19 ポジティブな僕とネガティブな私を知っている二人のある日の会話
「どうも初めまして、こんにちは。『安寧を尊ぶ黒』のマスターをしております。職業柄、本名は機密のため教えられないので気軽にテネブーとでもお呼びください」
と、黒豚の着ぐるみを身にまとった女は手を差し出しながらそう言った。
正体を隠すにしてはあまりにもふざけた格好に、対する男は特に何を言うこともなく、その無骨な手で握手に応じた。
「……『国を守る剣』のギルドマスター、ソル・プラララスだ」
ここは聖王国の王都中心部にある、『国を守る剣』の本拠地、その一室。
聖氷石で造られた立派な円卓の席を前にして、二人は席に着くでもなく立ったまま話し始めた。
「それで、テネブーとやら、一体何しに来やがった。お前の手紙にはちゃんと『勝手にしろ』と返したはずだ。それともわざわざ『結果』を教えに来たのか?」
「その節は素敵なお返事をありがとうございます。残念ながら私もまだ結果は知りません。今日はただ純粋に、お礼を言いに来たのです。そろそろ『国を守る剣』も落ち着いてきたころだろうと思って」
「……」
約二年前。邪神復活を発端としてヨウという少女が起こした惨劇は、『国を守る剣』に大きな爪痕を残していた。「神剣賜りし十八の勇」と呼ばれた幹部18名のうち14名が死亡した、というだけでも一組織としては大打撃であるのに、加えて世界中から「ヨウがしでかしたこと」についての非難が向けられたのだ。
淡々と残虐に人を殺す様をむりやりに見せつける。それがどれだけ多くの人を苦しめたことになったかは、ソルもよく分かっていた。戦慣れしている自分ですら吐気をもよおすほどだったのだから、一般人にとってはたまったものではなかっただろうと。
いくら邪神を封印するためとはいえ、いや結果的に邪神が封印されたからこそ言うのだろうが、ヨウを悪魔と蔑む声は各国からあげられた。
当然、責任の追及は所属ギルドの長であるソルにも、『国を守る剣』そのものにも向けられた。
そのごたごたのせいでギルドとしてはまともに活動を続けられるはずもなく、けれども苦労の末にどうにかやっとギルド再興の芽が出てきた、というところでのこのテネブーの来訪であった。
「礼を言われるような覚えはねえが」
「そう謙遜なさらないでくださいな。あなたはきちんと、ヨウ・プラララスを島流しにしてくれたではないですか。ヨウの処分については国々から色々と嘆願が出ていたでしょうに、その中から追放を選んで、かつあの場所に決めたのは他でもないあなたでしょう。私のお手紙に応えてくれたということでは?」
「別に、お前の頼みだけでそう決めたわけじゃねえ。追放しろだの処刑しろだの拷問しろだの色々とあったからな、あの島に送れば一まとめに叶えられるだろうと思っただけだ」
「でも、一まとめにする必要はなかったでしょうに。実際のところ一番多かった嘆願は『処刑』でしょう。わざわざそれを隠して『追放』にとどめるだなんて、なかなかお優しいじゃないですか」
「……何が言いたい」
「いえいえ。先程も申したように、お礼が言いたいのですよ。ヨウちゃんが人気のまったくない孤島に行ってくれたおかげで、私も心置きなくインを送り込めました。これでも私は平和主義者なので、他に犠牲が出るのを避けたかったですしね」
「イン……、手紙に書いてあった『邪神の子』ってやつか。そいつが、その邪神の器であるそいつが死ねば、邪神の力はこの世から失われて禁呪も使えなくなるって話は、本当か?」
「ふふふ、手紙ではぶっきらぼうな返事だった割には期待してるじゃないですか。そもそもヨウちゃんがインを殺せばそうなるって話を私が手紙で教えたから、それを知ったからこそ最果ての島に送ると決めたのでしょう?」
「先に質問したのはこっちだ」
「あらあら、随分その話を気にされるのですね。もう二度と関わりたくないと言っていたくせに。あの怖い怖いヨウちゃんのことは思い出したくもないのでは?」
「……」
ぎろり、とソルは鋭い目でテネブーを睨みつける。だが黒豚を模した被り物の表情が動くことは当然ない。おそらくはその中身も、眉一つ動いていないのだろう。
その佇まいに毒気を抜かれたのか、ソルは観念したように溜息を一つ零して、それからとうとうと語り始めた。
「……ああ、そうさ。俺はもう二度とあいつと関わりたくもないし思い出したくもない。あいつが俺のことを覚えているだろうと考えるだけで寒気すらする。だが、だがな、これでも俺は『国を守る剣』のギルドマスターとして団員であるあいつのことを気にかけてきたし、それに育ての親としてもそれなりの思い入れはある。あいつが俺とは関わりのないどこかで誰かと、普通の女として幸せに生きてくれるなら、それに越したことはねえんだよ」
