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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第七話・頽馬
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 刑事部に戻ってきた岡崎と飯塚は、急ぎ(ゆえ)がいる鑑識課へと足を運んでいた。

 和泉結愛が所属しているファッション雑誌の編集部で彼女の机を聴き込みでわかるや、机の上に置かれた付箋をくすねてきたのである。

 ただしDNA鑑定ができる和泉結愛の髪の毛は見つからなかった。


「上一枚だけですけど、大丈夫ですか?」


「上出来。紙を剥がす時に自然と下の紙も抑えないといけなくなるからね、当然彼女の指紋も付着しているはずよ」


 (ゆえ)は早速指紋鑑定をするため、受け取った付箋を指紋鑑定する。


「といっても、結果が出るのは一時間くらいするだろうけどね」


「それから和泉結愛さんの昨夜のことですが――」


 これに関しては、喫茶店で葉月たちが聞いたことと同様であったため省略する。


「……ということは、被害者を最後に見ているのは必然的に彼女になるってわけか」


「そういうことになりますね。さっき大宮警部補から連絡があって、これから交通課の群岡さんに連絡して、道路に設置されている防犯カメラの確認をしてきます」


「できればコンビニに立ち寄った時間も調べてほしいわね」


「わかりました。ですが車の中に指紋は見つかるんでしょうか?」


 飯塚は眉をしかめ首をかしげる。


「あら? 別に車の中ひっくり返して調べるわけないでしょ? 車の中で必然的に触れる場所が二箇所あるでしょ」


 そう言い返され、飯塚はアッと声を上げた。


「助手席のドアノブとシートベルトですね」


 飯塚がそう答えるや(ゆえ)はうなずく。


「それからもうひとつ、被害者が飲んでいたとされるカップドリンクの側面とフタ。被害者以外の指紋が出てきたら一発でアウト……とはいかないでしょうね」


「さすがに指紋が出ることは考えているでしょうから、手袋をしていた可能性もあるということですね」


「しかも車の中には布の生地があった。その生地を使って指紋をつけないようにしたことも考えられる」


「ですが、それなら他の指紋がつく場所も拭けばいいのでは?」


 飯塚が片目をつむり、訝しげに聞き返した。


「和泉結愛が被害者の車に乗って帰宅した。これはさっき大宮警部補からの連絡にあったし、警備員が昨夜二人で出て行ったという証言もあった。それなのに彼女の指紋が見つかっていないというのはいささか不審になるだろう」


「逆に言えば、被害者の車に彼女の指紋があることは彼女にとってアリバイになるってこと」


 それを聞いて、岡崎と飯塚はそれこそ狐につままれたような表情で(ゆえ)を見た。


「ある意味諸刃の剣みたいな状況だけどね。もし毒入りのカップドリンクに誰の指紋が検出されなければ彼女は毒を入れた。被害者だけの指紋しか出なかったら彼女は毒を入れていない。彼女の指紋も検出されたらその両方の可能性が出てくる」


