22 ポジティブな僕がネガティブになっても最後には笑いたい
ポジティブでもネガティブでもなく、フラットな視線で考えてみよう。
そもそも邪神は、どうして僕に執心しているのか?
歴史書によると、邪神は封印から目覚めると見境なく暴れるらしい。確かに前回の復活でもそうだったように思われる。
前回、僕がどうにか再封印したときのことだ。あのとき復活した邪神は、殺戮をしながら僕の国へと向かってきていた。これは、邪神に理性や知性が欠けていることの証明だ。
何故なら、もし邪神が理性的に生物の根絶やしを考えているとするならば、わざわざ他の国へ向かうという行動そのものがおかしいのだ。目覚めたその場から動かず、ただ先程のような黒い光を四方八方に放てば最も効率的に殺戮を行えるだろうに。
それをしなかったということは、そこまで考えているわけではなくただ本能のままに力をふるっているだけなのだろう。
「なのに、今の邪神は明らかに僕を狙っている」
僕が飛んでいくら距離を稼ごうと、大波を起こして隠れようと、光で目くらましをしようと、魔力で作った囮を撒こうとも、邪神は常に僕の方へと攻撃を放ってくる。あれにとっては羽虫のような存在でしかないはずの僕に、わざわざ狙いをつけてまで攻撃してくるのだ。そこには確実に何らかの「意思」がある。
「……多分、これはインさんの意思だね」
やはり仮定ではあるが、おそらくはそうだと思う。
邪神が目覚めたからといって、インさんが死んでいるわけではない。インさんという封印があったときにも邪神の力が漏れることがあったように、邪神が表出しているときにもインさんの何かが影響することは十分に考えられる。
つまり今は、邪神という存在によってインさんの方が封印されているという状態だ。
「まあ、多分そうだろうって話だけどさ」
でもあながち間違ってもいないはず。
約二年前、インさんが僕に手料理を振るまってくれたとき。
あのとき僕は、禁呪で世界中に不快な何かを見せてしまったことを謝罪した。でもインさんは、そのことをまったく知らないような顔をしていた。ポジティブな僕はそれを「知らないふりをしてくれている」とか「気にしていないふうを装っている」みたいに解釈して感動の意すら示したけど、今こうしてフラットに考えてみると、あれは本当に知らなかったのだろう。
僕のあの禁呪は、寝ていようが何だろうがむりやりに映像などを見せつけるものだから「知らなかった」というのは本来ありえない。なのに知らなかったということは、禁呪の影響をも防ぐ状態にあったということ。おそらく、あのときインさんは邪神の中で封印されていたのだ。
「つまり」
今も、インさんは生きている。
そしてその意思が邪神に影響を与え、それゆえに僕へと攻撃している。
「……ん? どうしてインさんが僕に攻撃を?」
僕だけを攻撃しない、というのならよく分かる。だって僕たちは仲の良い友人で、子作りの約束までしたのだから。
でも邪神は容赦なく僕に攻撃を続けてくる。そこに躊躇う様子は一切なく、むしろ明確な殺意すら感じる気がしてきた。
「あれ? もしかして僕ってインさんに嫌われてる……?」
……いやいや、まさかまさか。だってこの二年間ずっと一緒に過ごしてきたじゃないか。
でも、ポジティブを捨ててフラットに考えてみると、今までインさんは僕を避けるようにしていたり、話しているときの笑顔が強張っていたような気もしてきた。
そういえばインさんが邪神の器だったってことは、邪神の呪いで子作りできないという話も嘘ではないだろうか。邪神直々に呪いをかけたこの島の毒物がきかないインさんに、どこぞの旅人風情がかけた呪いが通用するとは思えない。
え、わざわざそんな嘘をついたということは、本当に僕との子作りを嫌がっていたってこと?
「…………いやいやいやいや」
落ちつけ僕。これはフラットではなくネガティブな考え方だ。さしもの僕もこの絶望的な状況に思考が引っ張られているのだろう。インさんが嫌がっていたのは気のせいだ。呪いの件も、インさんがそう勘違いしていたというだけだろう。自分が邪神の器と知らなければ、そのような呪いを信じるのも当然のことだし、うん。
話を戻そう。
とにかく、今もインさんは邪神の中で生きている。
ならば、この窮地を脱する手段が一つだけある。
インさんの中にある邪神を目覚めさせたように、邪神の中にあるインさんを目覚めさせれば良いのだ。
前提として、僕はもう禁呪は使えない。
だから邪神を倒すことは不可能だ。再封印のために弱らせる、というのも同じく不可能。
だがそれは「封印が不可能」ということにはならない。
インさんを目覚めさせることさえできれば、自動的に邪神は封印できるのだから。
そもそも、邪神の封印にも復活にも禁呪を使う必要はない。
とにかく弱らせてさえしまえば、封印は通常の魔術で行える。
そして復活の儀式はあくまで「邪神を呼び起こすために必要な物を用意する」というだけのこと。
邪神が好むような血を、生贄を、土地を、いわば邪神にとっての衣食住的なものを捧げて「これらをあげますから出てきてください」とお願いするだけのことだ。それに魅かれた邪神がテンション上がって表に出てしまうという話である。
それと同じように、インさんが好む何かを用意して、インさんの意思を強めてあげればこの事態を解決できる。
「……でもなあ」
この状況でそんな物を用意できるだろうか。
もう周囲には海しかないというのに。
用意できるとしたら、僕自身ぐらいなのだけど……。
「インさん! 子作りをしたあとは結婚式もしましょう!」
「……」
なんて言ったら、また黒い光が飛んできた。危うく頭が消し飛ぶところだった。
うーん、やっぱりお気に召さないらしい。本当に僕って嫌われているのかなあ……。
「インさん! 僕はインさんともっとお話ししたいです。もしも僕に至らぬ点があれば直しますので、良ければそれを教えていただけませんか?」
「……」
また黒い光。今度は残っていたもう一本の脚を持っていかれてしまった。
うう、やっぱり嫌われてる?
そんなまさか、ここまで嫌われているなんて思いもしていなかった。
いやでも、ポジティブな視点を捨てて考えるとどうにもそんな気が、いやいやこれはネガティブな考え方だ。フラットに、いや常にポジティブに物事を考えるんだ僕。
そう、インさんは僕を嫌ってなんかいない。これは邪神がただ暴れているだけで、インさんの意思はほとんど影響していないはずだ、うん。
それに、もしインさんが僕を嫌っていたとしても、それはそれで希望がある。
インさんを目覚めさせるには、とにかく強い感情を呼び起こせばいい。
それは好物による正の感情に限らず、強い憎しみや恐怖などの負の感情でもいいのだ。
インさんが僕を嫌っているとして、それならインさんが一番嫌がることは何だろう。
僕は「嫌がる」ということを感じた覚えがないからよく分からない
「……そういえば」
ギルドマスターは、あのいかにも男らしい風体なのに、ゴキブリが大の苦手だったっけ。
じゃあギルドマスターがゴキブリに対して一番嫌がったことは何だった?
寝る前に部屋の中でゴキブリを見つけてしまったとき? 叩き殺したと思ったゴキブリがまだ余裕で動いていたとき? ゴキブリは一匹いたら他に三十匹はいるという豆知識を知ってしまったとき?
……そうだ、あれだ。
ゴキブリが自分の方へと飛んできたときだ。
「これは、何とかなるかな?」
僕は、にこりと笑顔を浮かべた。
読んでくださった方々、評価・ブックマークしてくださった方々、本当にありがとうございます。
できれば今日中にもう完結まで投降したいと思います。




