23 ポジティブな僕は二択を示しネガティブな私は地獄を選ぶ
何度も言うが前提として、僕はもう禁呪は使えない。
ゆえに邪神は倒せない。
しかし封印自体はできる、そこに禁呪は必要ないからだ。
そう、封印には禁呪は必要ない。封印術はある程度の腕があれば誰にでも使える、一魔術に過ぎないからだ。対象が弱ってさえいれば、簡単に封じることができる。
「……」
また、邪神から黒い光が放たれる。僕はどうにかそれを回避するけど、もうそろそろ浮遊魔術を使うのも限界が近い。もう魔力が尽きてしまいそうだ。体もぼろぼろで、この状態でよく生きていられるなと自分で感心してしまう。
そしてこの状態だからこそ、僕にはとても都合が良い。
僕は残っている魔力を、魔術一回分だけを残して、あとは一気に使い切る。
「海水よ壁となれ! 光よ屋根となれ! 魔力よ像となれ!」
海水と光の目くらまし、そこにありったけの囮。
邪神相手では数秒の時間稼ぎにもならないだろうけど、それだけで十分だ。
だって僕はあとたった一回、魔術を使うだけなのだから。
「魂よ檻へと落ちよ。封印!」
そして僕は封印の魔術を、自分自身に使った。
「……」
嫌な夢だ。
せっかく私は気持ち良く、溢れる力を思うがまま振るえるというのに、ゴキブリのようなものが鬱陶しく周りを飛んでいる。そのゴキブリはとても怖くて不気味で気色が悪い。だから一刻も早く叩き潰したいのに、ゴキブリはしぶとく飛び回る。
嫌な夢だ。
まあ。私のようなネガティブな人間が見る夢というのは総じてそういうものなのだろう。
でもせめて。夢の中ぐらいでは幸せでいたいですと、私は性懲りもなく神に祈る。
どうせ祈りは届かないと分かっているけれど。
しかし。珍しく祈りが届いたのか。ふとゴキブリの姿が消え失せた。
良かった。これで気持ちの良い夢の続きを……。
「おはようございます! インさん!」
その声に。私は飛び起きた。
私は辺りを見回す。
何処までも闇が広がっている空間には他に何があるわけでもなく、ただ私がいて、そして目の前にはヨウがいた。
「……!? は!? え!? ここどこ!?」
「ここは邪神の中ですよ。インさん」
「はい?」
「インさんは邪神の器だったんです。今まではインさんの中に邪神が封じられていて、その封印が解けたので、今度はインさんが邪神の中に封じられているというわけです」
「はい?」
いきなり何を言ってるんだこいつは。というかその話が事実だとして。そこになぜヨウがいるんだ。
私の混乱しているであろう表情を見てヨウはにこにこと笑っている。
なんとなく。その不気味さが夢の中のゴキブリを思い起こして一層不快だった。
「僕としては、邪神を倒すつもりだったんですが、残念ながら力及びませんでした。まあ邪神を殺すと中身のインさんも死んじゃいますし、どちらにせよ打つ手なしだったんですけどね、あはは」
「はあ。そうですか……。それでヨウさんはどうしてここに?」
さっぱり話を飲み込めないが。私としては一番気になるのはその点だった。
こんなところでこんなやつと二人きりだなんて恐怖以外の何物でもない。
「はい、それなんですけどね。僕は、僕自身を邪神の中へと封印したんです。もうすっかり弱り切ってる僕を封印するなんて簡単なことでしたし、他者の中への封印は、インさんと邪神の関係から仕組みを考察できていたので割とどうにかなりました」
「え。なんでそんなことを?」
「それはもちろん、インさんと二人きりになるためです」
その言葉に。私はぞっとなって後ずさる。しかしこの不思議な空間には距離の概念が存在しないのか、離れようとしているのに一向にヨウの姿が遠ざかることはない。だが何故か、ヨウはその場から一歩として動いてはいないのにこちらにどんどん近づいてくる。
「ふ。二人きりになって。どうするつもりですか?」
「もちろんまずは子作りですよ! と、言いたいところですが……」
そこでヨウは一度言葉を区切る。そして顔に少し寂しそうな表情を浮かべた。
「考えてみたら、もしかしたらインさんは僕のことをあまり好きじゃないのかもって思うようになったんです」
そうだよ大正解だよ。
「でもそれは僕のいじけたネガティブな考え方で、やっぱりインさんは僕のことを好いてくれているんじゃないかとも思うんです」
違うよ不正解だよ。
「でも僕は、どちらにせよ大丈夫だって結論に達しました!」
「……はい?」
どうしよう。ヨウの言葉の意味が何一つとして分からない。
そんな私を置き去りにするように。ヨウは興奮しているようにまくしたてる。
「もしもインさんが僕のことを嫌いなら、それはそれで良いんです。ならきっと今この状況はインさんにとって不快で不快で仕方がないでしょう。だって大嫌いな存在がすぐ傍にいるんですからね! それなら、インさんは不快のあまり『目覚める』ので、邪神を封印することができます。その場合僕はどうなるのか分かりませんが、まあ消滅ということはないでしょう。インさんの中で生きられますし、可能な限り早くインさんと会話できるようにもしますしね」
「ごめんなさい。何を言っているのか分かりません」
「そしてインさんが僕のことを好いていてくれた場合。もちろん僕としてはこちらの方がずっと好ましいですよ! その場合は、僕とインさんはこうして邪神の中で一緒に過ごしましょう。まあ今は精神だけの状態なので子作りはできませんが、こうして毎日毎日一緒にお話しして仲を深めていきましょう。そしていつか、邪神と言えどもきっと寿命が尽きるときが来ます。そしたら晴れて僕らは自由の身です。その頃にはもう人類は滅びているかもしれませんけど、僕たち二人で新世界のアダムとイヴになりましょう! 素晴らしい人間であるインさんと、その素晴らしい子供たちと、そしてそこから学んで素晴らしい人間になった僕だけの、理想郷が待っているんですよ!」
「ごめんなさい。何を言っているのか分かりたくありません」
「あはは、まだ覚醒したばかりで寝ぼけているのかもしれませんね。まあ、とりあえず単純な話です。インさんが僕を嫌っているかいないか、ただそれだけの話ですよ。多分、その意思を強く示せば、事態はどちらかに動くはずです」
……え。さっきのヨウの妄言を聞く限りだと。私がどちらを選ぼうとも地獄が待っている気しかしないんだけど。
嫌いだと示さない方を選ぶと。考えるまでもない地獄だ。ヨウがお勧めするだけあっておぞましさのレベルが半端じゃない。どう考えても断固としてNOだ。
だが嫌いだと示すのもこれはこれで地獄だ。そうすると一生ヨウを魂の中? に抱えて生きなければならない。こいつなら早々にその状態で会話もできるようになりそうだ。そんな人生、考えただけでもおぞましい。
だがどちらも選ばねければ。選ぶまでヨウとここで二人きりなのだろう。そしてぐずぐずしていると邪神によって人類が滅んでしまって結果的にアダムとイヴ計画が始まることになる。
それなら。さっさと嫌いだと示すのが最良なのだけど。そうは分かっているのだけれど。それはそれで想像以上のおぞましい結果が待ち受けている気がしてしまうのだ。
「さあ、インさん。どうしますか?」
ヨウのまるで悪魔のような問いかけに。
私は悪質な契約書にサインするかのような気持ちで答えを口にした。
読んでくださった方々、評価・ブックマークしてくださった方々、本当にありがとうございます。
あと2話ぐらいで完結すると思いますので、今日中にはすべて投稿いたします。




