21 ポジティブな僕もさすがにポジティブではいられない
「これは、大ピンチってやつだね」
ポジティブな僕も、さすがにこの状況ではそう言うしかなかった。
片腕片脚は吹き飛ばされ、お腹もざっくり裂けている。止血はしたが、既に結構な量の出血があったので頭がくらくらする。
浮遊魔法で飛び回るのも、魔力の量からしてあと一時間ももたない。
正直言って、絶体絶命の状況だ。
邪神を倒せる確証がなかったのは否定しないが、まさかここまで追い込まれるとは。
いや、とはいえ勝算はあったのだ。
大量の贄を使った禁呪の波状攻撃ならば邪神を消滅させられる可能性はあった。
だが、僕の一つの誤算ゆえに、その可能性は完全に潰れてしまった。
インさんが邪神の器だということに気づいていれば、もっと別の方法もあったのに……。
たった数分前の僕の失敗が、僕自身を責めるように頭の中に思い起こされる。
「これで良し、と」
無事にインさんを亜空間に収納することができた。あとは、ついに儀式を始めるだけだ。
「貢物として捧げる土地は、この島でオッケー。生贄は地下に埋めてるから、一緒にまとめて捧げられる。あとは、邪神の力を継ぐ者の血、僕の血だけだ」
僕はすぱっと右腕を切り落とし、どくどくと流れ出る血を惜しげもなく島の土へと振りまいた。
失われた右腕と血液は、即座に禁呪で回復させる。
うん、亜空間からの贄の取り出しはスムーズに行えている。これで戦闘の際にもたつく心配もない。
それにこれで贄を使った分、亜空間には少しゆとりができるだろう。インさんが潰れてしまわないように、というのもあるけど、それ以前に亜空間の容量以上に物を入れてしまうと亜空間が崩壊してしまうのだ。
結構ギリギリの量を詰めているから、実質的には容量以内であっても、取り出しの際に中身が揺れたり崩れたりしたらそのせいで亜空間が割れる恐れがある。大きな動物の胃の中に小さな動物を大量に詰めたりなんてこともしているので、その辺は注意しなければ。
「さて、それじゃあ早速儀式を始めよう」
もう準備は整った。あとは、ただ邪神の目覚めを願うだけ。
別にその願いを口にする必要はなく、ただ念じるだけでも良いのだけれど、僕はこの記念すべき日を心に刻み付けるためにあえて高らかに唱えることにした。
「忌まわしき邪神アルブムマルムよ、我が願いに応じ、その魂を眠りより覚ましその姿をここに現したまえ!」
邪神の出現と同時に戦闘になることを考慮して、僕は油断なく右手に黒い球体を、亜空間の出入り口を構える。
どこからともなく地鳴りのような音がして、次の瞬間、僕の右手は黒い球体の爆発により吹き飛んだ。
結論から言うと。
つまりはインさんが、封印された邪神そのもの、もしくはその器だったようだ。
おそらくは後者だと思う。
そもそも封印ということは、対象をどこかに、何かで、縛り付けなければならない。
その「どこか」というのがインさんの肉体で、「何か」というのがインさんの精神だったのだろう。口から同時に二つの言語が出ないように、一人の存在が二つの魂を同時に表出させることはない。多分、そうした仕組みでの封印のはずだ。
まあ、これはあくまで僕の仮説にすぎない。
ただ封印の仕組み自体はともかくとして、インさんが邪神に関する存在というのは確定だろう。
先程の、亜空間の爆発。
あれはつまり容量から溢れたことによる崩壊だ。
儀式によって目覚めた邪神の力の大きさ、あと単純に体の大きさのせいで容量を超えたのだ。亜空間の中で邪神が目覚めたということは、邪神がもともと亜空間の中にいたということ。僕が入れた何かが邪神の器だったというわけだ。
この島は邪神の呪いがかかった島だから、器がどこかにあったとしてもおかしくないと一瞬思ったけど、残念ながらそうではないらしい。
今、僕の目の前にいる邪神。島一つ二つを丸呑みできそうなその巨大な体躯から、確かにインさんの気配を感じるのだ。
「まさか、インさんが邪神の器だったなんてね……」
とはいえ意外だったというほどでもない。
暗殺者を木っ端微塵にしたり、体を再生させたり、その節は何度もあった。あれはインさんの肉体や精神という封印に傷がついたから、そこから邪神の力が漏れたゆえの結果だろう。
他にも例えば島の毒物を平気で食べていたのも、邪神の力のおかげだろう。この島の毒物は邪神の呪いによって生み出されたものだから、多分邪神の器であるインさんにも効果がなかったんじゃないかな。
「まあ、やっぱりこれも僕の仮説だけどさ」
当たり前だが僕はインさんではないし邪神でもないのだから、真実が分かるはずもない。
インさん自身は邪神の器であることを知っていたのかなとか、邪神の力を意識的に使うことはできたのかなとか、考えても詮無いことだ。いくら予想したところでそれは結局仮説の域を出ることはない。
確かなのは、こうして邪神が目の前にいること。
亜空間が爆発したせいで用意していた贄も全部消えたこと。
だから僕はもう禁呪が使えないこと。
邪神の攻撃で僕の体はもうぼろぼろなのに、そのせいで再生もできないこと。
当然禁呪による攻撃もできないので邪神を倒すどころか封印することすら難しいこと。
そんな絶望的な状況だけが、今ここにある事実だ。
「……」
邪神は何か声を上げるでもなく、無言でこちらに指を向けた。
向けた、ではなく向けようとした瞬間には僕はそこから離れ、直後、僕がいた場所を一筋の光線が通過していった。
夜の闇をも塗りつぶすような黒い光が、水平線の向こうへと流星のごとく走っていく。
あれは多分、どこかの国に着弾するんじゃないかな。気の毒だけど助かる人はいないだろう。数秒遅れて届いてきた轟音が、その予想を裏付けるようだった。
「さて、本格的にこれは、どうするべきかな」
僕は左手に渾身の魔力をこめ、邪神の眼球を狙い放った。
「天地開きし偉大なる神よ、我に白き力を。聖清光!」
純白の光が一直線に、邪神の眼球へと突き刺さる。
この魔術は、邪神 と対をなす善神アルボルの力を借りたもの。通常魔術の最高峰とも言えるものだ。
邪神にとっては最も相性の悪いと言える魔術を、僕の最大限の魔力で、どんな生物でも急所となる眼球へと叩き込んだのだ。これでダメージを与えられないようなら、もう僕に勝ち目はない。
普段の僕なら、この魔術が邪神に致命傷を与える図を容易く想像できるんだろうけど、さすがにこの状況ではそれは難しい。そして現実は予想を裏切ることもなく、僕の前にある図は、一切の傷もなくそれどころか苦痛すら感じていない邪神の姿であった。
「……」
「うわっ!」
また邪神が放った光線を、僕はどうにか回避する。
こうして浮遊魔法で飛び回るのも時間は限られている。魔力が切れればあとは海に落ちるだけだ。
どうにか人がいるところまで飛べれば禁呪に必要な贄が手に入るけど、そこまでは飛べそうにない。海からどうにか贄を、とも考えるけど、ろくに姿も見えない魚などを捕まえているような余裕はない。
邪神が僕なんかを捨て置いて、もっと人がいるところに向かってくれればどうにか策を講じられるのだけど、邪神はどうやら僕に執心しているようで、その攻撃の手を緩めようとはしてくれない。
「困ったなあ」
ポジティブな僕にしては本当に珍しく、この状況に希望を見出すことができなかった。
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