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20 ネガティブな私は嵐の前の静けさに怯えポジティブな僕は嵐の準備を終える



 日々の平穏(へいおん)を常に求めているくせに。

 いざその平穏が(おとず)れたとなったらそれはそれで不安になるのは私だけなのだろうか。


 私がこの最果ての島に来てから、およそ二年は経過したと思う。


 初めの(ころ)は色々とあったものの、ここ最近ではトラブルらしいトラブルが起きたことはない。


 島の珍妙(ちんみょう)な動植物にも()れたものだ。ヨウがすっかり()いならしたり管理下に置いたりしているので、あれらに危害を加えられる心配は一切ない。


 暗殺者の脅威(きょうい)ももはや無いも同然だ。いつ頃だったからかヨウがすべて対処してくれるようになり、今では私が暗殺者の姿(すがた)を見る前にことが終わっているというのが当たり前になっている。せっかく月一ぐらいでわざわざ来てくれるのだから姿ぐらいは見たいものだ。


 そして脅威と言えばそのヨウこそが最も恐るべき脅威ではあるのだが、これも気づけばすっかりおとなしくなってしまった。


 いつ頃だったか。あの子作り発言の後ぐらいからだ。


 私としてはあの後。いつヨウが夜這(よば)いに来るかと気が気ではなくてしばらくは眠れぬ夜を過ごしたというのに、いつまでたってもそのようなことはなかった。それどころかヨウが私と会う頻度(ひんど)徐々(じょじょ)()っていった。彼女は朝から晩まで島のどこかで動植物の繁殖(はんしょく)に取り組むようになったのだ。


 会うのはヨウが朝ログハウスを出発するときと夜帰って来るときぐらい。そのときに少しは会話もするが、せいぜい挨拶(あいさつ)()わしたり暗殺者が来ていたことを教えられる程度だ。


「このまま穏やかな日々が続いてくれればいいんだけどなあ」


 そう私は(つぶや)く。


 だが残念ながら本当にその通りになるだろうというポジティブな考え方は持ち合わせていない。


 いくらおとなしくなったとはいえヨウはヨウだ。あれがいつ突然何をしでかすかなんて分かったものではない。彼女はきっと何かを(たくら)んでいるだろうというのが私の考えである。


 とはいえ下手(へた)にそれを調べようとして藪蛇(やぶへび)になるのは(こわ)いので特に私は何をするわけでもない。ただ(おび)えているだけだ。


「今日も明日も平和な一日でありますように」


 無駄だとは分かっていても。私は神に祈りを(ささ)げることにした。






「やっと、準備が(ととの)った……」


 僕が島に来てから、今日で742日目。およそ二年だ。


 ついに、僕は邪神復活の儀式(ぎしき)の準備を終えることができた。


「もっと早く()ませたかったけど、思いのほか時間がかかったなあ」


 その主な原因は、儀式の生贄(いけにえ)に必要な暗殺者の頭数(あたまかず)がなかなか(そろ)わないことだった。


 当初よりも来る頻度(ひんど)が下がり、最終的には一か月に一人来るか来ないかというまでになったのだ。しかも来たからと言って必ずしも()()りにできたわけでもない。単純に僕が魔術の加減を間違えてしまったり、捕らえたけど目を(はな)したすきに自爆されたり、この島の瘴気(しょうき)や毒物によって死んでしまったりと、なかなか上手(うま)くいかなかった。


 ……そういえば島の動植物には毒が多いことをすっかり忘れていたな。僕もインさんもその点で(こま)ったことはないし。僕は魔術で(ふせ)いでるんだけど、インさんは毒に耐性(たいせい)でもあるのかな。やはり一流の暗殺者として(きた)えているのだろう。そう思うと生贄用の暗殺者さんたちは二流ばかりということになるので心配になってくるけど、その分、数は用意したので何とかなるだろう。


 まあ毒などについては最終的に、彼らの両手両足を切り落としてから、(くだ)で空気と水と栄養を送り込むようにしたらだいぶ上手くいった。だいたい20人ぐらいはログハウスの地下にそうして閉じ込めてある。


 禁呪の(にえ)にするための動植物の繁殖については、順調だ。もうこれ以上増やせないというぐらいには増やしつくした。どうせ贄にするからまともな生命活動はさせておらず、例えばゴリラなんかは洞窟(どうくつ)の中にぎっちぎちに詰めてある。(おく)の方や下の方に詰め込まれているゴリラはもうかろうじて生きているという状態だけど、まあ贄にするまでに死ななければオッケーだし大丈夫だろう。


