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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第七話・頽馬
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「大宮警部補、遺体と現場の車内にあった髪の毛のDNA鑑定が終わったわよ」


 稲妻神社での拓蔵が亡くなって十回忌とされる十年祭の準備がおこなわれている中、警視庁福祉署にある刑事課にいた忠治に(ゆえ)がそう声をかける。


「いちおう交通課の鑑識と協力して、車内にあったカップドリンクも調べたところ、被害者の唾液が付着していたカップにはシアン系の毒物が入れられていたわ。それに致命傷はその毒で事故による打撃ではないみたい」


「ドライプレコーダーには残されていたんですか?」


「いちおう事故の瞬間は残されていたわ。と言っても毒で意識が朦朧としていて車は蛇行していたみたいだけど大雨で車があまり走っていなかったというのが、言い方は悪いけど不幸中の幸いだったといえるわね」


 それを聞いて忠治はちいさくうなずいた。

 飲酒運転や運転手の意識が朦朧となって起こす事故として一番恐れられているのは二次災害である。

 これは車の通りが激しい場合、それが玉突き事故となって死傷者が多く出てしまうこと、もしくは歩行者を巻き込んでの事故もありえたからだ。

 事件当時、傘が役に立たないほどに激しい雨が降り頻っており、人の通りはほとんどなかった。

 また車の通りもさほどすくなかったことが不幸中の幸いといえよう。



「それにしても……」


 (ゆえ)は自分の机でジッと被害者が出版しているファッション誌の最新号の見本誌を読んでいる葉月に目をやった。


「なんでよりによって弥生姉さんの名前が載ってるかな」


 と葉月はムッとした表情を浮かべる。


「まぁ特集を組まれていた以上は仕方がないけど、というよりNYに住んでいるとはいえ取材が今日だったのは偶然かしらね?」


 唖然としながら、(ゆえ)は葉月を一瞥する。


「まぁ作ってるのはあくまで子供向けのやつですけど」


 忠治は椅子から立ち上がり、葉月のうしろへとまわりこむと、葉月が読んでいたファッション雑誌の見本誌を覗きこんだ。


「弥生さんのインタビュー記事が次号の特集で組まれていたみたいだな」


「弥生姉さんに連絡して、被害者のことについて聴きましょうか?」


 葉月はすこしうしろに振り返り、忠治にそううながす。


「いや被害者とは直接的な関係はないと思うよ。弥生さんは十二年前からNYに仕事の拠点を置いているたまにフラッとこっちに来るみたいだし」


「たまにテレビでは弥生姉さんがデザインした洋服のファッションショーの報道を見たりしますけど」


「そういえば大宮警部補、さきほど大威徳明王から連絡があったみたいだけど」


 (ゆえ)に声をかけられ、忠治はハッと思い出したようにうなずいた。



「そうだった。弥生さんが今朝の便でこっちに渡来したようなんだ」


「多分爺様の十年祭だからだと思いますよ」


「それもあるんだろうけど、そのインタビューのためでもあったそうだ」


 それを聞いて葉月は、


「そのインタビュー場所はどこかわかりますか?」


 と忠治たちにたずねた。


「いやさすがにそれはまだわからないけど」


 苦痛の表情でそう応える忠治を、それこそ助け舟を出すかのように、


「被害者が所属していた出版社で聴きこみをしたところ、今日の午後十二時ごろに都内にある『リトルフィリア』というカフェでやるらしい」


 戻ってきた岡崎が代わりに言った。



「『リトルフィリア』?」


「去年できたNY発のカフェテリアだったはずだけど」


 (ゆえ)はチラリと葉月と忠治を一瞥する。


「それじゃぁちょっとそっちに行ってみます」


 葉月はスッとイスから立ち上がり、ハンドバッグを手に取るや部署を後にする。

 忠治もその後を追おうとした時、岡崎がそれを止めた。


「ここからだと車で二十分はかかる場所にありますから、葉月ちゃんは駐車場で警部補が来るのを待っているはずです。出版社での聴き込みの結果をすこし報告させてください」


「わかった。むこうでなにかわかったのか?」


「事故に遭った……いや今となっては殺されたと言うほうが正しいですが、その橘という男は昔、同じ出版社の週刊誌でパパラッチをやっていたそうです」


 それを聞いて、忠治は「どういうことだ」と聞き返した。


「同じ出版社なら異動という形でファッション誌の編集長になったというのならまだわかるけど、すこし畑違いじゃないかしら」


 (ゆえ)の疑問に忠治は怪訝な表情で応える。


「それが編集部の人から聞いた証言では、ファッション誌の売上が三年前まで伸び悩んでいたらしく、会社の人事部が一石を投じるといった形で被害者を編集長として呼び込んだそうです」


