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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第八話・一目連
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「どうかしたの? 白ねぇ」

 放課後、瑠璃に『学校の帰り、稲妻神社に寄ってほしい』とメールを受け取っていた湊は、対面している秋玲に首をかしげていた。

「うぅ……ん」

「なんかすごく悩んでいるみたいだけど、もしかしてギャルソンのメンバーが薬で捕まったことと関係してる?」

 そう訊かれ、秋玲はちいさくうなずく。

「それが原因で聖子ちゃん朝から機嫌が悪いし、朝からそのことでワイドショーは盛り上がっているし」

「それは別に白ねぇが悪いわけじゃない気がするけど、でもわたしもパパさんから話は聞いてるよ」

 湊はジッと秋玲を見る。


「学校でも朝からそのことで話題になっていたけど、でも本当だったならその人は幸せじゃないかな」

「……幸せ? 警察に捕まったのにっ! なんでそれが幸せだって湊ちゃんは言えるの?」

 意外な言葉に、秋玲は思わず身を乗り出すようにして湊に詰め寄った。

「あ、あのね。ママさんがわたしと同じくらいの時に悪いことをした妖怪を懲らしめていたみたいなこと、白ねぇも知ってるでしょ? そういうのって、大半は心の弱い部分に付け込まれてしまったからだって」

「…………」

「でね、今回は逮捕じゃなくて、書類送検っていうところが肝なんだって」

 そう言われ、秋玲は疑問に満ちた目で姪孫を見据えた。

「書類送検って、被疑者を逮捕しないで捜査した事件や、逮捕しても留置の必要がないと認めて釈放した事件で、捜査書類や証拠物だけを警察から検察庁に送られたことをいうんだって。だから正確には悪いことをしたんだけど逮捕されたってわけじゃないの」

「いわゆる事件に関しての報告書を、警察側から検察側に受け渡されたことをいいますね」

 お茶と、漬けていた奈良漬けが入れられたタッパーを包んだ小さめのレジ袋を持って、厨房から居間へとやってきた瑠璃が、湊の説明を付け加えるように説明した。


「それじゃぁ、逮捕されたってわけじゃないんですね」

「そもそもそういうことがなければ不利になるのはどちらになります?」

「えっと……証拠とか証言を持っているのは警察だから、検察側?」

「でも裁判には弁護士もいるわけだし、警察がそれを教えないとなれば弁護士も不利じゃないかな」

「その両方ですね。警察がどちらかにつけばどちらかが不利になる。云ってしまえば『7』のない七並べみたいなものです」

「って、それじゃぁ七並べって言わないじゃないですか?」

 ギョッとした声で湊は瑠璃を見据える。

 そもそも七並べは、トランプの・クローバー・クラブ・ダイヤ・ハートの『7』を縦に並べ、その両端からひとつ増減された数字を複数人で出し合っていき、最終的に残った人間が負けという単純なルールだが、ランダムに渡された手札から出していき、持っていてもパスすることができる。単純なルールゆえ、重要なのは駆け引きであった。

 が、そもそも最初に出される『7』が出ていないとなれば、始まるものも始まらない。

「ですから、そういった不公平をなくすために書類送検が行われるんです。これは先ほど湊が言っていたとおり、被疑者を逮捕しないで捜査した事件や、逮捕されても留置の必要がないと認めて釈放した事件でも、事件という意味には変わりありません。ちょっとした盗難事故でも警察が調べた以上は書類送検をしないといけないんですよ」

 説明を聞きながらも、秋玲は、

「でも結局事件があったからそういうのが報道されたんじゃないんですか?」

 とたずねた。


「おそらくですが燈愛さんがやったのだと思いますね」

「燈愛さんって、事務所社長の?」

「社長自らそういうことをしたんですか?」

 信じられないといった表情で、湊と秋玲は瑠璃を凝視した。

「えぇ、それに私も湊の言葉に同意するところがありますね」

「瑠璃さんもそんなこと云うんですか?」

 秋玲は青褪めた表情で瑠璃を見据える。

「それでは聞きますが、もし純さんの命令で組員の人が人を殺したとします。純さんの心の拠り所であるあなたはどうしますか?」

 そう聞き返され、秋玲は黙りこんでしまった。

 実行犯は組員だが、それを命じたのは組長である榊原純だ。

 この場合、共犯という形と、首謀者という形で純は警察に逮捕される。

 秋玲は震える唇をこじ開けるように、

「……純さんに自首してほしいとお願いします」

 と答えた。

「それはどうしてですか?」

「だって……自分がやっていないって言っても、それを命令したってことは人を殺すっていう、そういう意思があったってことじゃないですか? 純さんがそういうことをするって、暴力団の組長であったとしても、私の知っている優しい純さんがそういうことをするなんて信じたくないけど、でも、もし裁かれないといけないことをしたのなら、それを戒めないといけないんだと思います」

