参
「うーんっと……」
雅と紗姫が弔問の受付場所を設置している中、稲妻神社の母屋にある台所に立っている湊は、弔問客にふるわれる食事の準備の手伝いをしている中、旬の野菜と魚の吸い物の味付けに首をかしげていた。
「遊火、ママさんにこの味付けで大丈夫かなって声をかけてくれる?」
湊にそう言われ、遊火は皐月に声をかける。
皐月は味見用の小皿に吸い物を掬い取り、それを口にしながら、
「…………」
と伝える。
「ママさんはなんて?」
「『野菜の甘味があるからあまり甘くしないようにって、ちょっと淡口醤油で味をしめてみたら』って言ってます」
そう指示され、湊は淡口醤油をこさじ半分ほど入れてみる。
「これくらいかな」
もう一度味見をしてほしいと、湊は先程の味見用の小皿に掬い取り皐月に差し出す。
「『これくらいだったら大丈夫かな』って言ってます」
「というか、いつも思うんだけど法事の食事までこっちで準備するんだね」
台所と隣接している居間をうしろに覗き見しながら、湊は唐揚げを仕上げている秋玲に声をかけた。
「まぁ家で作ったほうが節約になるし、弔問に来るのはほとんどお父さんの知り合いだったり、いつものメンバーだからね。それに普段から料理の手伝いはしてるから楽しいよ」
秋玲はできあがった唐揚げを大皿に盛り付け、ふたたび唐揚げを揚げ始めた。
「それはそうと、葉月さんが今日は来れないみたいな連絡がありましたけど」
「あぁパパさんも昨夜から事件があって忙しいから」
ということは忠治も来れないということかと、秋玲は皐月たちに聞かずともなんとなく理解できていた。
「まぁ例外にもれず忠治たちと同じ班になってるアニラも顔を見せられないみたいなこと言ってたわよ……ムグムグ――うんさすが瑠璃が味付けしただけあってにんにく醤油の香ばしい香りが口の中で広がって、肉汁たっぷりで柔らかいわね」
毘羯羅がそれこそつまみ食いをする子供のような感想を述べる。
「えっと、毘羯羅っていちおう神さまだよね? それ別にお供え物でもなんでもないんだけど」
「あら、法事の時に出される食事っていうのは、仏と一緒に食べることに意味があるからね。そういう意味では神仏にとってはお供え物よ」
湊の言葉を無視するように反省の色を見せない毘羯羅は、もうひとつと唐揚げにではなく先に揚げていた天ぷらに手を翳した時だった。
ピュッとなにかが水滴のようなものが飛び、それが毘羯羅の手に当たった瞬間、
「だぁあちぃいいいいいいっ?」
と毘羯羅は悲鳴をあげた。
「ちょ、皐月っ! あんたいきなりなにす……」
皐月のほうへと振り返り、怒りを見せようとしたが、それを黙らせるほどの威圧を皐月から感じ取った毘羯羅は言葉を飲み込んだ。
「『どうせ瑠璃さんのことだから、毘羯羅がつまみ食いのひとつやふたつくらいするだろうって思って多めに作っているんだろうけど、だからってそれ以上食べたら弔問客に迷惑がかかるからやめてくれないかな?』」
「ごめんなさい……っていうか、あんたほんと神仏にたいして扱いひどくない?」
謝りつつも愚痴をこぼす毘羯羅に対して、
「『別にいまさらあんたと私とじゃ、神仏と人間の関係ってわけでもないでしょ? どっちかというと師弟の関係っていうなら納得するけど。たしかに毘羯羅や荼枳尼天はうちの神社に祀られている神仏だけどさ』」
「というか、供物をつまみ食いする神さまって――」
遊火があきれた表情で言おうとした時、楓のような小さな手がスッと唐揚げを掴もうとしていたのが目に入った。
「『摩李ちゃん、あとすこししたらこっちにいる十二神将とかも来るらしいから、それまでつまみ食いするのは待っててくれないかな』」
福嗣町の本地仏である摩利支天ごと摩李は皐月にそう言われ、伸ばしていた手を引っ込めた。
「あれ? わたしと摩李ってそんなに仏の位は変わらないわよ? それなのになにこの扱いの違いはっ!」