「と言いましても、やはり畑違いだったことには変わりないそうで、和泉結愛という副編集長が事実上の編集長らしいです」


「和泉結愛……? ――っ!」


 (ゆえ)はその名を聞くや、なにかを思い出したような表情を浮かべたが、それこそ気付かれないほどに些細な変化であったため、忠治たちはそれに気付きはしない。

 忠治は報告する飯塚を見据えると、「その和泉結愛さんはなんと?」とたずねかえした。


「十二年前出版社に入社してからはファッション雑誌の編集部を務めているそうです。それとあの見本誌に掲載されていた黒川弥生さんのインタビュアーを努められるそうで、今朝早く一度編集部にはいたそうですが出張らっているそうです」


「ちょっと警部補」


 突然引っ張られ、忠治はバランスを崩しかける。


「どうかしたんですか、(ゆえ)さん」


 慌てた表情で振り返り、(ゆえ)を見据えるや、そうたずねた。


「岡崎くん、その和泉結愛という女性について、彼女が事件当日どこにいたのかをもうすこしだけ掘ってくれる? それから彼女の唾液とか髪の毛とか、とにかくDNAが調べられるものならなんでもいいから見つけてきて。編集部だったらメモ帳とかペンに指紋なりあるだろうから」


 (ゆえ)はすこしばかり笑みを浮かべながら岡崎にそう頼み込む。

 岡崎はすこし疑問に思ったが、


「……分かりました。飯塚さんもう一回出版社に行くよ」


 と飯塚を見据え、刑事部を後にする。


「えっ? わ、分かりました」


 岡崎にそう促され、飯塚は慌てて彼のあとを追う形で刑事部を後にした。



「それで僕に話があるようですけど」


 (ゆえ)は忠治の疑問に満ちた声を耳にしながら、空いた椅子に腰を下ろすと、忠治の顔を見上げた。


「まぁもう過ぎたことだから、今回の事件とは関係ないとは思うのだけど」


「えっと、どうかしたんですか?」


 話が見えない忠治はそう聞き返した。


「忠治くんは拓蔵さんが殺された事件のことについてはどこまで知っているの?」


「えっと十年前の今日午後二時ごろ、拓蔵さんが先月振り込まれた年金からすこしお金をおろそうと来店していた郵便局で強盗殺人が発生した。その時に殺されたのが拓蔵さんだった」


 その答えに(ゆえ)は静かにうなずいた。


「二人組の強盗犯と近くで待機していた運転手の合計三人は、すぐにお縄になったけど、その時郵便局にいた人からの証言では強盗犯に襲われて怪我をした八歳の子供がいたそうなの」


「親子連れだったんですか」


「親子連れといえばそうなるわね。その子供の育ての親も拓蔵さんと同様、年金からお金をおろそうとしていたそうだから」


「僕はその時別の事件がありましたし、あまりその話を聞いてませんけど……」


 忠治はすこし眉をひそめる。


「実を言うとね、強盗犯は拓蔵さんを殺してなんていないのよ」


 (ゆえ)の言葉に、忠治は唖然とし、


「な、なにを言ってるんですか? 強盗殺人なら自然的に強盗犯が拓蔵さんを殺したということになるじゃないですか!」


 と怒りを露わにした。



「私だって! 私だって警察である以前に、知り合いが殺されて悔しかったからそう思いたかったし、そう信じたかった」


 言い返すように(ゆえ)は忠治を睨み返す。


「でもね、波夷羅と因達羅が病院で拓蔵さんが息を引き取る前に瑠璃に言った言葉の意味を考えれば考えるほど、そうだったとしか思えないの」


「い、いったいなにがあったんですか?」


「当時のことを考えれば……いいえ、瑠璃のことを思えばこその言葉だったといえるでしょうね。だから私たち神仏も拓蔵を殺した真犯人を見守ることしかできなかった」


「瑠璃さんを思って……――ま、まさか……いや、でももしそうだとして、どうして僕がそれを知らなかったんだ?」


 真実に気付いた忠治は青褪めた顔で床を見下ろした。



「当時……拓蔵さんが事件に巻き込まれ、私と因達羅は瑠璃を連れて急いで運ばれた警察病院に訪れ、彼の最後を看取った」


 刑事部に訪れた波夷羅が、そう忠治に語り始めた。


「拓蔵さんの右胸に拳銃の弾丸が撃ち込まれていて、心臓のきわどいところにあった。年齢的にも体力が衰えていた拓蔵さんは病院に運ばれ、弾の摘出手術を受ける前に瑠璃と私たちに伝言を残して目を瞑ったよ」


 波夷羅は眉にシワを作り、かけていたメガネを外すと手で顔を覆った。


「その当時郵便局で強盗犯に襲われた他の来客に問い合わせたところ、彼は撃たれてなお、拳銃を持った犯人を安心させようとしたそうだからな」


「…………」


「自分の右胸を撃たれて意識が朦朧としている極限状態であるにもかかわらず、そんなことをしたというのが信じられないだろうけど、でもだからこそ拓蔵さんらしいとも言えるんじゃないかしら」