そのために障害となるのは、ヨウの心が空洞なことよりも禁呪の存在にあるとソルは考えていた。
人外じみた力がその者自身を幸せにすることはない、というのが彼の持論である。
本当は普通の女の子だったはずなのにそんな力を持って生まれたから、人とは少し違う何かになり、その違いに苦しむことになるのだとソルはヨウにも説いたこともある。
かといって禁呪そのものを否定するとヨウのアイデンティティを崩す恐れがあったので、禁呪の使用を完全には禁じず、いざというときの使用に限り許していた。
その曖昧な対応がヨウの歪みを、ひいては邪神復活の際の惨劇を招いたのではと、ソルは今でも後悔している。結局人外じみた存在にしてしまったことを悔やみ、しかも同時に、その人外じみた存在となったヨウへの恐怖ももう覆らないほどに膨らんでしまっていた。
けれども、ヨウの幸せを今も昔も願っている。
そんな思いが先程の彼のセリフにはありありと込められていた。
そのソルの姿が、まるで「思春期の娘を理解できない父親」のようだなと、おかしくておかしくてテネブーは人知れず被り物の下で笑っていた。
顔こそ見えなくとも気配で気づいたのか、ソルは少々不機嫌そうに言った。
「お前の方は、インとやらに思い入れはないのか。わざわざ娼館から引き取って、何年も手元で育ててやったと手紙にはあっただろう。いくら『邪神の子』といえども、情の一つや二つは――」
「ありませんよ」
テネブーは即答する。
その表情がいかなるものかソルには分かるはずもないが、おそらくは無表情だろうと察していた。そう思えるほどに、テネブーの声は冷たい。
「私は世の安寧を求めています。だからこそ世を乱す者を誅する暗殺ギルドを作りました。そして、今この世で最も危険な存在はあのインです。あんなものが野放しになってて良いはずがありません。一刻も早く殺すべきです。しかし、あれを下手に刺激すれば邪神の力が暴走するでしょう。だからこそ私は、数年かけてあれに暗殺術という『枷』をはめてきました。その気になれば指を鳴らすだけで億千万の命を奪えるところを、わざわざ爆弾なり毒物なり使う手間を与えたのです。人はそこらの剣なり魔法なりだけで十分以上に簡単に殺せる相手だと、間違った知識を埋め込んだのです。おかげでかなり人間らしくなりましたよ、あの化物も」
「なら、最果ての島にその化物を送ったのはまずいんじゃねえのか? あそこは邪神によって呪われた島だろう。人間にとっちゃあ地獄だろうが、邪神の子にとっては快適な環境ってことにはならねえのか」
「自分のだろうが何だろうが糞は臭いし汚いし不快、ってことですよ。まあ、プラシーボ効果ぐらいは期待できるんじゃないかとは思ってます。自分を普通の人間だと思い込んでいる今なら、死んでくれる可能性も無きにしも非ず、とは思いたいんですがね。……ところで、一つお聞きしてもいいですか?」
「あ?」
「あなたはヨウちゃんには幸せになってもらいたいとか言っておきながら、私がインをあの島に送ることをよく許可しましたね。私としてはもちろんインがぶっ殺されるのが最高の展開なのですが、正直に言って賭けとしてはかなり分が悪いですよ。あれですか、あなたも実はそこまでヨウちゃんには思い入れなんて無くて、殺されてくれればせいせいするって感じなんじゃないですか?」
テネブーのその質問に、ソルは思わず吹き出してしまった。
「はっはっは、なかなかネガディブな考え方をするんだな、お前は」
黒豚の被り物の下でテネブーが怪訝な顔になったのがソルには気配で分かった。
その顔を想像するとどうにも笑いが止まらない。
そして次に、ソルはヨウの顔を思い出した。
自分が何かあって笑ったり泣いたりするたびに、幼いあいつは不思議そうな顔をよくしていたものだな、と。
「ふっ」
するとソルの笑みは、どこか疲れたような、諦めたような、しかし穏やかで清々しい笑みへと変わる。
そして、彼は言った。
「なんだかんだ言ってもだな、あいつはすごいやつだよ。ヨウならきっと邪神が相手だろうがどうにかするだろうなってな、父親の俺としては思っちまうのさ」
もう二度と会いたくもねえがな、と付け加えるころには、テネブーの姿はいつの間にやら消えていた。
読んでくださった方々、評価・ブックマークしてくださった方々、本当にありがとうございます。
感想等いただけたら嬉しいです。