権化となってつまみ食いをしようとしていたということには変わりないのだが、手に油の飛沫を当てられたにもかかわらず、やさしく言葉で制止された摩李との扱いの違いに、毘羯羅は皐月を見据えた。
「『あんたの場合、こういう多めに料理を作るときは決まってつまみ食いするって読まれすぎなの。まぁ摩李ちゃんは言って聞いてくれるから扱いも違ってくるわよ』」
「ちょっとなによそれ? それこそ神への冒涜でしょうがっ!」
「『残念、うちは神仏だろうがなんだろうがこうやって話したりできる以上は家族って扱いだから、摩李ちゃんだって悪い事したら怒るわよ』」
皐月は実体化している摩李の頭を撫でながら、それこそ一方的に怒られている毘羯羅を見据えながら、
「『それはまぁいいとして、やっぱり警視庁にいる方は来れないの?』」
とたずねた。
「月光菩薩さまとアニラは今回の事件の捜査で来れないだろうし、波夷羅も波夷羅で忙しいらしいからね。ただよしみで顔見せくらいはくるんじゃないかしら」
「『摩虎羅は?』」
「そっちは来れるんじゃないかしら。まぁ大威徳明王さまの気分次第だろうけど」
毘羯羅が片目をつむり、特に気にすることでもないだろうけどという表情で、皐月の言葉を受け答えしていた時だった。
「そういう意味では香典の心配がないからいいですね」
声が聞こえ、皐月たちはそちらへと視線を向けた。
「うむ、五年前におこなった五年祭の時もそうだったが、この家が神道ではあるとはいえ、仏である我々が呼ばれるとは思わんかったぞ」
私立探偵である高山誠と、その従者である徒槻燈花の二人が居間の障子戸を開けながらそう言う。
「『爺様だったら多分関係ないって言うんじゃないでしょうか。それにお酒もだいぶ用意しているみたいだったし』」
「あぁ、拓蔵さんがお亡くなりになられた時、いの一番に悔しがってたのは宮毘羅でしたからね。彼女最後まで拓蔵さんに勝てませんでしたから」
「勝つとか負ける以前に、名は体を表すみたいな飲み方してたからね。まぁ拓蔵のアルコールが分泌される早さが異常だったとも言えるけど」
鬼の居ぬ間のなんとやらといった感じに毘羯羅は苦笑を浮かべる。
「ところで皐月さん、弥生さんは今日は来られるんですかね?」
「『弥生姉さんだったら、ファッション雑誌の編集者と打ち合わせしてからこっちに来るみたいなことを、昨夜瑠璃さんに連絡してきたって聞いてるけど、それがどうかしたの?』」
皐月がそう燈花に言うや、
「うむ、実は葉月とお前の旦那が捜査している事件の被害者がその編集者だったようなんだ」
と高山が口を開いた。
「パパさんたちが調べてる事件に弥生伯母さんが関係してるの?」
湊がそれこそおどろいた表情で高山を見据えた。
「いや弥生は事件当時ニューヨークのファッションショーを見学していたらしい。それに先ほど本人に会ってパスポートの確認を取ったよ。成田空港のスタンプが今日の日付になっていた」
「それともうひとつ、アニラの話では被害者の車に女性の髪の毛が落ちていたそうで、月光菩薩さま率いる鑑識課でDNA鑑識をしているそうです」
「それじゃぁその車に乗っていた女性に関係しているってこと?」
「そう考えるべきなんだろうけど、なにせ昨日の今日だからね。とりあえず関係者自体は何人か絞り込めたみたいだけど」
燈花は視線を高山に向ける。
「それでちょっと雅くんに聞きたいことがあるんですが」
「雅先輩がどうかしたんですか?」
「うむ。実はちょっとその関係者を調べていた時に妙なことがわかってな」
高山は懐に忍ばせていた手帳を取り出し、被害者が運転していた車に同乗していたとされる人物について皐月たちに教えた。
「それをパパさんには?」
「こちらに来る前に電話で伝えてある。まぁこちらとしては別に金に困っているわけではないし暇つぶしではあるがな」
