参
「それでは、岡山県警の話では、卜部という老人が亡くなったのがいつなのかわからないということになるんですね?」
岡山で発生した事件にたいする合同捜査会議がおこなわれた翌日。時間を見つけた大宮と葉月は、稲妻神社におとずれるや、今回の事件について瑠璃に助言を求めていた。
死亡推定時刻を調べるためには、遺体の死後硬直の具合や、胃の中を窺うことで判断するのだが、焼死体で骨しか残っていない以上、いつ殺されたのかがわからないのである。
「話を聞くだけだと、義娘の麗白って人が一番怪しいわよね?」
聖子が怪訝な表情で大宮と葉月を見渡す。
「それに関しては岡山県警の椎名さんも考えていたみたいだね。だけど村という場所から、そこに住んでいる住民にも聞いたところ、卜部が家を出て行った午前五時から戻ってくる五時半まで、目撃した人はかなりいたようだ」
それに関して、大宮以外は、さほど珍しいことではないなと考えていた。
今でも瑠璃が午前五時には起きて朝食の準備をしているため、その音で、秋玲が目を覚まし、時間を見て聖子を起こしているからである。
葉月も、稲妻神社に暮らしていたころまではそのような生活だったため、科学が発展したこの時代でも、日の出とともに起きる人がいることに、なんの違和感もなかった。
「その時間に目撃証言があったということですか?」
秋玲の問いかけに、大宮はうなずいてみせた。
「それから工場と自宅の距離は五百メートルほどしか離れていないそうです。そのあいだ、卜部輝一を見たという目撃証言はなかったようなんですよ」
それを聞いて、瑠璃はどこか違和感を覚える。
「えっと、家を出てから工場まで五百メートルしかないんですよね? ……朝早くに出かけたことについては?」
「それが椎名さんの話では、麗白さんもそのことを聞いたそうなんですけど、反応を受けていないそうなの」
秋玲の問いかけに、葉月は答えた。
「殺害に使用されたのは、殺害された卜部輝一の作品だった。……すこし気になったのですが、息子はどうなんですか?」
「息子って、卜部輝一のですか?」
大宮は瑠璃の言葉に、すこしだけ反応する。
「それは私たちもそうですし、岡山県警のみなさんも、その息子についてしらべているそうなんですが、どうも情報がないんですよ」
「情報がない?」
「岡山のM大学を出てから一流企業に就職してから五年後に麗白さんと婚約した。今から十年くらい前らしいんですよ」
「あれ? 殺された卜部って人は、八十を超えたおじいさんだったよね? その子どもなのにちょっと若すぎない? 結婚したのが十年前だったってことは、その大学は普通の四年間で、それから五年後に結婚しているとなれば、今三七歳だよね?」
聖子が首をかしげる。
「なんでも卜部が五十になる手前に付き合っていた若い女性とのあいだで子宝に恵まれたそうで、その時の子どもがその息子だったみたいだよ」
それを聞いて、大宮と葉月以外の、瑠璃、秋玲、聖子の頭の中では、同時に『なんてアグレッシブな』とつぶやいていた。
「それじゃぁ、その麗白っていうひと、だいぶ若いんだろうね」
「昨日の会議で、ある程度の情報はもらったよ。卜部麗白、三十四歳。卜部輝一の息子である卜部篤と結婚したのは社内恋愛によるものですね」
「さきほどから気にはなっていましたが、その息子である卜部篤の行方は?」
「椎名刑事からの報告では、事件より三年前に行方をくらませているそうなんです」
それを聞いて、瑠璃は怪訝な表情を見せた。
「なにかあったんですか?」
「なんでも病的なほどの賭博狂らしく、サラ金に五百万ほどの借金をしていたそうです。その借金をギャンブルで返そうとしていたようですが、首が回らなくなり、妻を実家において自分はドロンした。椎名刑事の調べでは卜部輝一が自分の作品を無償で売って、それを借金の肩代わりにしていたみたいですね」
大宮の説明に対して、秋玲と聖子が目を点にする。
「えっと……無償で刀を売ったということより、その一本で借金全部返せるくらいの価値だったの?」
「まぁ、彼の作品ならそれくらい安いものでしょうね。卜部輝一が製作する刀はすべて無垢鍛えで、彼の作品だと判明されれば、最低でも五十万くらいで取引がされるそうですから。場合によっては五百万の高値で買おうとする物好きもいるそうですし」