「可能性が極端すぎません? 十中八九和泉結愛が犯人だと言ってるじゃないですか?」


 飯塚はそう言い切る。


「その残り一割で冤罪になる可能性がある。さっきも言ったけどカップドリンクに指紋があるかどうかで捜査に進展があるかどうかだから」


 (ゆえ)は岡崎に視線を向ける。



「……ところで飯塚刑事? あなた黒川拓蔵っていう人物は知ってるかしら?」


 そう訊かれ、飯塚はすこし思い出すように、


「えぇ名前は聞いたことがあります。たしか二十八年くらい前に警察をやめられたとか。公安にも所属していたようですね」


 そう応える飯塚を、(ゆえ)は表情を変えずに聞き取る。


「その人がどうかしたんですか?」


「……いえ、なんでもないわ」


 (ゆえ)はふたたび視線を岡崎に向け直し、


「ほかにも調べないといけないことがあるでしょ」


 とたずねた。


「これから被害者の交友関係をと思っています。今のところ犯行に近いのは和泉結愛さんではありますけど、急がば回れですからね」


 岡崎は飯塚の肩をたたき、一緒に出て行った。



「……アニラ」


 (ゆえ)はそう視線を向けながら言う。

 そこには十二神将の未神であるアニラが、忠治たちが集めてきた捜査資料の整理をしていた。


「現役公安部所属刑事の詳細は、たとえ同じ警官であっても教えてはいけない」


 アニラは(ゆえ)がなにを聞きたいのか、岡崎たちとの会話で察しそう口にする。


「ですが拓蔵さんが公安にいたことはほとんどの人が知ってますけど」


「もともと拓蔵さん自身そういうのに興味がないというか、秘密裏に動くという公安の規則事態を疎ましく思っていた節もあるからね、まぁそれで相手が油断していたとも言えるけど。ただ、彼が公安だったことを知っているのは、私みたいに昔からここに所属している刑事くらいでしょ? まぁあなたは警察署からの異動だけど」


 (ゆえ)は眉をしかめ、不服な声で言い返した。


「葉月ちゃんは身内だから知ってるけど、飯塚刑事がそのことをどうやって知ったのか」


「私の夜叉を警務課に忍ばせて飯塚刑事のことを調べようとはしましたけど、それが妙なんですよね」


「……妙って?」


「ノンキャリアは警察学校に通いだした時点で巡査という扱いですし、警務課の人事資料に登録されているはずなのですが、彼女の年齢を考えると『八年』ほど前に入っているということにならなければ計算が合わないんです」


「それはそうね。高校を卒業してからじゃないと入学試験も受けられないし」


「いえ、そうではないんです。それに加えて公安にいた時期を入れてもたった八年で刑事部に所属しているというのが疑問でして」


 アニラの報告を聞きながら、(ゆえ)はふと葉月の年齢を思い出す。



 葉月は次の八月にある誕生日で三十二歳になるとはいえ、今現在巡査長止まりというのはいささか野心がないともいえるが、葉月自身は昇級しようという気持ちはさほどない。巡査長という階級自体はなく云ってしまえば名誉階級である。

 それでも警察官になってすでに十年以上は経っているにもかかわらず下から二階級の位置にいることは、昇級試験よりも目の前の事件に集中していたとも言える。

 葉月や忠治、岡崎のような地方警察官……いわゆるノンキャリアの警察官の階級はよくて警部止まり(最終的には警視正まで昇級できるが、年に数名いるかどうかとされている)で定年を迎えるのは、昇級試験を受ける以前に、担当捜査している事件のほうが大事だからであった。



「それから飯塚刑事が国家試験を合格していたという記述もありませんし、もしそうだとしたらまず階級的におかしいですからね」


「そういえばキャリアって初階級が警部補からだっけ? ろくすっぽ足を使っていないくせに捜査権限があるし、上から目線というのはねぇ」


 片眉をしかめながら、(ゆえ)は愚痴をこぼす。


「そういう意味ではうちの班はどことなく自由って気がしますね。普通瑠璃さんに事件の助言をしてもらうとかできませんし」


「……っ、もしかしてそういうこと?」


 何かに気付いた(ゆえ)はすこしばかり怪訝な表情で唸る。


「どうかしたのですか? 月光菩薩さま」


「大宮くんたちの班にそれこそ身内の葉月ちゃんが班員になっていること自体が妙な気がしていたのよ。普通は離されるのだけど」


「まぁたしかにそうですね。といっても彼女は昔から忠治くんや阿弥陀如来さまたちの手助けをしていましたから、警察官になったと聞いた時は多分一緒になることはないだろうなと思ってましたが」


 警察官の身分捜査をしているのであれば、そうなることは必然的なことである。


「それなのに一緒の班になっている。アニラ、その警務課で人事担当をしている警官について調べてくれない?」


「わかりました……それと引き続き飯塚刑事の詳細についても捜査いたします」


 アニラはスッと立ち上がり、周りに(ゆえ)以外の警察官が出張らっていることを確認するとその場で姿を消した。



「……と、現在はそういう状況となっております」


 稲妻神社の母屋の居間からすこし離れた部屋にある、拓蔵の仏壇にあたる御霊舎(みたまや)の前で瑠璃は高山と燈花から、道命寺敬真とその産みの母親である和泉結愛の現在の状況について話を聞いていた。