「それで、なにかわかったんですか? 大威徳明王さま」
摩李がそうたずねるや、
「まぁ難陀竜王の口癖を借りるというわけではないが、偶然の偶然は必然といえるのかもしれんなと思ってな」
高山がうむと唸った時だった。
皐月を除いで、湊たちは声がした方へと視線を向けるや、小学校低学年くらいの、似通った容姿をした二人の少女が居間に入ってきた。
「ご飯いっぱいだね」「おいしそうだね」
入ってくるやいなや、テーブルに置かれた絢爛豪華な食事に興味を持ち始め、ジッと見ている。
「こんにちわ、和佳ちゃん、弥奈ちゃん」
湊がそう声をかけると、双子の姉妹は同時に湊の方へと視線を向け、
「「こんにちわ」」
と元気に挨拶してきた。
「こら、静かにしないとダメだよ」
障子戸のところから女性の澄んだ声が聞こえると同時に、双子はそちらへと駆け寄る。そこには重箱を包んだ袋を持った希望の姿があった。
「こんにちわ希望さん」
湊がちいさく頭を下げる。
「『和佳ちゃんと弥奈ちゃん、見ないあいだに大きくなったね』」
「「この前、二年生になりました」」
皐月の言葉が聞こえているのか、双子は同じことを同時に答えた。
「あれ? 二人には皐月の声が聞こえてるのはどういうこと? 別に半妖とか人ならぬものってわけでもないのに。たしか旦那は普通の調理師だったはずよね?」
毘羯羅は希望を怪訝な表情で見据える。
「『私の耳には和佳ちゃんと弥奈ちゃんの声は聞こえていないけどね』」
「二人が皐月ちゃんの声が聞こえていることについてはクアニもわからないんだよ。自然の摂理を操るみたいなことはできるみたいだけどあまり制御できてないから使わないようにって言ってあるんだけど、それとなにか関係して……」
「「摩李ちゃん遊ぼう」」
母親が毘羯羅の質問に答えている中、双子は摩李の手を引っ張る。
「ふぇっ?」
実体化していることを忘れていた摩李は、それこそまったく予想していなかった双子の行動に唖然とした表情で、外へと連れて行かれた。
「……うん、なんとなくこの神社と関わりがある人間って、私たち神仏の扱いとか信仰が雑だってことがわかったわ」
連れて行かれていく摩李を、毘羯羅たち神仏はあきれた表情で見送っていく。彼女たちも双子の勢いに唖然としており、誰一人とて摩李に介助しようとするものはいなかった。
「す、すみません。あとで二人には言い聞かせますから」
「別に気にすることはない。仏の中でもかなりの人見知りであるはずの摩李が嫌がっていないのがなによりの証拠であるし、本当に嫌だったら姿を消しているはずだ」
毘羯羅たちに頭を下げている希望に対して、高山がそう論じた。
「それで高山さん、話の続きですけど」
湊がそう声をかけるや、高山は慌てた表情を見せた。
「あぁ、被害者の近辺に和泉結愛という女性がいてな、その女性には過去に子供がいたそうなんだ」
「それが雅先輩となんの関係が」
湊は怪訝な表情を浮かべ聞き返す。
「遊火、なんかあったの?」
話題のネタがわからない希望は近くにいた遊火にたずねると、遊火はその話を噛み砕いて希望に説明した。
「雅くん自身には関係ないのだけど、彼がバイトしているコンビニのアルバイターに道命寺敬真っていう大学一年生がいるのよ」
「その道明寺ってのと和泉結愛が親子だということがわかったんだ」
「『あの高山さん、さっき和泉結愛さんの年齢をお聞きしましたけど、私とノンノとはさほど変わらないどころか年下みたいなんですけど』」
皐月は片眉を顰めながら高山に視線を向ける。
「それもそうでしょうね、その道命寺敬真を産んだのは彼女が中学一年生の頃だったらしいから」
燈花の言葉に、皐月と希望、湊の三人は我が耳を疑った。
「どういうことですか? っていうかそんなことって可能なの」
