捌
岡山県警刑事である椎名武彦が卜部輝一殺害の容疑で逮捕されたことが、彼が自首したその日の深夜に放映された報道番組のトップを飾った。
いや、その日だけではなく、おおよそ一週間ちかくテレビやネットで取り上げられており、現在におけるカルト教団や、美術品のみならず、個人所有においての刀剣の取り扱いについて、頭でっかち尻つぼみな評論家たちが論議をおこなっていた。
「それじゃぁ、その人は死刑にはならないんですか?」
意外な言葉に、雅と湊、そして紗姫の三人はギョッとした表情で、葉月と大宮を見つめる。
時は事件解決から一週間後の日曜日の昼下がり。その日、特に三人とも用事があったというわけではなかったため、葉月から稲妻神社に来てほしいというRineを使っての連絡があった。
「椎名刑事の供述を信じればだけどね。彼はたしかに卜部輝一を殺そうとしていたみたいだけど、刀で斬りかかってはおらず、口論の末、卜部輝一が泥濘に足を取られ転倒した。そのさいに頭を木の肌にぶつけた。これだと偶然だから殺人罪にはならないわよね?」
「たしかにそうッスね。それじゃぁその椎名って刑事さんは、その場から逃げるように立ち去っていたってことッスか?」
雅がそう問うと、大宮ははっきりとうなずいた。
「でも、あくまで椎名って人の供述ですよね? よく信頼できますね」
「もちろん裏付けがない以上、その証言は信頼性がなかったさ。だけど先日証言確認の聞き込みに、日帰りで岡山に行ってきたんだ。そしたら当時を覚えている人が何人かいて、椎名刑事を見たことがあるという目撃証言が結構あったんだよ」
紗姫の質問に応え、大宮はちいさくうなずく。
「岡山県警の聴取記録に彼の名前が伏せられていたのは、警察が事件に関与していることを知られないため、上から修正をかけられていたそうだ」
大宮はためいきをつく。
「その卜部輝一って人、どうしたっていうんですか?」
雅は、それこそ苦いものを食したように険しく、眉間にシワを寄せた。
「この前、朧って女の子のために、温羅が打ったという刀を見せてもらいました。あれを見ただけで心が打たれたんスよ。あの刀は人を切るためじゃなく、邪鬼を切るためのものだって。それを一族が受け付いている。それはそれでスゴイことッス」
雅は膝の上に置いた拳をギュッと握りしめ、それを睨みつけた。
「……でも、一歩間違えれば人を切るだけの道具でしかない」
「そのことについてだが、卜部麗白と楽々森彰……卜部篤夫婦がともに真実を述べてくれたよ。彼らはあまり葬式をする気力はなかったそうなんだ。だから工場のたたらで発見した遺体を焼却した。これは正式な方法でおこなっていないから、死体遺棄の疑いで起訴できるからね。さらに彼らは卜部輝一の作品を売り捌き、老後の蓄えにすらしようとしていたようだ。死後整理という名目で、家に保蔵されている刀剣すべてを売れば、老後を悠々と過ごせるくらいはあっただろうからね」
大宮はちいさくためいきをついた。
結局のところ、卜部麗白と卜部篤は作品を金としか見ていなかった。
そんな目で自分の作品を見られていたのかと思うと、卜部輝一が哀れで仕方がなかった。
「それはそうと、瑠璃さんの姿がないッスね?」
雅はつぶやくように台所のほうに目をやった。いつもなら家にいるはずの瑠璃が、留守にしていたからである。
「お母さんならちょっと用事があると言って出かけているよ」
「どこに行ったとかは聞いてるの?」
湊にそう訊かれ、秋玲と聖子は首を横に振った。
「まぁ、夕方には帰るだろうから心配しなくてもいいよ」
瑠璃は都内にある規模のちいさな病院の二階にある、入院患者がいるフロアにいた。
「はい。こちらにお名前を……入院している患者のお名前を」
髪の短い看護師に名簿記入をお願いされ、瑠璃はその人物の名前を書き記していく。そこには『桜野鈴歌』と記されていた。
「失礼ですが、その方はご家族以外の見舞いはご遠慮しておりまして」
看護師が注意するように瑠璃を見る。
「大丈夫よ。彼女は息子さんの知り合いで、彼が忙しいから代わりに来たみたいだから」
うしろからもう一人の、白髪の看護師が受け付けをしている看護師に声をかける。
「……そ、そうなんですか? すみません」
看護師は瑠璃に向かって頭をちいさくさげる。
「ほら、さっき先生が手伝ってほしいって呼んでいたわよ」
そう言われ、看護師はうしろへと下がり、代わりに白髪の看護師が瑠璃に応対する。
「毘羯羅さまからお聞きしております。彼女に例の事件について聞きたいと」
耳打ちをするように看護師は瑠璃にたずねる。
「警察がろくすっぽ調べようとしない事件。謎が多すぎますからね」
看護師は桜野鈴歌が入院している部屋を教え、瑠璃はゆっくりとそちらへと足を向けた。
病室には窓際に簡素なベッドが置かれているだけで、あとは簡単な棚が備えられているだけどいうわびしい作りになっている。
そのベッドの上で白髪の女性が膝にタオルケットをかけて、外を眺めていた。
ドアを叩く音が聞こえ、女性はそちらに視線を向ける。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは瑠璃であった。
「……はじめましてと言ったほうがいいんでしょうかね?」