「では、忠治くんと葉月たちが調べている事件の被害者である橘保昌は過去に和泉結愛さんがやったことをどこかで知ったということでしょうか?」


「和泉結愛が橘保昌を殺すとしたら……理由としてはそれが当てはまるだろうな」


 高山を見据えながら、瑠璃は御霊舎を一瞥する。


「拓蔵さんだったらどう申されるだろうかと思いましたか?」


 燈花にそう指摘されたが、瑠璃は否定するように頭を振るった。


「いえ、彼だったらこう言うだろうなと考えていました。それに和泉結愛さんの息子が、拓蔵を殺めてしまった道命寺敬真だということを彼女自身は知らないはずでは?」


 瑠璃は確認するように高山たちを見据える。


「和泉結愛が子供を棄てたとうことは彼女以外は妊娠をしていたことに勘付いていた人物くらいだろう。その後、道明寺康永という人物が竹藪で泣き叫んでいる赤子に気付き、育ての親として敬真をいままで育てていたことを彼女は知らなかったと考えるべきだが」


「それ以外だとすれば、和泉結愛さんが子供を棄てたという非人道的な行いを咎められたと考えるべきでしょうか?」


 燈花は御霊舎を見据える。

 御霊舎は神社の本殿や摂社と同様、亡くなった人を祀るためのものである。そこにはまるで誰かがお猪口に波々と熱燗を注いで、それこそ自分たちの話を肴に呑んでいるような気がしていた。


「もしそうだとして、彼女はその編集部で副編集長をしていたのでしょ? 被害者が週刊誌のパパラッチだということはなにかしら耳にはしていたのではないでしょうか?」


「それが妙な話でな、アニラの夜叉が岡崎刑事と……例の飯塚刑事がその編集部で聴き込みをしていた時、誰一人とて被害者をよろしく思っていなかったそうだ」


「被害者は元週刊誌のパパラッチ……下手をすれば自分がやったことをリークされて、他の部所に飛ばされるとでも思ったのでしょう」


 特に悪いことをしていないのならば気にすることはないのではと瑠璃は思った。

 が、逆に言えば殺される可能性はおおいにあったとも言える。


「しかし人というのはそういかないものだからな。現に拓蔵を殺めてしまった少年……道命寺敬真のこともある程度は調べていたそうだ」


 それを聞くや、瑠璃は高山を睨みつけた。


「拓蔵が殺された事件の犯人については口外されることはないと信じていたのですけど?」


「これに関しては波夷羅や当時強殺の捜査に出ていた警官たちにもこちらに来る前に聴いてまわってはみたが、誰一人とて口にはしていないと言っていた。ならば別のルートでそれを知ったという可能性が出てくる」


「別の……ま、まさか――当時事件があった郵便局で強盗に巻き込まれた客がそのことをリークした?」


 唖然とした表情で瑠璃は言い放つ。


「可能性としてはそのほうが納得がいきます。ですがその事件については少年法に基いて、その少年の名を伏せることと同時に、拓蔵さんと瑠璃さんの考えを汲んでできるかぎり秘密裏にしたいことでしたからね。『八〇代の老人が襲われて殺された』という曖昧な表現を(もち)いて、新聞や週刊誌の記述に留めることはできましたが」


 『襲われて殺された』。これなら文章的に拓蔵が少年に殺されたというよりは、強盗犯の手によって殺されたと読む側は解釈できる。


「しかしなぜ今頃になって? 事件があったのは十年も前の話です。それに拓蔵自身は彼を止めようとしていた」


「突然、強盗事件に巻き込まれたとはいえ、拓蔵はれっきとした元警察官だ。犯人を説得していたが逆上したさい交戦することとなっていたと、その事件を調べていた警官たちが波夷羅に報告しているそうだ。おそらく少年は飛ばされた拳銃を手に持ち震えた手で誤って撃ってしまったということになる。ただ右胸に撃たれたとなれば最初助かると思っただろうが、拓蔵は右胸心であるからな」


