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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第七話・頽馬
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 落ち着いた喫茶店内の隅に置かれた窓際のテーブルには和泉結愛の姿があった。

 彼女はボイスレコーダーをテーブルの上に置き、対面しているソバージュに赤いサマーコートの女性と対話をしている。


「それでは元々洋服作りには興味があったと?」


 和泉がインタビューをしている中、彼女の隣にいるカメラマンが対面しているソバージュの女性を撮影していく。


「そうですね。私が中学に入るあたりから一時期両親が忙しかったこともあって、祖母が私たちの洋服の丈合わせをしてくれていたんです。それで私でもできることがあるんじゃないかと思って教えてもらったのが最初でしたね」


「洋服作りはその時からだったんですか?」


 その問いかけに、女性……黒川弥生はうなずいてみせる。


「ひとつ下の妹は身内とか贔屓なしに素材がいいんですけど、洋服とかにはあまり興味がなくて、あるものを着ていたって感じでしたね。逆に一番下の妹が歳相応にお人形遊びとか好きだったりしてましたから、その洋服を裁縫の時に余った布で作ってました」


 弥生がコーヒーを一口飲み、


「その延長でコスプレにも自然と興味がわきまして、いや同人誌は絵がヘたいのでやってませんでしたけど」


 言葉をつなげるように苦笑を見せるや、和泉はすこしばかり首をかしげながら、


「黒川さんはファッションデザイナーですが、絵がヘたいというのはいささかどういうことでしょうか?」


 と聞き返した。


「私はあくまでファッションデザイナーですから、洋服とか帽子、装飾品のデザインくらいです。デザインもラフなものがほとんどなんですけど、服に関しては最初にプレゼンをする時にデザインをバイヤーに見せるよりは、リカちゃん人形とかバービー人形みたいなものに着せて見せることがほとんどなんです」


 弥生はちいさく笑みを浮かべ、インタビューに答えていく。


「ですがそれだと二度手間では?」


「たしかにそうなんですけどね、自分で服を縫っていたこともあるせいか、実際その服を作る時にここをこうしたほうが、実際人が着る大きさのものを作るさいに指示が出せて楽になるんじゃないかと思っているんです」


「なるほど、黒川さんの製作過程がわかって読者も納得したことでしょう」


「すごく二度手間どころか三度四度も手間がありますけどね。それに一発勝負の衝撃的なものを作るよりは、何回もそれでコーディネートして外出してくれることのほうが嬉しいですよ」


 クスクスと弥生は含み笑いを浮かべた。


「ではNYに拠点を置かれていますが、やはり日本では物足りないと?」


「それはすこし語弊がありますね。もちろんファッションの最先端を肌身で感じられるならと思って、NYに仕事の拠点をおいてはいますが、ファッションというのはその国の風習や流行で変わってきますから、その時その時で考えを改めないといけないんです。もちろんどこどこの国が遅れているっていうことは思っていません。私が知らないだけでその国ではポピュラーなものがたくさんありますから、デザインの参考になったりするんですよ」


「なるほど、私たちが普段当たり前のことだと思っていたことでも他の国の人達からしてみれば新鮮に見える。私たちも日本の良いところが再発見できるというのと同じということですね」


「そういうことですね。特に民族衣装なんてのも取り入れたいなと思ってるんです。古いというよりはそれをどう今の人たちにミせるか……あ、今の『ミせる』のところですけど、文字におこすなら魅了されるの『魅』でおねがいします」