それこそ眉唾ものだと言わんばかりに湊が高山に言った。
「和泉結愛さんがその時にはすでに生理があったとなれば無理な話とはいえないかな。湊ちゃん、子供が産まれるために必要なのはなにかわかる?」
「えっと、卵子と精子が……じゃなくて、普通そんなことしませんって、だって中学生で性行為なんていくらなんでも」
「……しかし『襲われた』となれば話は別だろ?」
「……っ、襲われた?」
「その和泉結愛という人は強姦の被害者だったということですか?」
「彼女自身は秘密裏にしていたが、やはりお腹が大きくなるに連れ、太ったと偽っていたらしい。さすがに隠しきれなくなったらしく嬰児を竹藪の中で産み捨てたそうだ」
それを聞いて、皐月は不快な表情をうかべた。
「『それじゃぁその子供を誰かが見つけて今まで育てていたということですか?』」
皐月の言葉に、燈花がうなずいてみせた。
「聞くだけ無駄だとは思いますけど、もしかしてそれも一両日で調べたんですか?」
「いや、これは今回の事件が起きる以前に、道命寺敬真の育ての親から調べてほしいという依頼があってな。こちらとしてもあまりに衝撃的だったので両親には伝えてあるが当人には伝えていない」
希望の質問に高山は応えた。
「摩虎羅、その道命寺敬真っていう青年だけど」
毘羯羅は皐月に視線を向けつつも、燈花に耳打ちをする。
「実を言うと瑠璃さんにそのことで伝えないといけないことがあってね、そういうことだから白蔵主、ちょっと瑠璃さんを呼んできてくれないかしら」
燈花にそう言われ、秋玲は湊に視線を向ける。
「唐揚げなら私が見てるから行ってきて」
「ありがとう。すぐに戻ってくるね」
秋玲はそう言うとエプロンを脱ぎ、それを小さなテーブルの隅にかけると居間を出て行った。
それから五分後のことである。
「白ねぇすぐ戻るって言ってなかったっけ?」
「さっき和佳と弥奈を探しに行った時、弔問客の受付のところで男性と並んで瑠璃さんたちと話してたよ」
湊がしびれを切らしている中、そう説明している希望の近くには彼女の娘である和佳と弥奈の姿があり、
「摩李ちゃんいなくなった」
「消えたっ! パッと目の前で消えた!」
と興奮していた。
「さすがに逃げたか」
高山たち神仏組は苦笑を浮かべる。
「そうだ遊火一緒に遊ぼう」
「遊火遊ぼう。むこうの部屋で遊ぼう」
と言ったようにターゲットを自分たちの頭上を浮揚している遊火に狙いを定めた。
「ちょ、皐月さま助け……っていうか私見えてるんですか?」
遊火は恐懼の表情で双子を見据える。
「『そうなんじゃない? まぁ目をつけられたんだし、ここはもうあきらめなさい』」
皐月は視線を逸らしながら言う。
「そんな殺生なぁぁああああああっ!」
「逃げたっ! 追いかけっこだっ! 鬼ごっこだっ!」
「捕まえろっ! やれ捕まえろぉっ!」
ちょうど居間の障子戸が開いていたため、その隙間をすり抜けていく遊火を双子の姉妹が慌ただしく追いかけていった。
「しかしおとなしめの性格をしている希望さんの子供だとは思えないくらいに慌ただしい姉妹ですね。まるで風の子と言いますか」
「えっと、ごめんね皐月ちゃん。二人とも普段はクアニと涼さんがお店が忙しくてろくすっぽかまってもらえないし、重荷になるかもって家ではおとなしいんだけど、なんかここに来るとその反動で活発になっちゃうというか」
「『別にいいよ。久しぶりにみんな集まるからこれくらいなんてことないし、爺様だったら別に気にしないだろうから』」
と、迷惑をかけていることに申し訳ないといった表情で皐月を見ている希望に対して、彼女は燈花を通して口伝で伝えた。
希望の子供にはそれぞれ『ミナ(笑う)』、『ワッカ(水)』という意味のアイヌ語がつけられています。また夫婦でやっている小料理屋も『ありがとう』を意味する『イヤイライケレ』からとってます。