 瑠璃はそれを聞いて、かつて彼がしたことを思い出す。


「年寄りの冷や水とはこのことを言うんでしょうかね」


 ふぅ……と、ため息混じりに言葉を零す。

 が、それは唖然とした表情ではなく、彼ならそうするだろうというあきらめと納得といった表情であった。


「大威徳明王、ひとつお願いがあります」


「なんだ地蔵菩薩」


「あなたや摩虎羅の夜叉を使って、道命寺敬真が事件当時どこにいたのか調べてくれませんか」


 瑠璃がそのことをお願いした時だった。



「えっと、道命寺先輩がどうかしたんスか?」


 障子戸から雅の声が聞こえ、瑠璃たちはそちらを一瞥すると、雅が障子戸を半分ほど開けた状態で部屋を窺っていた。


「聞いてましたか?」


「いや、瑠璃さんに確認したいことがあって、弔問客の人たちは拝殿に案内すればいいのかなって」


「そのとおりで間違いはありませんけど……それより私たちの話をどこまで聞いていましたか?」


 瑠璃はジッと雅と、そのうしろにいる湊と紗姫を見つめた。


「えっと道命寺先輩が事件当時どこにいたのかってあたりからですね」


 ということはつい先程ではないかと、瑠璃は安堵の表情を浮かべる。


「事件は昨夜二十一時ごろに起きたのだが」


「それだったらまだバイトに出てましたよ。オレもその日夕方五時から晩の十時までシフトが入ってましたから」


 それを聞いて、燈花は高山の表情を見る。


「その時、この女性がお店に来なかった?」


 燈花は懐から一枚の写真を取り出し雅に見せる。和泉結愛の写真であった。


「あぁたしかに来ましたよ?」


「それって何時くらいの時だった?」


「えっとたしか八時前だったと思いますよ」


「あの、それだったらレシートが残されているはずだと思いますけど」


 紗姫が首をかしげ、高山にたずねた。

 高山たちが事件の捜査をしているというのは話を聞く限りそうなのだろうとわかったのだが、それなら考えられることとして財布なりにレシートを入れているものだと思ったのである。


「あっと、多分会社の経理で落とすとかだったらレシートとか領収証の発行が必要だけどそういった様子もなかったからなぁ。それにレシートを受け取っても財布の中に入れたのかっていう保証もないぞ」


 紗姫の疑問に応える雅の言葉に対して、高山は、


「そうなるとコンビニで買い物をしていたという証明にはならないが、被害者と一緒にいた女性が防犯カメラに映っていた可能性はあるだろう」


 と皆に言った。


「警察からの要請なら見せることはできるかもしれませんけど」


 雅がそう口にした時であった。



「それだったら十年祭が終わった後にでも見せてほしいかな」


 うしろから声が聞こえ、雅たちはそちらに視線を向ける。

 そこには忠治と葉月の姿があり、瑠璃や高山、燈花の三人にちいさく頭を下げていた。


「あら? 二人とも今日は来れないと聞いていましたけど?」


 首をかしげるように瑠璃は葉月と忠治を見据える。


「いえ雅くんにすこし聞きたいことがありまして……と言っても廊下を歩いている時にみんなの話し声が聞こえて、こちらが雅くんに聞きたいことをすでに話していたみたいですね」


 忠治が苦笑を浮かべ、高山と燈花を見据える。



「それからさっき(ゆえ)さんから連絡があって、助手席側のドアノブとシートベルトに付着された指紋と、毒が入っていたカップドリンクの側面から検出された指紋から和泉結愛さんのものだと判明されました」


 葉月の報告に、高山は雅を見据える。


「さて、どう考える?」


「普通に考えるとその和泉結愛さんが車に乗っていたっていうことは、まぁオレはコンビニでその二人を見ていますから間違いはないと思います。でも……カップドリンクに被害者の指紋が出ていないっていうのはどういうことッスか?」