 弥生がそう雑誌に載るテキストの指示を願い出る。


「もちろん、私もそちらのほうが読者がイメージしやすいと思います」


「ありがとうございます」


 弥生が和泉に対して頭を下げた時だった。



 喫茶店のドアが開き、チャイムが店内に鳴り響く。

 その音で弥生と和泉、カメラマンの三人の視線がドアのほうへと向けられる。


「……あら?」


 見知った顔が現れたといった表情で弥生は手を振る。

 店に入ってきたのは忠治と葉月であった。その二人は弥生に気付き、彼女の元へと歩み寄る。


「久しぶり」


「久しぶりなのかな? たまにメールが来るし、『Rine』で電話するからこっちは久しぶりって感じがしないんだけど」


 葉月が苦笑を浮かべながら、姉を見据える。


「お知り合いの方ですか?」


 和泉が弥生にそうたずねると、


「えぇ、さっき言っていた一番下の妹です」


 弥生は視線を和泉に向け、葉月をそう紹介した時だった。



「和泉結愛さんですね」


 葉月がそうたずねるや、和泉はギョッとした表情で、


「あ、はい。たしかに私が和泉結愛ですが、どうして私の名前を?」


 と聞き返した。


「仕事中すみません。私、警視庁福嗣署刑事一課の黒川葉月と申します」


 葉月は懐から警察官であるという身分証を和泉に見せる。

 隣にいた忠治も同様に自分の身分証を見せた。


「おぅ、久しぶりに本物の日本の警察手帳見たわ……って、あれ? なんで葉月が忠治さんと一緒にいるの? たしか少年事件課にいたんじゃなかったっけ?」


「今年の春から刑事課の所属になったの。というか普通は久しぶりにとか言わないでしょ? 警察手帳を見るなんて一生にあるかないかなんだから」


 姉の発言に、葉月はあきれた表情で言い返した。



「それで私にお話があるのでしょ?」


 葉月は和泉に声をかけられ、彼女はそちらへと視線を向け直す。


「あ、はい。実は昨夜事故で亡くなった橘保昌はご存知ですよね」


「えぇ、私がいる編集部の編集長ですから、編集長が事故に遭ったことは昨夜、同じ編集部のスタッフから電話で聞いています」


 思い出すような仕草で和泉はそう応える。


「ですが、どうして私にそのようなことを?」


「いえ、特にあなただけというわけではありません。その事故がただの事故ではないという可能性が出てきたんです」


 それを聞いて、和泉は目を見開く。



「こ、殺されたんですか?」


「その可能性があります。ところで橘保昌はファッション雑誌の編集長になる前は同社の週刊誌で記者をやっていたとか」


「え、ええ……」


 和泉の微妙な表情の変化に、葉月と忠治、弥生はなにか知っているのだろうとすぐに気付く。


「和泉さん、昨晩はどちらに?」


「昨夜は会社で、その号で紹介しようとしている洋服の『キジ』を確認をしていました」


「たしか副編集長をなされているそうで、編集者が書かれたり、エッセイの原稿の校正とかチェックが大変そうですね」


 葉月がそう言うや、


「葉月、たぶん意味が違ってると思うわよ。ファッション雑誌は編集者が直接その洋服の肌さわりや着心地なんかも文字に起こさないといけないから」


 と弥生が訂正を促した。


「生地? そういえば橘保昌が運転していた車内に洋服の生地が見つかりましたけど」


「おそらく編集長がその生地を使う洋服について調べようとしたんだと思います」


「そうか、被害者は家に戻ってその生地を調べたあと、それを記事にまとめたり、確認しようとしていたわけだ」


 葉月の言葉に和泉は肯定するようにうなずいてみせた。


「昨夜は私もその手伝いで会社に残っていたんです」


「それはいつまでですか?」


「会社に出たのはたしか夜七時になるあたりでした。編集長の車で途中まで送ってもらったんです」


「あなたが被害者の車を降りたのは?」


「一度福嗣駅の前にあるコンビニで夜食を買いまして、それから十五分くらい経っていたので、大体二十時前だったと思います」


 葉月は忠治に視線を向ける。この時点では証言に信憑性がなかったからだ。


「後で交通課に連絡して、コンビニから事故現場までの道のりを道路に設置されているカメラに映っていないか確認してもらおう」


 忠治にそう言われ、葉月はちいさくうなずいてみせた。



 その時、和泉の近くに置かれたバッグから携帯の着信音が聞こえ出した。


「あ、お気になさらず、お取りください」


「すみません」


 忠治にうながされ、和泉はバッグから携帯を取り出したが、


「……っ」


 携帯……スマホの画面を一瞥しただけで、それをすぐにバッグにしまいこんだ。


「どうかしたんですか?」


「えっ? なにがですか」


 葉月に声をかけられるや、鬼胎を孕んだような表情で和泉は彼女を見やった。


「いえ、なにかお身体が(すぐ)れない表情でしたから」


「な、なんでもありません」


 和泉はカメラマンを見やるや、


「私は席を外すわ。それから黒川さん、後日ネット電話で改めてインタビューをさせていただけませんでしょうか?」


 と弥生に伝えた。


「わかりました。それではそのような時間が作れましたらこちらからご連絡いたします。今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」


 弥生は和泉に向かって頭を下げた。


「オレはほかにも行く場所がありますから、なにかあったら連絡してください」


「行く場所……ですか?」


 忠治がカメラマンに視線を向けた。


「えぇ、雑誌の中に新しくできたお店の特集もやっているのでそのお店おすすめの下着をモデルの娘に着てもらうんです。……たしか『ヴィエルジェ』の直営店だったかな」


 それを聞くや、忠治と葉月が一驚を喫した。



「はぁづぅきぃ~~」


 弥生は葉月の背中をスーッと人差し指で撫でた。


「ぴゃうっ?」


 その妙な感触に、葉月はおどろいて全身を反らせる。


「い、いきなりなに?」


「今、葉月と忠治さん、なににおどろいたの? 別におどろくようなことは言ってない気がするけど」


「ちょ、ちょっと他の事件でね」


 葉月は忠治に視線を向ける。

 それを見て、弥生はなにかあったのだろうと理解したが、それ以上のことをこの時は聞こうとしなかった。


「それでは刑事さん、失礼します」


 皆に頭を下げると、和泉は店を後にした。

 カメラマンの男性もその後を追う形で店を後にした。


「あ、そういえばコーヒー代はどうするんだろ?」


 葉月はテーブルに置かれたコーヒーカップを一瞥する。


「あぁ、それ私しか飲んでないし、彼女が来る前から飲んでいたからね。それにここお代わり自由なのよ」


 弥生はすでに冷たくなっているコーヒーを飲み干した。



「それで弥生姉さん、今日はこのまま神社に行くの?」


「当たり前でしょ、そのために日本に来たんだからっていうか、ちょっと寝たい。やっぱり日本とNYとじゃ時差が違うから体内時計が睡眠を促して仕方がなかったのよ」


 葉月の問いかけに、弥生は欠伸混じりに応えた。


「それだったら神社まで送っていくよ。瑠璃さんに聞きたいことがあったからね」


「私も手伝いで雅くんと紗姫さんが来てくれていると聞いてますから、和泉さんが言っていたことを彼に確認しようかと思います。でも今日は十年祭で忙しいだろうから、瑠璃さんに聞くのは明日にしたほうがよろしいのでは」


「いや、実は今回の事件というよりは拓蔵さんが殺された事件について、ちょっと確認したいことがあるんだ」


 それを聞くや、葉月と弥生は険しい表情を見せる。


「なにかそのことで知っているんですか?」


「……いや、瑠璃さんに聞いたほうがいい気がするけど――詳しいことは車の中で話すよ」


 その後、葉月たちは忠治から拓蔵が殺された事件の真相を聞くや、おどろいたと同時に、それでも犯人を赦そうとしている祖父母の気持ちを汲んで、二人ともその少年を怨もうとはしなかった。


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