 たしかにそうかもしれないと忠治は思った。

 たとえどんな形であるにしても、彼は警察官としての覚悟を持っていたということになる。


「拓蔵さんは最後、瑠璃さんになんて」


「『できれば犯人を赦してやってほしい』と言い残したよ。その後日、彼の神葬祭の後に強盗犯を捕まえた班がその現場の状況を整理したという報告を受けてね。その時に誰が拓蔵さんを撃ったのかもわかったんだ」


 忠治はただ黙って波夷羅の回顧録を聞いていた。

 彼もその時拓蔵を撃った犯人が誰だったのかすでに気付いていたのだ。



「瑠璃さんにそのことは」


「伝えたよ。彼女は拓蔵さんがどうして自分にそう伝えたのかすぐに理解したようだった。いや彼女は復讐よりも恐ろしいほうを選んだとも言えるかね」


 波夷羅の口から発せられた意外な言葉に、忠治は耳を疑った。


「復讐よりも恐ろしいほう……」


「忠晴くん、誰かに恨みを持つこととその人を赦すこと。どっちがお互いに楽だと思う?」


 (ゆえ)にそう聞かれ、忠治は「人を恨み恨まれる方が楽でしょうね」と応えた。(ゆえ)はその答えに肯定したうなずきを見せる。


「瑠璃もそれがわかっていたのと、拓蔵を撃った犯人を知ったからこそあえてそっちを選んだ。逆に私は彼女に言われたよ」


「なにか瑠璃さんに言われたんですか?」


「『もし、私が生まれた時から人間で、大切な人を殺されたとなれば復讐に身を投じていたでしょう。ですがわたしは元地蔵菩薩です。だからこそ犯人が子供であっては復讐なんてできませんよ』ってね」


 それを聞いて忠治は黙りこんでしまった。


「復讐を決めるのは瑠璃自身だからね、外野の私たちが口を出すことじゃない。でも十年経った今でも彼女はそんな素振りは見せなかった。逆に因達羅の夜叉から拓蔵を殺した少年の近況を報告を聞くらしいから」


「その時の少年は、今どこに?」


「皮肉にも福祉駅前のコンビニでバイトをしている」


 波夷羅の言葉に、忠治はギョッとする。


「それって雅くんがバイトしているところじゃ?」


「えぇ、しかも偶然にもその母親が和泉結愛なのよ」


「ま、まさか……橘保昌を殺したのって」


「車内から発見された髪の毛の長さからして女性のものと思って間違いはないだろうけど、まだ特定されたというわけじゃないわ」


 (ゆえ)は視線を波夷羅に向けた。



「大宮警部補、今話したことは瑠璃以外には我々神仏しか知らないことだ。それに当時強盗犯の事件を担当していた警官全員に拓蔵さんを撃った犯人のことについては他言無用であると釘を挿している。そのため警視庁福嗣署の中でも知っているのは極一部の人間だけだ」


「それをどういうわけか飯塚刑事は知っていたってことですか」


 その問いかけに、波夷羅はうなずく。


「どうやって知ったのかはまだわからないけど、彼女が先日葉月ちゃんと言い争った時に口走った少年の年齢も当たっている。それを耳にした私と波夷羅も彼女に問い詰めようかと思ったけど、瑠璃から『言いたければ勝手に言えばいいですよ』って言われていてね」


 なんとも(したた)かな女性だと忠治は苦笑を浮かべる。


「そういうわけだから拓蔵さんが殺されたことについての犯人探しはもうやめようってことになってるの」


「そういうことでしたら、僕もこれ以上は調べないようにします。ですがやはり皐月たちは犯人を知らないのでしょ?」


 忠治の質問に波夷羅と(ゆえ)はうなずいた。


「それも瑠璃から言われていてな。家の誰かが復讐をしかねないかもと懸念して決めたそうだ」


 あくまで自分の胸中に閉まっておこうという瑠璃の気持ちを考えれば彼らとてカサブタを剥がすような愚行はしない。



「こっちも飯塚刑事についてはできるかぎり調べる……はいいとして、そろそろ行ってあげないと葉月ちゃんがしびれを切らして文句を言ってるんじゃないかしら?」


 そう言われ、忠治は慌てて刑事部を出て行った。

 それを見送りながら、


「ねぇ波夷羅……その少年がいつか拓蔵さんの仏殿の前に現れると思う?」


 と(ゆえ)は波夷羅に視線を向けた。


「可能性としては極端に低い。しかし彼女は元地蔵菩薩だ。だからこそその子供が来ることを信じてあげたいのだろう」


 波夷羅はそう言い残すや刑事部を後にした。


犯人を赦すということがどれだけ辛いのか、それは当事者でないとわかりません。

逆に犯人も被害者家族が自分を赦してくれたことが、復讐よりも冷たく重いナイフだということです。

責められたほうが、殺されたほうが楽な場合もあります。

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