瑠璃は、それこそ茶菓子を食べながら四方山話をするかのように口を動かした。
「ご? ごごごごごっ? ごひゃ、ごひゃくく、まま……」
あまりに想像できない大金に、秋玲と聖子は、それこそ壊れたラジカセのように同じ言葉を繰り返した。
「と言っても、彼自身は職人気質ですから、売れるものを製作してはいますけど、自分が納得のいかない作品でもできあがった以上は刀身を納品していたようです。その場合は鑑定士の目利きにまかせているようですね」
「なんか、お母さんの話を聞いてると、その人が作った刀を見たことがあるとしか思えないんだけど」
聖子がそうたずねるや、瑠璃はそちらに視線を向ける。
「それはそうですよ。稲妻神社の宝物庫に彼の作品が二本ほど保管されていますから」
「へぇ、そうなんだ………………へっ?」
瑠璃の言葉に、大宮たちはそれこそ虚を衝かれたように言葉を失い、一斉に瑠璃を見た。
「ちょ、ちょっと待って瑠璃さんっ? 私、それ今日はじめて聞いたんだけどぉ?」
葉月は喫驚し、身を乗り出すように瑠璃にたずねた。
「そんなに驚くことですか? というかあなたも一度は持っていますよ。巫女神楽における剣の舞で」
怪訝な表情の瑠璃にそう言い返され、葉月は更に表情を歪める。
まったくもって、そのような高級品を手に持ったという感触がなかったからだ。
「といっても、彼の作品は刀身と刃文を観て、はじめてその価値を知ることになりますけどね。さすがにそれは危ないという理由から、鞘から抜かないという振り付けになっていますが」
――危ない?
葉月は瑠璃の言葉に不審なものを感じる。
たしかに真剣をあつかう以上、危ないものであることは理解できる。
しかし、刀身を観るだけでも危ないというその言葉の意味に、葉月は首をかしげていた。
「でも登録証はあるんですよね」
大宮が困惑した顔で瑠璃を一瞥した。
「一応、ひとつはまだ拓蔵が生きていたころに受け取ったものですので登録証はあります。ですがもう一本の方はそれより前のもので、すこし問題がありましてね、なにせ彼女から聞いた話では、あの子がまだ生きていたころに、秘密裏に奉納されていたと聞いただけですから…………」
瑠璃がその先を言おうとした時だった。
玄関の呼び鈴が鳴り響き、みながその音に目が行ったからである。
「誰か来たみたいだね」
誰に言うわけでもなく、そうつぶやきながら立ち上がった聖子が、玄関のほうへと居間を出ていった。
それからしばらくして、聖子のうしろには、皐月と湊、雅、紗姫の四人が居間に案内されていた。
「あれ? パパさん? それに葉月叔母さんも」
父親である大宮がいることに、湊は首をかしげた。
「あぁ、いらっしゃい。今日はどうしたんですか?」
「いや、さっきまで湊と皐月さんが暮らしている地域の子ども会で七夕会をやっていたんスよ。その手伝いの帰りに、ちょっと様子を見に来たといったところですね」
雅がそう言うや、大宮の眉尻がピクリと動いた。
「すまないが桜野くん、僕の娘とは、呼び捨てにするほど仲がいいのかい?」
その口調は、怒りが孕んでいる。
「ちょ、ちょっと待ってパパさん、あたしがいいって言っているの。ほらママさんとあたしが一緒にいる時、どっちも大宮だし、混乱するから」
雅と大宮のあいだに割って入った湊が慌てた表情で説明した。
「そうか。まぁ湊がそれでいいのなら、パパさんはとやかく言わないけどね」
大宮はそう言いながらも、湯飲みを持った手は震えていた。
「それはそうと……お母さん、話の続きを聞かせてくれる?」
聖子にそう詰め寄られ、瑠璃はちいさくうなずいた。
「まぁ論より証拠といいますし、見せるくらいなら宝物庫から取り出してもいいんですけどね」
「ほんと? それじゃ見よう。今すぐ見よう」
興奮したように聖子は瑠璃に詰め寄った。
「あまり奉納演舞以外で出したくはないんですけどね。いちおう稲妻神社の宝刀でもありますし」
スッと立ち上がり、瑠璃は居間をあとにする。
しばらくして、居間の障子戸が開く音がするや雅たちは一斉にそちらに目を向ける。
そこには白い手袋を持った瑠璃が居間を覗き込むすがたがあり、
「準備ができましたので、みなさんも来てください」
と伝えた。