瑠璃は苦笑を浮かべながら、女性――桜野鈴歌に声をかけた。
「いいえ、あなたのことは雅くんからよく聞いています。もちろん――あなたのお孫さんである黒川皐月さんについても」
「今は結婚して、大宮の性を名乗っていますがね」
それを聞いて、鈴歌はちいさく笑みをこぼした。
が、それは一瞬のことで、鈴歌はキッと瑠璃を見つめる。
「もと地蔵菩薩のあなたが私を訪ねに来たということは、雅くんのことについて、お聞きしたいことがあるということですか?」
瑠璃はそれに対して、ちいさく肩をすかす。
「そうですね。まぁ半分は雅くんのことについてですが、もう半分は雅くんが助かったというバス転落事故についてです」
鈴歌はそれを聞くと、視線を壁のほうへと流した。
そこにはパイプ式の丸椅子が折りたたまれた状態で壁にかけられており、瑠璃にそれを使ってほしいとおねがいする。
瑠璃は言われたとおり、それを手にとり、椅子の形にすると、ベッドの横に置くやそれに坐った。
「では事故についてだけはお教えいたします。事故が起きたのは今から十一年前の、秋季遠足の時でした。その日は特に悪天もない、気持ちのよい晴天でした。紅葉狩りなどをするため山登りをし、遠足は何事もなく終わり、いざバスで保育園まで戻ろうとしていた時でした。突然運転手が悲鳴を上げ、気を失い、足はアクセスをしっかりと踏んでいました。バスはもうスピードを出してガードレールを突き破り、崖下に落ちた」
「あなたはそのバスに同行していなかったんですか?」
「その日は高山さん……いえ、大威徳明王さまとお会いし、雅くんの今後について話をしていました。あの子の父親が鬼であることはまだ伏せてはいますが……」
瑠璃は怪訝な表情で鈴歌を見る。
「あなたが従えていた八雷神を雅くんの体内に宿したのは、彼を殺そうとする妖怪から守るためだったんですか?」
「それはあります。そのおかげで雅くんと雪姫ちゃんが助かったともいえますが」
「助かったのは二人の子ども。一人は雅くんだったとして、その雪姫という少女については?」
「山代雪姫。山代遊舞のご令嬢で……」
「ちょ、ちょっと待ってください? 山代遊舞って、数年前、東京都知事を経て国会議員になった人物では?」
鈴歌はそれに対して、はっきりとうなずいた。
「……まさかとは思いますが、山代遊舞が警察に圧力をかけ、事件を詳しく調べさせようとしなかった?」
「いえ、彼が国会議員になったのは、事故が起きてからしばらく経ってのことですから、そのような権限も力もなかったはずです。しかし、事故はただの転落事故とし、ご遺族による訴えもありませんでした。いや……もともとできなかったといえますね」
「できなかった? それはどういうことですか?」
鈴歌はゆっくりと腕を伸ばし、窓に設置されたブラインドをおろした。
「雅くんと雪姫ちゃん以外の、その保育園にいた幼児たちはみな、ある実験をするために集められた『セフル・ラウフ』の可能性を持った子どもたちだったんです」
「セフル・ラウフ?」
「アラビア語で『零の魂』。人間として産まれたにもかかわらず、完璧な人間として産まれなかった子どもをある実験に利用した」
「そこがよくわからないのですが、そもそも完璧な人間なんてこの世にいませんよ。かならずなにかが欠けている。だから人間だと私は思いますけどね」
「私もその意見には同意します。その実験はあろうことか人間の魂に、人工的に作り上げた妖怪の力を植え付け、それに耐えられた子どもを育てようとした。……あの事故も、もともと人と鬼の血を持っていた雅くん以外は雪姫ちゃんだけが助かっています。皆跡形もなく死んでいるそのことですが、私もそのことについては知りません。雅くんに聞いても詳しいところまでは拒んでいますから」
「その雪姫という少女はセフル・ラウフの苦痛に耐えられたか、なにかとてつもない力を手に入れたのか」
鈴歌は「おそらく……」とちいさくうなずく。
「あの事故以降、その施設が危険だと判断し、私は雅くんを連れて、福嗣町のコーポはなくもに身を潜めていました。あの子が高校生になった時、安心したせいか、このような体になってしまいましたけどね」
鈴歌はいままでの疲労がたまっての入院だとは想っていないだろう。
自分の立場に目を背けてでも、大嶽丸とのあいだに雅を産んだこと。それがおそらくなにかしら呪いとなって彼女に代償がかえってきた。
瑠璃はそう思ったが、あえて聞きはしなかった。
「それにしても、コーポはなくもですか」
そうつぶやきながら、瑠璃は頭を抱える。
「どうかしたのですか?」
「いえ、なんでも……ところでその雪姫という少女は、今どうされているのかご存知なのですか?」
それに対して、鈴歌はちいさく首を横に振った。
「雪姫ちゃんのことについては保育園から離れて以降、風のうわさも聞いていません。ただ……セフル・ラウフの実験をしていた施設は保育園以外にもあり、それに耐えられた子どもがいる可能性はあると大威徳明王さまは考えられております」
――妖怪の人工的に作り上げ、それを人間に植え付ける。
非道な方法よりも、子どもをただの道具として使おうとしていることに、瑠璃は怒りをあらわにしていた。