 そして増やしたそれらを隔離(かくり)する方法については、これが一番苦労した。


 邪神の儀式の際にこの島は貢物(みつぎもの)として捧げてしまうから、このままでは島と一緒にあれらも持っていかれてしまう。だから一時的に隔離し、かつ邪神と戦うときに贄として使えるようにする必要があった。


 方法については色々(なや)んで、結局は禁呪で()空間を作ってそこに収納することにした。


 この禁呪自体が贄を大量に必要とすることになるから、できれば他の方法にしたかったけど、でもやはりこの方が確実だ。戦闘時にも即座(そくざ)に贄を取り出せる。


 魔術で海底を隆起(りゅうき)させたり、この島を複製(ふくせい)もしくは分割(ぶんかつ)・拡大して(あら)たに島を作るというのも考えたけど、邪神の攻撃で破壊(はかい)されたら元も子もない。何事も急がば回れというやつだ。()いては事を仕損(しそん)じると、ギルドマスターもよく言っていたっけ。懐かしいなあ。


「さて」


 いよいよ準備が整った。


 あとは、儀式を行い、邪神を倒し、呪いの()けたインさんと子作りをするだけだ。


「呪いがなくなったら、インさんは喜んでくれるかな?」


 おっと、そうそう、その肝心のインさんについて忘れるところだった。


 邪神との戦闘にインさんを巻き込むわけにはいかないので、もちろんインさんにも避難(ひなん)していただくことになる。


 ただ邪神の攻撃がどこにどう飛ぶか分からないので、インさんも亜空間に入れることにした。そっちの方が安全だろう。動植物たちでもう亜空間の容量はいっぱいいっぱいになるだろうけど、確かゴリラ一頭分ぐらいの隙間(すきま)はあるはずだからそこに入ってもらおう。どうせすぐに贄は()るから広さについては気にならないはずだ。


「よし。じゃあまずは動植物たちから入れていこうか」


 そういえばこれはこれで結構な時間がかかりそうだなあ。


 でも、頑張ろう。

 夢の実現はもう目前(もくぜん)だ。







「……今日はえらく森が(さわ)がしいなあ」


 私が朝起きてから今こうして寝床(ねどこ)につくまで。


 森の方からは獣たちの鳴き声が()むことなく(ひび)いている。


「あれ? 静かになった」


 と急に無音になったと思ったら。今度は何かがどさどさと地面に落ちるような音が連続して聞こえてきた。とても寝ていられないほどの振動(しんどう)までもが地面から空気から伝わってくる。しかも音はどんどんこちらの方へと近づいてくるではないか。


「え。何何何!?」


 私が(あわ)ててテントから出て(あた)りを見てみると。そこには。


 丸裸(まるはだか)となった島があった。


 文字通り草木の一本もなく。何の生物も見当たらない。ただの地面と岩となった島があった。


「あ、インさん、丁度良かった」


 と。ヨウの声が上から聞こえる。


 私が見上げると。そこには高く(ちゅう)に浮かぶヨウの姿。それと彼女の手にある黒い球体のようなものと、そこに吸い込まれていく何本もの木々。根っこについている土は球体には入らずに地面へと落ちていく。あの音と振動の正体はこれだ。


 正体が分かって良かった。なんて思えるはずもない。

 それ以上に不可解な光景が今まさに目の前には広がっている。


「な。何をしているんですかヨウさん!?」


「これから邪神を復活させるので、そのための準備です」


「な。何を言っているんですかヨウさん!?」


 いや本当に何を言っているのだ。邪神だって? 何故(なぜ)? どうして?


 いくらヨウが不可解で気色(きしょく)悪い存在であるとはいえ。ここまで意味が分からなかったことはなかった。

 そんな混乱する私に、ヨウがさらなる追い打ちをかける。


「インさんも、この中に入っててくださいね」


「は!?」


 疑問だらけで私はもうそれ以外に言葉が出ない。わけも分からず、気づけば私の体は宙に浮いてあの黒い球体へと真っすぐに吸い込まれていく。


 そして夜の(やみ)ではなく球体の黒が私の体を包む寸前。

 ヨウの声が聞こえた。


「子供の名前はインさんが考えておいてください」


 ……もう何が何だか分からない。

 その声に突き飛ばされるようにして私の体は黒い球体へと飲み込まれた。

読んでくださった方々、評価・ブックマークしてくださった方々、本当にありがとうございます。


感想等いただけたら嬉しいです。

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