伍
昨夜報道された、荒木薫による覚醒剤取締法違反に関して、マスコミは所属事務所である『ミーサーク』へと駆けつけていた。
「こちらはまだ報告を受けていませんので、話すことはありません」
と、齢五〇にかかろうとしているにもかかわらず、アイドル時代と然程変わらない美貌を持った、事務所社長である鮎川燈愛が、冷然とした態度でそう答えた。
「しかし、ギャルソンは今やそちらの稼ぎ頭。そのメンバーが薬で捕まったとなれば」
「たしかに覚せい剤処置の疑いで書類送検されたということは事実です。しかしだからといって見棄てるようなことはいたしません。事実無言であればなおよし、真実であればそれ相応の処置をするだけです」
燈愛はそう応えるや、スッと頭を下げ、事務所へと入っていった。
事務所は、燈愛が所属していた芸能事務所よりも明らかに小さく、古い貸しビルの、それこそ買い手のないテナント募集が付けられている薄暗いフロアの一角にある。
「しかし、大変なことになってしまいましたね」
燈愛がフロアのドアを閉め、マスコミが去っていくのを気配で探りながら、
「ありがとうございます。まさかこんな形で協力してくれるとは思っていませんでした」
と応接用にと設置しているソファに坐った少女に目をやった。
「ほかのメンバーも各自それぞれの仕事場に出ていますし、私の夜叉を通じて連絡を取り合えるようにしています。送迎はできるかぎり人に悟られないようしていますから、安心してください」
「しかし、お前が葉月とのあいだに信頼関係がなければ、我々が手伝うことではなかったのだがな」
ソファに座っている少女の背後に、二人の男女が立っており、燈愛にそう告げる。
「ですが、良かったのですか? 報道される覚悟があったとはいえ、彼を姓田巽刑事に紹介して」
「薫くんが実際に薬をしていたのなら、それは監督不行届で私も検査を受けましょう」
「つまり、やつが薬をしていたという真実があれば、それはお前の責任でもある……というわけか」
男性にそう言われ、燈愛は小さく頷く。
「熟、責任感の強い淑女だな。言っておくが、仮令にやつがしていたという事実であったとしても、お前の責任ではない」
「それでもそれに気付けなかった私の責任です」
「しかし、ひとつ腑に落ちないことがあります。まずどうして燈愛さんは荒木薫さんが薬をしているというのを知ったのですか?」
女性にそう訊かれ、
「この業界では、今も昔も薬というものが跋扈しているような世界です。表面は華やかでも、裏を返せば妬みや嫉みが渦巻いているような世界で、私もその世界を長い間見てきています。だからこそ私の目が届いている、自分のアイドルだけは守りたいと思うんです」
と燈愛はきっぱりと応える。
「それがこれか……たしかに反応がなければ白になるが――」
怪訝な表情で男性は燈愛に視線を向けた。
「高山さんが言いたいことはわかります。ですが、悪いことをしたのなら素直に謝る。子どもでもわかるようなことを大人は耳にタコができるくらい教えるのに、その大人は示さない。大人の世界に綺麗事なんていうものは通じませんけど、だからといってそれを私が見失ってはいけないと思うんです」
「たしかに、海路を彷徨う船に船着場を教えるはずの灯台が光を照らさないというのは不安以上のなにものでもないですね」
男性……高山の横に立っていた女性――徒槻燈花が苦笑を見せる。
「ですが……その結果、黒であった場合はどうするんですか?」
「それは覚悟のうえです。監督不行届であった以上、世間のバッシングは快く受け入れるつもりでいます」
「覚悟のうえ……か」
高山はソファに坐り、お茶を飲んでいる少女に視線を下した。
「こいつの能力に頼ったのは、できるかぎり件のメンバー以外がマスコミに捕まられないためか」
「今はまだ半信半疑ではあってもメンバーが薬で捕まっていますからね。マスコミに接触しないようにとは思いましたけど」
燈愛も、片目を瞑りながらその少女を見やる。
「聖子ちゃんが好きなアイドルだから……彼女が傷付くの見たくない」
と、少女……陽炎は小さく、つぶやくように言った。
「人見知りであるお前が、妙に協力的だったのはそれが理由か。まったく……」
呆れながらも、いやだからこそ自ら協力を買って出たのだなと、高山は頭を抱えた。
「それで、わたしたちをここに呼んだのはまた別のことではないのですか?」
燈花がそう燈愛に問いかける。
「はい。昨日葉月ちゃんに教えたことですけど」
「例の……殺害予告があったメールだな」
「メールを送ってきたファンの子はすでに死んでいますし、そもそも送れるような状況じゃないのはわかっています。それに結局はデマだったので表向きはホッとしてるんですけど」
「本心では気味が悪いということですか」
燈花にそう聞き返された燈愛は、応えるようにうなずいてみせた。
「それでお前は葉月に相談を持ちかけた。しかし……お前も知っているだろうが、葉月の能力である『写真に写った遺体が最後に聴いた音を聴く』という能力は、大人になるに連れて薄れてしまい、今ではほとんど聞こえなくなってしまっているのだ。やつとていつまでも子どもではない」
「わかっています。葉月ちゃんだってもう立派な警察官だってことくらい」
「もし誰かが摩り替わって悪戯目的でやったという可能性もあるのでは?」
「……それも考えました。警察にお願いして、公式サイトにあるファンクラブ限定のページに入るパスワードなどを、ご遺族の方が知らないかを聞いてもらいましたが」
「誰も知らなかったということか。となれば誰かが盗みとったと考えられるが……いや、それもあまりないか」
高山はすこしばかり唸る。
「それはどうしてですか?」
首をかしげるように、燈花は高山を見た。
「そのサイトはかなりの厳重管理でな。ログインするにはプロバイダIPの管理もしているんだ」
「つまりファンクラブ限定のページに行くには、必要なログインIDとパスワードと家のプロバイダIPが管理されているということですか?」
「はい。ファンクラブ限定とはいえ、パスワードなどが盗まれる危険性ありますし、それが原因で悪戯目的の書き込みがあってはいけないと懸念して設定されています」
「なんともはや」
そこまでするものかと、燈花は感心してしまった。
「だが、その結果が今回の事件だ。遺族の誰も限定ページに行ける方法を知らない。となれば盗まれたとかんがえるのがベタではあるが――」
「プロバイダIPも管理されている以上、その盗みにによるものも考えられ難い……しかし、それはある意味不便なのでは?」
「たしかに、プロバイダといえばパソコンを通じてのことだ。今や高性能のスマホがあたりまえだからな。それでログインした可能性も……いや、これも考えられ難いことだな」
と、高山は自分の考えをもみ消した。
「どうしてですか?」
怪訝な表情で燈花がそうたずねた。
「SIMカードに登録されているIDだ。まさかとは思うがそれも管理しているのか?」
その問いかけに燈愛はうなずいてみせた。