 震えた声で秋玲は答えた。

 自分の中ではありえないことだ、信じたくないという気持ちがある。

 だが、それでも目の前で悪いことをしているのなら、たとえそれが家族であったとしても見過ごす事ができない。

 彼女の強さは、根本的な優しさはそこにある。

 庇うことがその人のためにはならない。

 隠蔽することが正しいというわけではない。


 怒られるべきなのだ。

 怒られなければいけないのだ。

 悪いことをしたという[自覚]をもたせるということは、それをして、誰かを傷つけるということを[自覚させること]にある。

 そのもっとも近く、理解させるのが怒るというしつけにある。


 怒る側も、本来なら傷つけたいとは思わない。

 だが、それでも相手を思うがゆえに怒るのだ。

 ただ自分の欲で叩いたとなれば、それはただの虐待に変わりない。

 秋玲と湊も、形は違えど両親から怒られたことはある。

 二人してあまりそういうことをするような人格ではないが、それでも怒られるようなことをすれば、当然怒られることはちゃんとあった。

 だがその倍以上に、自分を大切にしてくれている。

 温かいその手で抱きしめてくれている。

 それを実感しているからこそ、ふたりとも両親や人を、心の底から嫌いになることがなかった。


「燈愛さんも今の秋玲と同じ気持ちだったと思います。ですが彼女は間違いがあればそれを正してあげる道を選んだのだと思いますよ。疑心暗鬼というのは疑う心を持っているから、見えないものまで見えてしまうんです。それならば信じる心や、もし間違ったことをしていても正しい道に戻してあげることがその人のためということじゃないでしょうか」

 瑠璃にそう説法され、秋玲はちいさくうなずいた。

「湊ちゃんが言っていたことがわかった気がします。その人を思っているからこそあえて鬼になる」

「私も家族や知り合いの誰かがそういうことをしたのなら、自首を促す覚悟ではあります。まぁもっとも私の知り合いでそういったことをした人は人っ子一人いませんでしたけどね」

 それはただ単純に、無様な形で警察に捕まるよりも、瑠璃やその夫である拓蔵の逆鱗に触れることのほうが恐ろしいと、二人を知る人間のみならず、妖怪ですらそう思っただけなのだが、と湊と秋玲は思った。


 ♯


「はいOKですっ!」

 テレビ局にある収録スタジオの一角。そこに設けられたステージの上でアイドルグループ『ギャルソン』は曲の収録をおこなっていた。

「はい。ありがとうございます」

 リーダーである大谷英太が、スタッフひとりひとりに頭を下げていく。

「リーダーはいつでも謙虚だねぇ」

 大谷を茶化すように、阿部陸斗が彼の肩を叩く。

「謙虚は余計だ。周りの人に迷惑を掛けてしまっているからな」

「でもそれってえいちんの責任じゃないよね?」

 メンバーの中で一番小柄で、年下である中谷優人が、ステージの隅でペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲んでいる荒木薫に視線を向けた。それを合図に、大谷と阿部もそちらへと視線を向ける。

「おーい、かおるん。実際のところどうなのよ?」

「おい優人」

 荒木に声をかける中谷を、阿部が制止する。

「えぇいいじゃないっすか? りっちんだって気になるでしょ?」

「……たしかにそうだが、でもアイツこの前殺害予告のメールを貰ってるんだ」

「それだってもしかしたらアイツの自作自演かも知れないじゃない」

「好い加減にしろ。スタッフが呼んでいるぞ」

 大谷にそう注意され、中谷と阿部は「すみません」と頭を下げた。

 もちろん二人とてメンバーが薬をやっているという徹底的な証拠がない以上詰め寄ることはできない。

「済まないな薫。メンバーもお前が薬をしていないと信じているんだ」

 荒木に近寄り、大谷は彼に手を差し伸べる。

「……いや大丈夫です。――こういうことには昔っから慣れてますんで」

「そうか。オレはあまりそういうことに興味を持たん主義なのでな。社長はお前に光るところがあった。だからこそオレたちに紹介したんだと思うんだ」

 大谷にそう言われ、

「買いかぶりすぎですよ。リーダーも社長も」

 荒木は不貞腐れた声で言い返した。

「そうか? オレが思うにおそらく社長はお前が札付きの悪であったとしても、お前の歌唱力とダンスには眼を引く魅力があるから契約したんだと思うがな」

「そうですか?」

「あぁそれに今回の曲は激しいロックナンバーだ。年長の悩みでなぁ、若いお前たちについていくのが精一杯だ」

 それを聞いて、荒木はすこしばかりだったが信じられないといった表情で大谷を見た。


 フォーピース形式のダンスユニットであるギャルソンは、メンバー全員が歌唱を担当している。

 自分でもきつい部分ははっきり言ってキツイところがある荒木は、自分のことで精一杯であるはずなのに、リーダーである大谷はダンスと歌唱にゆったりとした余裕を見せていることを、一緒に踊っているからこそわかっていたのだが、本人についていくのが精一杯だと言われた手前、それが信じられないでいた。