 雅は葉月に視線を向け、そうたずねた。


「あら? どうしてそう思ったの?」


「それは私も思ったよ葉月叔母さん、どうしてカップドリンクから出てきた指紋が『ふたつ』じゃないの?」


 湊と紗姫が不信感を募らせた目で葉月を見やる。


「事情を知らない彼らとて、毒を盛られて殺されたとなればそのドリンクが入ったカップの側面にはふたつの指紋があるものと考える。加害者の指紋がないならば指紋を拭きとった。だが逆に被害者の指紋が検出されていないというのはいささか疑問になる」


 高山が葉月に問いかけようとした時、


「それがどうも月光菩薩さまも疑問に思っているみたいでね」


 と十二神将の一人であり、忠治の班員であるアニラが雅たちの前に姿を現した。



「ま、また出た」


 初対面である紗姫は震えた声で、それこそ淡藤色の顔でアニラを見据えた。


「また出たって……どういうこと?」


 いきなりそう言われアニラは困惑した表情を浮かべる。


「あぁ多分、前に皐月さんと道端で会った時に目の前に毘羯羅さんが出てきたことがあって」


「そういうこと。まぁいきなり出てきたことに関しては謝るわ」


 雅の説明に納得したアニラは忠治に視線を向け直した。


「被害者の指紋が検出されなかったのはどういうことですか?」


「それが妙でしてね、交通課の群岡班からの報告では死亡推定時刻が事故の通報があってから五分前のことで、死因は脳挫傷だったの」


 それを聞くや、最初に異論を唱えたのは葉月だった。



「カップドリンクにはヒ素系の毒が検出されているはずですよね? それなら死因は毒物によるものになるんじゃ?」


「でも葉月ちゃん、あなた車内を隈なく見ているの?」


 聞き返され、葉月は反論することなく素直に首を振った。


「もしかしてカップがひとつしかなかったってことッスか?」


 雅の質問に対して、アニラは応えるようにうなずいた。


「雅くんが見たその二人が夜食を買ったとなれば、ゴミなり残骸が二人分ないといけないわよね? もちろんそれより前にペットボトルを購入していたのならば話は別だけど」


「いえ、パンとドリンクをふたつずつ買ってましたよ」


「それならドリンクのカップがふたつあるんじゃないんですか?」


「もしかしたら途中で捨てたとか? 昨夜は雨がすごかったから歩いている人とか車もすくなかっただろうし」


 雅たちの話を聞きながら、瑠璃は御霊舎を見据える。


「……周りには誰もいなかった。雅くんの言っていることが本当なら、犯行があったのは車内しかない。犯行に利用されたのはカップドリンクの中に盛った毒ですから――そうですね、たしかにカップドリンクには被害者ではなく同伴していた女性の指紋しか出ていないのなら……そう考えると合点がいきます」


 瑠璃はそれこそ誰かと会話するように思考をまとめていく。



「被害者が自分のカップを捨てたというのはどうでしょうか?」


 瑠璃の言葉に雅たちは怪訝な表情を見せる。


「えっと、どういうこと? 被害者がその毒を飲んで意識を朦朧とさせていたのに?」


 葉月が首をかしげ、怪訝そうな顔を覗かせる。


「雅くん、被害者はコンビニのレジの横にある、コーヒーサーバーから自分で紙コップに注ぐやつを購入したんですか?」


「あ、いえ冷蔵庫の中から取ってました。でも……あっ? いや、ちょっと待ってください? たしかにそれなら指紋がひとつしか出なかったってのにも合点がいくけど、それってかなり無理がないッスか? もし下手をしたら加害者だって死んでいた可能性もあるんスよ」


 瑠璃の問いかけに応じた雅であったが、なにを聞きたいのかがわかるや自分の中で考えをまとめていく。

 しかしそれが本当なのだとしたら、かなり無理な考えであった。


「あの瑠璃さん、どういうこと?」


「いいですか? 被害者と加害者はお互いに同じカップドリンクを購入しているんです。カップドリンクならフタを取ってしまえばそれこそ重ねることができるんですよ。葉月、車の中を隈なく見てはいないようですね」


