彼はかつて、ローレイズ家に居候していたというではありませんか!そして、彼女に口づけをしたという話です!何人もの人間が二人が一緒に歩くところも見ております!だから私は愛を確かめさせて貰っただけの話です!」
「ふむ……。ルディア嬢、反論を」
「ロータスと不義を行ったというのはエゼル様の偽証です。彼がしたのは口づけではなく……この薬を使った治療です」
「薬だと……?」
私は懐から薬の瓶を取り出す。
瓶自体が遥か昔の技術で作られた特別な代物だ。
この瓶の中にあるものは、瓶を開けるまで決して劣化しない。
「そう『赤の祝福』です。大司教長様。もちろんご存知ですね?」
「勿論だ。『赤の祝福』は全ての『不義なる毒』から愛する他者を守る秘薬だ。ただ一つ。『白の誓約』を除いて」
「彼はこの貴重な秘薬の一本を私に使いました。その時、私の口から出た毒の血を吸い上げたのです。彼が言う不義とはその事でしょう。そして」
私は彼を見据えてはっきりと言った。
「これは彼が『白の誓約』を使っていない証拠です。私がこうして生きている事そのものが証拠になります」
「そ、そんな……いや嘘だ!そんなものは確証にはならない!証言も薬の話も!捏造したに違いない!」
「そうですか。ではエゼル様」
私はもう一つの瓶を取り出す。
中には白い溶液が入っている。
「こちらをお飲みください。そして、私の目を見て『私はやっていない』とおっしゃってみてください」
瓶を開け、少しだけ口をつける。
そして、私は彼の眼を見据えたまま瓶を彼に差し出した。
最後の関門だ。
「…………っ!!」
彼の目に動揺が走った。
唇が震えている。
彼は受け取らない。
私は知っている。きっとそんな強い人ではない。
……その時。
あの『視線』が彼を見ている事に気づいた。
王女ライゼリカ。
殺意に満ちた視線を送るのは、確かに彼女だった。
「!」
「え……?」
彼がその『視線』に気づくと表情が変わった。
ぼーっと暗い表情になり、まるで人形のように顔から生気が消えた。
いや……これは恐怖だ。
「貸してくれ」
『!』
彼は私から瓶を受け取ると、一気に飲み干した。
誰もがその唐突な行動に驚きを隠せなかった。
……ライゼリカ王女以外は。
彼は瓶を落とし、割れた。
ただ、私の時とは違う。
「な、なんともない……?」
「ロータス、本物の方を」
「本物……?」
ロータがひし形の金属の物体を持ってきた。
ちょうど二つの杯がくっついたような形になっている。
これが本物の『白の誓約』を使う時だけの、儀式用の杯だ。
回すと留め具が外れ、二つに別れる。
そして誓約が終わったら、また一つに戻すのだ。
「エゼル様。今度は最後まで私だけを見て誓ってください。私の事を愛してますか?」
私は『白の誓約』を二つの杯に注ぎ入れる。
これは計画にはない行動だ。
でも、彼にチャンスを与えたい。
彼の口から本当の事が聞きたかった。
「私はあの瞬間、毒を呷る最期の時まで、貴方を信じ愛していました」
私は『白い誓約』を呷る。
恐怖をごまかすため、唇を噛みながら喉でゴクリと胃に流し込む。
そして彼を見た。
「本当の言葉を聞かせてください」
そして彼に毒を手渡した。
「ル、ディア……僕は……」
彼は杯を受け取った。
そして、ようやく私の目を真っすぐに見た。
長い沈黙……そして。
「すまない……僕が、僕は君を殺そうとした。君を愛していたつもりなのに。すまない……」
彼は杯を落とした。
中の白い液体が、どこかへ流れてゆく。
「エゼル……本当の事を言ってくれてありがとう」
そしてさようなら。
ただ、私はもう一つ聞かなければならなかった。
「もう一つだけ。誰のためにこんな事をしたのですか?」
私は誰にでも聞こえる大きな声で尋ねた。
エゼルは顔を伏せる。
そして、そのまま指さした。
その先には……。
「私……?」
ライゼリカ王女がいた。