「リーダー、かおるん。二人ともはやくこっち来て一緒に確認しよう」

「お前はいちいち叫ばないといけないのか? リーダーはまだ耳が聞こえない歳ではないぞ」

 すでに収録されたVTRを確認するためのモニターの近くに集まっていた中谷と阿部を見て、

「たとえどんな結果であったとしても、それに気付けなかったオレの責任だ」

 大谷は荒木の頭に手を当てる。

「すみません。以後気をつけます」

 と荒木はちいさく吐露した。


 〆


「アイドルを辞めた理由?」

 その日の晩、陽炎の能力でマスコミに邪魔されず、葉月が一人暮らしをしている部屋へと訪れた燈愛は、お茶を用意している葉月にそのことをたずねられていた。

「燈愛さんのマネージャーだった河本さんが一大決心して芸能事務所を起こして、燈愛さんがそちらに移るとかならまだわかりますけど、辞めた時期ってまだ燈愛さんちっとも人気に(かげ)りがあったわけじゃないのに、いきなり芸能人を辞めたし、事務所立ち上げに忙しいのと、私も警察官として忙しかったからお互いに連絡が取り合えなくて、ちゃんとした理由って聴いてなかったなって」

「うーん、理由を言うと呆れられそうなんだけど」

「燈愛さんが決めたことですから、いまさら私がいうことじゃないですから大丈夫ですよ」

 葉月はコーヒーカップをテーブルの上に置き、燈愛と対面するように坐った。


「引退する二年くらい前に、ちょっとインフルエンザにかかってね。その影響なのかどうか、今となってはもう確かめようがないけど、思った音程が出難くなったっていうのが理由かな。今は普段誰かと話す程度には回復してるけど。昔みたいに激しく踊ったり歌ったりすることってできないんだよ」

 話を聞くや、葉月はギョッとした表情で目を見開いた。

「えっ? でもあんまりそういう雰囲気じゃありませんでしたけど」

「まぁ聴いてくれているファンの人を心配させたくないって気持ちがあったから、騙し騙しの技術でやっていたんだよ。バンドの人達にお願いしてキーを半音落としてみたり、BPMをすこし下げたりして、できるかぎり負荷を掛けないよう気付かれない程度に。それでも耳が肥えた業界や音楽関係のスタッフには、私がムリをして歌を唄っていたことがバレていたみたいで、最期あたりに出した曲とか、あんまり高いノートがなかったでしょ?」

 そう言われ、葉月はうなずく。

 ノートというのは、筆記用具のことではなく、音符、転じて音階の事を言う。

 高いキーであればそれだけ喉に負荷を掛けてしまう。

「それに病院の先生にストップをかけられたというのが原因かな。もちろん治せばまだ歌えたんだろうけど、それが原因で喉を壊して喋ることができなくなったら元も子もないからね」

 訓練すればそれなりに対処法もできていくが、結局人間というものは老化に逆らう事はできない。

 新鮮な魚を卸す目利きが、目の病気に気づかず、引退するよりも、自分の目が悪くなったという自覚を持つほうが後悔はしない。

 音楽にとって、もっとも大事なことは脳の中に残る、音の記憶にある。

 頭の中にメロディーが流れるということは、その音が耳から脳へと、記憶として残っているからだ。

 普段何気なく聞いていても、ふと思い出したようにメロディーが頭の中に流れる。

 そうではなければ、耳が聞こえなくとも、[交響曲『第九』]という壮大な大曲を作り上げたベートーヴェンの脳裏に音の記憶がなければ、作り上がることはなかったのではないだろうか。

 楽器の音を覚えていたからこそ、頭の中でメロディーを作り上げ、楽譜(スコア)に起こせたのではないだろうか。

 余談だが、耳が聴こえないはずのベートーヴェンが、奏者が間違った演奏に気づき注意をしたというのは、意外に有名な話である。

 見た目は若くても、喉の酷使によって、声帯が使い物にならなくなった芸能人を燈愛は知っている。

 だからこそ、無理して喉を壊すよりも、頃合いを見て引退することを選んだのだ。

「もしそれが完治してあの時と同じくらいの喉を取り戻せたなら、アイドルを復帰するというお考えは?」

 コーヒーにいれた砂糖をかき混ぜていたティースプーンをマイク代わりに、葉月はそうたずねた。

「ありません。今は所属しているアイドルの成長を見るほうが楽しいよ」

 笑みを浮かべながら燈愛はハッキリと答えた。

 これは引退してからも、芸能事務所社長としての顔を持った燈愛がインタビューされても、曖昧な返事しかしない。

 彼女にとって聞くに堪えないつまらない質問だからだ。

 だが、相手はファンであり、親友である葉月だったからこそ、その素直な答えで返す。

 葉月はそれを見て、燈愛はそれを後悔していないのだと、長い付き合いのうち、言われずとも理解(わか)った。

 今、芸能事務所の社長として奮起している鮎川燈愛の瞳は、成長して自分の手元から旅立っていった自分や姉たちを見ている、どこその地蔵菩薩と雰囲気が近かったのだ。



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