「あ、はい。交通課の刑事さんたちから車の中にカップドリンクがあってそれに毒が付着されていたって」


「もし、被害者と加害者のどちらかがカップドリンクを先に飲み干し、片付ける時に嵩張るのを嫌っていたとすればどうしますか?」


「そりゃぁ、自分が飲んでいる方を中にして重ねるとは思いますけど……あっ!」


 忠治たちはハッとした表情で瑠璃と雅を見据えた。



「もしかして……逆? 和泉結愛は殺そうとしたんじゃなくて殺されようとしていた?」


「ただそうだとしてもちょっと不審な点があるんスよ、まずどうやって毒を盛ったのか、二人が購入したのは冷蔵庫のドリンク棚にある中ぶたがついたやつでしたから、重ねるということはできないはずなんスよ」


「それなら私のほうから説明させてもらうわ、車内で発見されたカップドリンクには『カップと外蓋、ストロー以外はゴミ入れからは出ていない』」


「ってことはゴミ入れの中に中ぶたの紙が入っていたってことッスか?」


 応えるようにアニラはうなずいた。


「しかも二枚。車内で発見されたカップはひとつだから計算が合わない。といってもそれより前に購入していたとなれば話は別だけど。ただゴミ入れの中にはパンの袋がふたつ入ってたわよ」


「犯人はそう考えること踏まえてそうしたとも考えられるな」


「でもどうして犯人はそれこそ自分が疑われるようなことをしたんでしょうか?」


 紗姫がなにげなくそう問いかける。


「言われてみれば確かに、だってそれに毒が入っていたとしても車内なんてお互い咫尺ですからね」


「……咫尺ってなに?」


「距離が非常に近いことですね。今の車はアクセルレバーが全面にあるものもありますから、助手席と運転席の間はそんなに離れていないと思いますよ」


 湊の疑問に瑠璃がそう応えた。



「でもさ、お互いにカップドリンクを飲んでいたのなら……」


 雅はふと誰がではなくどうやって毒を入れたのかを考える。


「ってのはちょっと無理な気がしてきた」


「ここは自分が思ったことを率直にいっていいんですよ」


「いや、自分でもこれはバカバカしいんじゃないかって思えてるんですけど……言っていいんスかね?」


深慮遠謀(しんりょえんぼう)(ことわり)、絵空事はそれを知らない人が言うこと。それなら今は絵空事を言ってもいいんですよ」


 瑠璃にそう諭され、雅はスッと胸に抱えていたものがとれたのを感じ取る。


「それなら加害者は被害者の目を盗んで、自分が飲んでいるカップと被害者のカップを入れ替えた。そして被害者が飲んだカップの中身を自分が飲んでいたものと入れ替えた。もし毒が回るのが遅い微弱なものだとしたら、朦朧とした状態で車に乗って事故に遭うのならそれでもよかったんじゃないッスかね」


「あ、あの雅くん? それって言い換えると『加害者も被害者も、毒が入れられていることを知っていた』ってことになるんだけど?」


 燈花があきれた表情で雅に言い返す。


「あっと、それじゃぁもうひとつ、たしかコーヒーって薬と一緒に飲むと、飲み合わせだっけかが悪くなるなんて話を聞いたことがあるんスけど」


「たしかに、コーヒーに含まれているカフェインの影響で精神安定剤や喘息薬、抗精神薬は効くどころか悪いほうに効いてしまいますね。今は落ち着いてますけど湊が幼いとき喘息持ちでしたから、薬はカフェインを含んでいるお茶と一緒にではなく、ぬるま湯と一緒に飲むようにと、彼女だけじゃなく皐月や遊火にも教えましたから」


 瑠璃は葉月を見ると、それに応えるかのような態度で、


「考えとしてはそれもありえたかもしれないけど、だからって……ううん、もしそれが正解だとしたら――ヒ素系の毒が発見されたこと自体がミスリードだった?」


 と不満タラタラに頭を抱えた。



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